2019.12.02

料理業界を牽引する逸材を育てる「料理人のアカデミア」始動丨ル・マンジュ・トゥー 谷昇 × ユメナス 三戸康大

レストラン業界の話題になれば、耳にしない日はない「人材の問題」。人が足りない、若手が育たない、若い子が何を考えているのかわからない。
そうした問題に風穴を開けるべく、2020年1月、未来の料理人を育成する教育機関「ユメナス」が始動する。「夢を成す」―。そのサービス名が表す通り、ユメナスが掲げるのは、強い意志を持ち、この業界を生き抜く逸材、「エリート」の創造。
今回のインタビューでは、ユメナスの代表である三戸氏と、タッグを組む「ル・マンジュ・トゥー」谷氏のレストラン業界で成しえたい夢を伺った。

飲食業界の営業で見えてきた、「人材」問題の本当の課題

――まずは、三戸さんが「ユメナス」を設立するに至った経緯からお伺いします。前職は一休.comレストランで営業をされていたのですよね?


三戸康大/株式会社ムーブリック 代表取締役
1992年東京都生まれ。中央大学経済学部卒業後、2015年に株式会社一休レストラン事業部へ新卒で入社。24歳のとき、最年少で営業マネージャーへ就任。その翌年には、最年少で新規事業責任者へ就任する。2019年5月、飲食業界の教育機関の設立を実現すべく、同社を退職。同年6月、株式会社ムーブリックを設立。

三戸 はい。一休の営業をしていて僕が感じていたことが、主に2つあります。1つは、谷さんをはじめ、一流の料理人さんとお話し、実際にお店の様子を拝見をさせていただく中で、本当に人間として素晴らしい方が多く、料理人という仕事を心から尊敬できる職業だと感じたことです。
そして2つめは、そうしてお話する中で一流のシェフでさえも、人が介在する課題を抱えていると知ったことです。人が足りない、育たないという人の課題をよくお話いただき、そうした課題解決のためにこの業界に貢献できないか、と強く感じるようになりました。

――人の課題というのは、具体的にはどのようなことでしょうか?

三戸 大きな課題は、①人材不足、②人がなかなか育たない、この2つです。①の人材不足に関しては、まず応募が少ない、離職が多い、といった部分。②に関しては、オーナーさんの期待に若手がまだまだ届かない、ということですね。レストラン業界って重労働ですし、労働時間も長い。単純に時間換算したら、長時間・低賃金であることは間違いないと思うので、この要因は業界全体として大きくあると思います。

これに加えて僕が思うのは、教育機関への疑問です。これは、谷さんとの出会いによる部分が大きいのですが、若い人がすぐに辞め、思うように成長しないと感じる理由は、学校での教育が大きいのではということです。

――三戸さんと谷さんとのお付き合いは、一休.comにいらっしゃる頃からだと聞いています。今回の「ユメナス」の設立には、どんな話し合いがあったのでしょうか。

三戸 谷さんと初めてお会いしたのは、まだ僕が新卒1年目の時に、一休.comレストランの広告を売りに行ったときです。大抵の場合、一休.comの広告をお断り頂く理由はパターンが有るのですが、谷さんは根本的に考え方が違いました。谷さんは「ネットで予約を取ると、スタッフの成長や思考が止まる」と仰ったのです。
「ネットが便利なのはわかる。でも僕は、スタッフの成長のために、その楽な選択はとらない。電話応対は、お客様とお話できるとても大事なシチュエーション。その一本の電話で予約を承ることがどんな意味をもつのか、ということをスタッフに考えてもらいたい。そして、万が一予約が少ない日があったとしたら、そこからどうするのか?ということを、自分ごととして考えてもらいたい。そうやって、本質を考え続けることの大切さを、僕はスタッフに伝えたい。」

三戸 鳥肌が立ちました。谷さんはスタッフのことを、料理人という仕事を本気で考えている。僕自身営業としてのスタンスを見直すタイミングにもなりました。
そこからお付き合いが始まり、昨年の秋「学校を作りたい」という相談をしました。谷さんも、学校教育を変えなくては、と常々おっしゃっていました。実際に僕も専門学校のカリキュラムなどを見てみると谷さんに賛同する部分が多く、相談させていただきました。

調理師学校と現場とのギャップを縮めたい

――谷さんは、専門学校での講師の経験も長くおありですよね。そうした中で、いまの学校教育への問題を感じてきた、ということでしょうか。

谷 僕が教えていたのは、中堅クラスでは結構いいほうの調理師学校だったんです。28歳から一昨年まで30年以上続け、毎年秋口になると必ず会話にのぼるのが、「来年度は何人生徒が集まるか」という話。学校法人である以上、利潤を上げ続けることはとてもとても大変ですが、そこには適材適所の人員配置だったり、生徒一人一人と向き合うようなことはほとんどない。先生方も2年で生徒が入れ替わるから、ルーティンでいいわけですよ。
今の若い子が“潰れて”いってしまうのは、現場で大事なことを、学校できちっと教えていないからです。


