2019.11.28

変化のない料理界に未来はない。 ほめて育てることが世界のスタンダード| Waku Ghin 和久田哲也

オーストラリアで最も成功した日本人、米タイム誌「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた料理人。輝かしい実績を誇り、世界から賞賛を受け続けている偉大な料理人である和久田哲也氏。オーストラリア・シドニーにあるレストラン「Tetsuya’s」の創業者、そしてシンガポール「Waku ghin」のオーナーシェフである。「Waku ghin」は2019年アジアのベストレストラン50の 第40位入選、 2019年度シンガポール版ミシュランガイドにおいては2つ星に輝いた。
今回は、RED U-35 2019の審査員として日本滞在中の和久田氏に、特別に時間を設けていただき、よく行く好きなお店、京都の老舗料亭『室町 和久傳』にて取材と撮影を行った。
日本出身でありながら、オーストラリアとシンガポールを拠点に活動する和久田氏。数十年にわたり海外で実績を残し、多くの人材を輩出してきた一方で、日本の料理界とのかかわりも非常に大切にされている。日本とオーストラリアにおける人の育て方の違い、生産者とのかかわり、日本の若者たちに期待すること、そしてこれからの料理界に必要なことについて、自らの経験に基づいた独自の視点で語っていただいた。

オーストラリアと日本それぞれの食文化、食を取り巻く環境の違い

22歳で単身オーストラリアに渡り、「Tetsuya’s」をオープン。ずっと料理の世界で活躍されてきました。また、2009年からはシンガポールに「Waku Ghin」をオープンされるなど、長らく海外で活動をされていらっしゃいます。海外と日本の食の違いについて、どのようにお考えでしょうか。

和久田氏:
オーストラリアの国土には、熱帯から寒帯まで、実に様々な気候があり自然も豊かです。でもその一方で、国としての歴史が非常に浅いのが特徴。そのためオーストラリアには、日本で言う「日本料理」のような「オーストラリア料理」というものがありません。では、オーストラリアの食とは何か?その答えのヒントは、オーストラリアが広く移民を受け入れる国である点に隠れています。

例えば、ギリシャからの移民はギリシャ料理を好んで食べます。イタリアからの移民は、イタリア料理。同様にベトナム、フランスなど、それぞれの国の料理を好きなように食べるのがオーストラリアの食文化。だからこそ、あらゆる国の料理があるのです。そして、そのすべてが本格的な料理。ベトナム人が経営する食堂に、プロの料理人が行くと、そのおいしさに思わずうなってしまうほど本当においしい。あるいは、イタリア移民の家庭で振舞われる料理は、ママが作る本格イタリアンです。どこかで習ってきたような料理とは違って、本当においしい料理ばかり。それがオーストラリアという国です。

このように、まずはその国の歴史的背景やカルチャーを受け入れたうえで、料理を考えないといけないですね。

なるほど。では、働き方という点に関して、日本と世界ではどのような違いがあるとお考えですか?

和久田氏:

限りある時間の中で、どうやってうまく仕事をするのかを考えていかなければならないですね。

もちろん日本人の労働観は素晴らしいです。ひたむきな姿勢は評価すべきものだと思います。料理に関しても日本は本当にレベルが高く、どこで何を食べてもおいしいのが当たり前です。私が日本に来るたびに感じるのが、日本の食の奥深さ。本当に日本はすごい国です。

ただし、その素晴らしさが長時間労働の上に成り立っているのはダメ。もっといいやり方を考えるべきです。今でも日本の厨房では設備にお金をかけないところが多いようですが、もっとお金をかけて仕事をしやすくしなければいけません。私の店では、空調もしっかりと効かせて、室内温度から徹底して職場環境を管理しています。