谷昇/Le Mange-Tout(ル・マンジュ・トゥー)オーナーシェフ 1952年東京都生まれ。服部栄養専門学校在学中、六本木「イル・ド・フランス」にてフレンチの世界に入る。1976年、1989年と2度フランスへ渡り、アルザスの3つ星「クロコディル」や2つ星「シリンガー」などで修業。帰国後、六本木「オー・シザーブル」などでシェフを務めたのち、1994年、「ル・マンジュ・トゥー」をオープン。ミシュランガイド東京2007より13年連続で二つ星を獲得。>>谷氏単独インタビューはこちらから

谷 18歳で高校卒業して、専門学校に来る子のほとんど、僕が思うに99%くらいが、「自分が将来どうなりたい」っていうのが、ものすごくおぼろげ。そのおぼろげな状態で、学校できちんと教わらないまま、現場環境に突っ込まれる。そうしたらもう、無理だよね。さらに、上司であるシェフたちも、教育工程・課程を自分たち主体で育んでいない。そこに一番要因があるのかなと。

僕は実は調理師学校を運営したかったんです。10年以上前から専門学校に「無償でいいから、副校長にしてほしい」って直談判もしたけどダメだった(笑)。ちょっと長話になりましたが、そんなことを、逆に嘆き節で僕は三戸さんにぶつけていました。だから、三戸さんからお話は、嬉しかったですね。聞けば学校を作りたいっていう社内プレゼンが通らなくて、会社辞めてきちゃったっていう(笑)。なんかね、責任感じるじゃないですか。僕もその一翼を担っちゃったかな。

――谷さんが、学校の制度やカリキュラムで、特に問題だと感じ、変えていきたい、と考えているのはどんな部分ですか?

谷 調理師免許は国家資格なんですが、実際の営業では、消防署の消防設備と、保健所の営業許可証があれば、調理師免許がなくても調理場に入ってお客様に料理をつくることができる。
つまり、そんな資格「どうでもいい」ってことですよ。食中毒おこしたときに、誰が責任取るのという程度。こういう現状を変えるために「料理人・調理師は、資格がないと調理場に入って、お客さんに料理をつくってはいけない」という文言が料理人の定義に加わるだけで、多少料理人の地位も上がる。そうしたら日本全国の調理師学校も考えていかざる終えないでしょう。

大事なのは、技術ではなく、強い意思をもつ「人間力」

三戸 レストラン業界は、単発の講習会などはありますが、継続的な学びの場がありません。本当は、スキルではなく、マインドを、しかも継続して学び続けるという機会が必要です。ビジネスの世界には、私が所属したヤフーアカデミアや、グロービス経営大学院、社外メンター制度のように、エリートをつくる教育機関があります。つねに何かインプットできる機会、一流と交流でき、自分をぶつけられる場がある。

レストラン業界は、小さなコミュニティの集まりです。縦社会の風習もあり、業界の人達は、狭い世界で毎日毎日戦っている。だからこそ、継続的に自分が働く環境以外でマインドを学べる場が必要だなと強く感じています。私がお会いした一流シェフも、皆さん「技術はもちろん大事。だけど、一番大事なのは人間力」と仰ります。ただ、この「人間力」を育むために、私が業界の方々を巻き込み取り組む必要があると思っています。

――大事なのは「人間力」、それを育む環境づくりが、これからのレストラン業界には必要だと。

谷 これから機械やAIが発達するなかで、一料理人はどんな風であるべきかが問われます。つまり料理というのは、直感力と感情以外の何物でもないと思っています。レシピは、単なる参考書に過ぎない。素材を見たときに、何を感じるのか、ですよ。

今の子は、素材を手に持たない。仕込みを任されて、魚のウロコひいて「お前それなんていう魚?」と聞かれて、そこで初めて「知らないです」と言います。こんな状態で、直感力なんてつくわけがない。


谷 あと5年くらい経ったら、スーパーコンピューターが手にのると言われていますよね。そうなったらもう、どんな世の中になるのか想像もつかない。そういう社会情勢も、学校や現場では伝わっていない。料理はその時代の社会情勢、今に至る歴史、その国の文化、そういうものなしにはあり得ないのに、学校でそれをまったく教えていない。
僕はうちのスタッフには、最低でも日経新聞は読めよとか、歴史の本も読めよ、フランス料理やるならフランスの地図も買えよと伝えても澤井以外は誰もやらない。何のためにそれをやるのかまで理解できていないからです。素材を切るだけなら、近い未来機械の方が上手くなります。だからAIに使われないためには、やっぱり逸材、つまりエリートになるしかないよね、というのが僕の持論です。