そして、一生懸命ほめて人を育てることも大切です。できないことがあれば、何度でもお手本を見せてあげて、できるまで任せる。この「任せる」ということがとても重要です。加えて、他のスタッフの前で叱らないことが大切です。もし横から口をはさむようなことをすれば、翌日から本人は店に来ないでしょうね。「任せる」と一度言ったら、最後まで任せないと相手の自尊心を傷つけます。そして、できなかったことができるようになったら、しっかりとほめてあげてください。

一緒に働く仲間に対して、とても大きな愛情を傾けていらっしゃるんですね。

和久田氏:
そりゃそうでしょ。仕事仲間といる時間は、家族といる時間より長いですからね。どんなメンバーもかわいくて仕方ありません。

海外では引き抜きや独立も多いと伺いますが。

和久田氏:
その通りです。でもそれは決して悪いことではありませんよね。今よりも活躍できる場所があるなら、そこで力を試したいと思うのは当然。うちの店も独立志向のメンバーがほとんどで、これまでにもたくさん独立していきました。そんな彼らとは、仕事を辞めた後もずっと良好な関係が続いています。自慢ではありませんが、シドニーの有名なレストランに行けば、私と一緒に働いていた料理人が必ずいるぐらいです。たとえ離れて仕事をしていても、仕事仲間との関係は、ずっと大切にしていかなければなりません。

日本でも同様に、若い人材を大切にされている方がたくさんいらっしゃいますね。例えば、菊乃井 三代目主人の村田吉弘さん。以前、村田さんから連絡があって「うち(菊乃井)にいた若いもんが、ひょっとしたら哲也さんのところにお世話になりに行くかもしれない」という話でした。さらに村田さんは「その時は、どうかよろしくお願いします。何かあった時の責任は、すべて私が取らせていただきます」とおっしゃいました。本当に感動しましたね。人を大切にする素晴らしい方です。

これからの若い料理人に期待すること、生産者とのつながり

今回、RED U-35 2019の審査員を務めていらっしゃいますが、どんな経緯から引き受けられたのでしょうか。

和久田氏:
普段お世話になっている日本の料理界のみなさんに、少しでもお役に立てることがあればと思ってお受けしました。日本には、友人として、料理人として尊敬する人がたくさんいます。彼らが未来の料理界のために一生懸命に頑張っていることを、私も応援したいと思ったからです。それと、日本でどんな若く将来性のある料理人に出会えるのかも楽しみで引き受けました。

これから審査が続いていきますが、若い料理人のみなさんにアドバイスやメッセージがあれば、ぜひお願いできますでしょうか。きっとたくさんの料理人の方々が勇気づけられると思います。

和久田氏:
1つアドバイスができるとすれば「流行に流されない」ということです。世界のどこのレストランが流行っているとか、見た目の豪華さとか、そういうことに惑わされずに、まずは自分の中に基本となるもの、建物で言えば基礎となるものを持ってください。「今、これが流行っているからやってみよう」ではなくて、自分が信じたことをやって欲しいですね。

海外に行くと、シンプルでありながら、よく計算された素晴らしい料理に出会えます。スペインに小皿料理タパスのプランチャ(鉄板焼)を出す店で、地元の漁師に譲ってもらったエビを鉄板で焼くだけの料理を作ってもらいましたが、焼く前にほんの少量の塩を鉄板に振っておきます。すると蓋をした際に、塩の厚みだけ隙間ができて、鉄板にエビが直接触れず、絶妙な蒸し焼きが完成するのです。そして焼き終わった鉄板は酢を振って焦げを一気にこそげとっていました。酢を使うと酸の力で焦げをきれいに取り除くことが出来るからです。

このように、シンプルな料理ほど実は奥が深いもの。同じレシピでも、その日手に入った食材によって火加減は違います。結局、料理というのは食材ありきで考えるべきものであり、食材の状態を見極め、どうすれば食材の良さを引き出せるかが重要なのです。ほんのひと手間、ちょっとした差で、料理のおいしさは大きく変わってきます。流行にとらわれるのではなく、しっかりと食材と向き合って、自分が信じるものを追求してほしいですね。

「Tetsuya’s」の”オーシャントラウトのコンフィ”と言えば、世界的に高く評価されている一品です。もともとはサーモンの代用品であったオーシャントラウトを年間を通して供給できるよう、和久田さんからタスマニア島の生産者に働きかけたというお話をうかがっています。料理人と生産者のかかわり方についても、お話いただけましたら幸いです。

和久田氏:
オーストラリアには、私が欲しい食材がありませんでした。ないものは作るしかありませんから、タスマニアのわさびやシイタケの栽培など、いろんなことにかかわってきました。現在も進行しているのが、ミョウガの栽培。もう少しで形になりそうです。

いずれの場合も、私が実際に生産したり、栽培しているわけではありません。あくまでも「こんなものをやってみたらどうですか」というアドバイスをしているだけ。それを形にするまでの苦労を負うのは、すべて生産者のみなさんです。私にはできないことをやってくださる本当に貴重な存在。そして何よりも、私にとって大切な友人たちです。

料理人と生産者とのつながりは、これからもずっと大切にしていきます。日本にも、食材の生産を通して知り合った友人がたくさんいます。つい先日も静岡に行ってみると、近くの生産者のみんなが集まってくれて、わいわいとにぎやかな夜を過ごしました。お酒の蔵元、メロン・わさび・お茶のそれぞれの生産者など合計10人と一緒に、朝の3時までいろんな話をしてきたところです。その中からいろんなアイデアが生まれたり、今まで使ったことがない食材に出会えたりするのです。オーシャントラウトのコンフィも、その1つに過ぎません。

日本の料理人が、世界で活躍するために必要なこと

料理人はもっと外に出て、いろんな人とつながり、関わっていくことが大切ということがよく分かりました。そうした出会いの中から、世界で評価される新しい料理が生まれてきたわけですね。日本で活躍する料理人のみなさんに、これから期待するとしたら、どんなことがあるでしょうか。

和久田氏:
もっと外に出て、自分の足でいろんなことを見て、体験して、知って欲しいですね。さらに言えば、日本から世界に出てみればいい。きっと今まで見えなかったものが見えるはず。立っている場所が変われば、おのずと見えている景色も変わってくるものです。

今は何でもWebで探す時代。便利ですが、Webだけでは分からないものが世界にはあふれています。外に出ていろんな人とつながれば、その数だけ勉強できることがあります。

外に出たくても、仕事が忙しくてなかなかそうした時間や機会を得られない料理人の方も多いように思います。

和久田氏:
だからこそ、働き方から変えていかないと。休みが取れない、外に出て勉強する機会もないような仕事に、いったい誰が憧れるでしょうか。今、将来の料理人のなり手が足りていないと言われていますが、そうした状況を招いているのが、現状を嘆いている当人たちです。

海外に比べて、日本では料理人の地位が低いように感じます。もっと評価される職業として注目されてもいいのではないでしょうか。

和久田氏:
まったくその通りですね。小さな子供が憧れる職業へと変わってくれることを願うばかりです。海外では、料理人はとてもリスペクトされる職業です。私も街を歩いていると、一緒に写真を撮って欲しいと言われることが少なくありません。

※編集部注釈 和久田氏は、オーストラリア政府から料理人として、また日本出身者として初めて、OAM(Order of Australia Medal)   という名誉ある褒章を受けている。

日本も少しずつ、スローではありますが変わってきている部分もあると思います。でも、もっと働く環境から変えていかないといけません。年長者自身が若いころに苦労したからと言って、その苦労を下の人間にも経験させるなんておかしなことです。そこから変わらないと、料理人のなり手がどんどんいなくなっていきます。堂々と有給休暇を使って、勉強の機会を得られるような環境に早くなって欲しいですね。

和久田さんご自身が、何か影響を受けたと思う料理人はいらっしゃいますか?