――日本では、エリートって言葉に偏ったイメージがあるようにも感じます。谷さんや三戸さんが育成を目指す「エリート」像について、もう少しお聞かせいただけますか。

谷 たとえば、僕よくスポーツに例えて話をします。この店であれば、18時半の営業スタートで、オーダーストップは20時半。その2時間が、プロのスポーツでいえばピッチの上、グラウンドにいる時間です。ほかのスポーツの選手たちも、料理人も、お客さんが見ていないところの練習の時間のほうが長い。でも別に、自分たちがやりたいことが明確だからブラックと言われないですよね。

僕たちも、同じはずなんですよ。料理やりたい。料理人になりたい。僕のようになんとなく料理人になった人間でも、一瞬で理解できることです。僕たちの仕事は尊いんだ、命を司どれる仕事だと理解できたら、当たり前に厳しく律さなくてはいけない仕事だと思うんです。

谷 今から話す言葉を誤解してほしくないですが、うちのスタッフには常に自分の中で逸材、つまりエリートである意識をもて、と言っています。谷の店にいる、ということは、それだけでエリートなんだと。
これはお金をとることでもないし、偉くなることでもない。それは企業も一緒ですよね。エリートは、第一線で続けていくためのマインドを持ち、業界を引っ張っていかなくてはならない。だから僕が三戸さんとやりたいことは、僕が料理を教えることではなく、なぜこれをこうしなくてはいけないかという論理と実際に出来ることです。その先には、君たちはなにがしたいのか、という強い意思が必要なんだ、と伝えたいです。

三戸 どの道を進むにしても、その道を極めるためには、「常に自分と向き合い続けられるか?」ということが最も大事であると考えます。自分は本当にどうなりたいのだろうか?何が足りてないのだろうか?ということを考え続けること。これは、全てのビジネスマンに通じるかなと。ユメナスを通じて、一流達の習慣や考え方を知り、料理人さん達が「自分」と向き合える場所になれればと思ってます。なので、毎月定期的に学べる場を提供します。僕のミッションは、そのために志のある人を集めて、熱狂させることです。

仕舞いの人間の最終責任として、マインドを伝える

――澤井さんは、ユメナスが想定する受講生に近い年代ですよね。谷さんは、いい意味でこの業界をかき乱していこうとしてらっしゃると思うんですけど、側で見ていてどうですか?

澤井/「ル・マンジュ・トゥー」のスタッフ そうですね。同じ意志力をもった人の集まりができるので、とても大きな力になると思いますし、いい動きだと思います。谷という看板もあるので、どんどん人は集まってくると思います。
ただ、そこにもっと強い意志力を持たせるためには、参加者の欲求をかき立てるような「何か」が必要だと思います。

私は、谷の意志を実際に現場で受け取り、更に私自身を人として向上させるには、谷の意志、考え方が必要だと日々感じています。

そして願うのは、自身をもっと向上させたい、自分を変えたいと思う方が三戸さんのこの事業に多く集まり、谷の意志、考え方から学びを得てくれることです。
今後のレストラン業界には、ユメナスの様な外部からの働きかけが大事だと思います。是非、私の様な若い方々の欲求を掻き立てる様な事業を立ち上げ、意志伝承の一翼を担っていただけるのを楽しみにしています。

三戸 ユメナスでは、参加者へ還元できるものを生み出そうということもきちんと考えています。単なる講習会だけだとただの学校、ただの一方的なワンウェイの伝える場になってしまいます。だから最終的に還元できるものを出せるようにするのが目標。谷さんに学べて、参加者が稼げるっていう。その仕組みの準備も進めているところです。

谷 三戸さんは澤井と一緒、27歳ですよ。僕の歳になるまで、40年あります。だから、触りのスタートだけ一緒に打ち上げて、そこから、どこまで大きくできるのか。それは、飲食業界全体を巻き込んでの三戸さんの器ですよね。でも、三戸さんたぶん、やってくださるんじゃないかな。
僕あと10年はお付き合いできないので、そんなに(笑)。内からでるパワーとか、若いシェフたちへの言葉とか、そういうことも全部含めて。いまをときめく30代、40代の若手シェフたちが、三戸さんがおやりになるサービスのほうを向いてくれて、興味を持って下さるような環境、になればいいな。

――ユメナスには、どんな方に参加してもらいたいですか?