和久田氏:
私にとって永遠の憧れとも言える方がいらっしゃいます。大阪北新地「カハラ(※注)」のオーナーシェフ森義文さんです。20代のころ森さんの料理を食べて感動しました。森さんの料理はもちろん、森さんご自身の人間的な魅力も大好きです。ある時、NYタイムズのインタビューを受けた際「人生の最後に何を食べたいか」という質問に、森さんの料理と答えたことがあります。

※注 カハラ
大阪北新地にある老舗。ミシュラン二つ星店。オーナーシェフ森義文氏は、アジアNo.1シェフに選出された実績がある他、農林水産省料理マスターズも受賞。多くの料理人に影響を与え続けている。

その後、森さんのお店に行った際、帰る間際に森さんが鋭い眼光でギロリと私に目を向けられました。すると店の奥から何かを持ってこられて、「この記事はあなたのものですか」とおっしゃいました。軽率に森さんのお名前を出した私の落ち度だと思って「すみません」と謝ると、「いや、結構ですよ」とお許しをくださって、それから現在までずっとお付き合いをさせていただいています。

森さんは探求心の塊のような方で、今もずっと何か新しい食材、料理につながることを探していらっしゃいます。そんな素晴らしい森さんと出会って、若かった私も「よし、この世界で生きていこう」と思いました。本当に憧れの存在で、森さんとの出会いがあったからこそ、今の私があるのだと思います。

 

日本人が世界で活躍するには、どんなことが必要だと思われますか。

和久田氏:

自分も含めて日本人が、日本の食文化を知ることがとても大切だと思います。僕自身も日本に帰ってくるたびに、未だに学ぶことが多いです。そのことによって自分の料理が変化してきたように思います。

海外の方のほうが、日本の食文化に興味をもち、その価値を見出している場合もあります。

例えば、ワインに詳しい人の数に比べて、日本においては日本酒に詳しい人は少ない。でも、日本酒は本当に素晴らしいお酒で、日本が誇るものの1つです。オーストラリアでは特に人気があり、世界で一番日本酒の消費量が伸びているのではないでしょうか。

そんな日本酒の魅力に気付いているのは、実は海外の人であって、日本ではあまり注目されていないのが残念です。温度管理とかもきちんとやっているのは海外で、日本での扱いの方がちょっと雑な部分があるように感じています。

日本酒に限らず、日本にある世界に誇れる食材や文化を、ぜひリスペクトしていただきたいですね。 今の日本の料理界が変えるべき部分、例えば働き方や人材の育成方法などはどんどん積極的に変えて欲しい。その一方で、世界に誇れる部分もたくさんありますから、日本で培った経験をベースにして、ぜひ世界で活躍して欲しいと思います。日本人にも、日本の食にも、十分なポテンシャルがあることは間違いありません。自信を持って、世界に出て行ってください。若いみなさんの活躍に、期待しています。

 


編集後記:

低い声のトーンで1つひとつの質問に、実に丁寧に、誠実に答えてくださった和久田氏。難しい質問に答える際には、友人に語るように優しく、時には共感を得るように、親しみのこもった対応をしていただいた。本当に穏やかで、接する人間に安心感を与える不思議な力を持った人物である。それをオーラと言うならば、オーラであろう。相手を居心地よくする優しいオーラだ。若いスタッフに仕事を教える際も、決して相手を否定したり、失敗をとがめることはないと言う。できるようになるまで何度も手本を見せ、少しでも進歩があれば全力でほめて育てる。だからこそ、多くの優秀な料理人を育てることができているのだろう。人材不足に悩むのは、日本も海外も変わらないという料理の世界。和久田氏のように「ほめて育てる指導者」が必要とされている。世界と日本は確かに違う部分も多いが、「ほめれば伸びる」という人間の本質的な部分はきっと同じなのだろう。そんな大切なことを教えていただけた取材であった。

聞き手・編集:菊地由華、文:上田洋平、写真:岡 隆司