三戸 料理人としてのキャリアをもっと充実させていきたい方と、これから料理人を目指そうと考えている方です。携わる料理ジャンルは問いません。イベントは都内で行うのですが、どなたでも見れるように動画でも配信します。一流料理人達が未来の料理人に伝えたい事は何なのか?どうやったら一流と言われるまでになるのか?ということを知りたい全国の料理人の方に是非入って頂きたいです。

――最後に、今後の展開と、三戸さん、谷さんの夢について、教えてください。

三戸 ユメナスのコンテンツは、基本的には、1つ目は、毎月の超一流シェフ、業界以外の一流プロフェッサーなどの講演会(動画配信有)、2つ目は、 一流シェフから特別価格で技術を学べる「ゼミ」、最後に 毎月のコミュニティイベントの開催です。

基本的なコンテンツテーマは、「学び」なので、そこでは「未来のエリートを作る」ことに重きを置きます。

会員は2層に分けます。1つ目は、講演会に参加出来る会員で、現場経験3年以上で、料理人としての「志」が高い方向けです。これは人数を限定します。2つ目の会員タイプは、学生さんも、新人の方も、地方在住の方もどなたでも参加頂けます。講演会の動画を提供します。「ゼミ」は、料理人の「技術にコミットした夏期講習」のようなイメージです。現役の一流シェフ達が、ここでは料理の技術を徹底的に伝える場にします。「コミュニティ」は、ユメナスに賛同頂き集まった方々が交流できるようなワクワクするイベントを作っていきます。ここでは「学び」と「人と人との繋がり」を提供します。

僕は、料理人ではないですが、料理人さん達の課題や悩みに自分なりに向き合い続けてきました。この業界は、解かないといけない課題が多くあります。そしてその課題は何十年と解かれてません。職場環境の改革や、根本的なレストランのビジネスモデルの問題など…そのため、こういった課題に対して、常に料理人さん達と一緒にチャレンジをし続けていきたいと思っています。それが僕の夢であり、挑戦です。

谷 僕、いま67歳なんですね。一年一年、来年いけるかな、って、もうそういう年齢ですよ。ただ、50年間近くやってきたことの、確実に仕舞いの時期である、ってことは確かなんです。
その仕舞い方を考えた末の結果なんだと思います。自分が、まだ活舌もよくて、飯も食えて、人を説得できるだけの脳みそを多少持ってて、っていうときに、この仕事に赴いた人間の最終責任としてやらなければいけない。

だから平和な日本の調理師学校に一石投じてみたいですよね。運命というとおかしいんだけど、僕昔からしゃべるの好きだし、考えるの好きだし、それを一生懸命伝えるのも大好きなので、ひょっとしたら僕の天職かもしれないですよね。ちなみに料理人は天職じゃない(笑)三戸さんの背中に乗っかって、おじいちゃん頑張ります!

ユメナスの事業内容

■講演会
(コンセプト)

一流を『知る』機会の提供。料理人を中心に、超一流達を招聘。一流達が、未来のエリートに伝える事とは?というテーマに、「料理人として最も必要な事」を語ります。

開催日/毎月第二日曜日
場所/都内

■コース案内

・アカデミー会員(7,000円/月) ※現場経験3年以上の方限定。学生不可

(講演会への参加費無料/講演会へ参加出来ない場合の動画視聴無料/一流と接点を持つイベントに、優先的にご案内、など)

・オンライン会員 (1,980円/月)
(講演会の動画を視聴可能/一流と接点を持てるイベントにご案内、など)

・レストラン会員 (13,200円/月)※レストラン単位での会員です
(講演会に、店舗スタッフ1名が毎回参加可能/従業員全員オンライン会員にご招待)

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編集後記

料理人が10人いれば、10人の個性がある。個性を伸ばし、この業界を生きのびることができるかどうか。このカギの一つは、自分を信じぬけるかどうかだと思っている。

よくストーリーインタビューで、料理人やサービスパーソンから聞くのは「たまたま自分は運が良かったから、ここまで来れました。」そんな一言だ。

編集部では、その運を自分で掴むには、自分は何をしたいのか、何を運と捉えて飛び乗るのか、厳しい労働の中で、考え抜くことが求められると考えている。それは、谷氏が言う「人間力」の一貫だ。それを自分で見出す人もいるだろうし、人との会話の中で、答えを見つける人もいるだろう。どちらにせよ、いろいろな価値観に若い頃から触れることは、自分の現在地を明確にさせてくれだけではなく「この道で生きていくのだ」という覚悟を育む。そうして、互いに学び共鳴しあうことで、共に業界の頂きを目指す、仲間が生まれるに違いない。

実は日本の飲食店は67万店、ミシュラン東京は総軒数、総星数は世界一。つまり、日本は多様な価値観を持ったプロの宝庫なのだ。

このコミュニテイで学びを通じて、日本の多様なプロの同士が集い、飲食業界をもっと元気にしていくことを、ここから新しい料理人の定義が生まれていくことを期待してやまない。

(聞き手・編集:菊地由華、書き手:笹木理恵、写真:刑部友康)