2019.06.20

おいしさも、季節も、人の思いも3cmの世界に自在に表現できる。

Sponsored Content

飲食業界で働くなら、店舗勤務か独立が当たり前という考えは、もはや過去のもの。従来の考えに縛られず、自分の強みを活かした多様な働き方が広がっています。

自分自信の料理や菓子づくりの技術を活かし変化させ、自分のビジネスに昇華できるか。そんな模索をしている飲食業従事者の方も多いのではないでしょうか。ル・コルドン・ブルーの卒業生の中には、独自の切り口による食と関わるビジネスを展開し、世界中に食の喜び・楽しみを波及させる活動をしている方が少なくありません。今回は、マカロンに特化して多数の事業を展開する経営者・川村祥子さんにインタビューをしました。

マカロン専門店「le petit coeur(ル・プチ・クール)」を営む傍ら、飲食店向けの卸や教室の開催などに精力的に取り組む川村さん。元々飲食業界で働く中で、基礎をしっかり学ぶためにル・コルドン・ブルーへ。その学校生活、学び、現在のビジネスへの着想と経営者としての喜びや苦労を語っていただきました。

Point1. 料理、パン、ワイン、デザートを学んだすべての経験が、今につながっている。

Point2. 大きな挫折から、たくさんの人に支えられ励まされながら切った「2度目のスタート」。

Point3. 3cmの世界は無限大。思いを代弁するマカロンを届けていきたい。

le petit coeur(ル・プチ・クール)店頭での川村祥子さんの写真

料理、パン、ワイン、デザートを学んだすべての経験が、今につながっている。

――― 現在は経営者として、クリエイターとしても活躍されている川村さんですが、そもそも飲食ビジネスに携わることとになったきっかけとは、どんなことだったのでしょうか。

札幌出身で、小さいころから料理や菓子は好きだったのですが、学生時代は服飾関係の勉強をしていました。就職先も服飾業界を考えていたのですが、いくら専門的な勉強をしていても、デザイナーになれるのはほんの一握り。多くの人は販売職へと進んでいきます。でも「なんとなく自分には合わないなぁ」なんて思っていました。そんなとき就職活動の帰りにとあるカフェに立ち寄ることがありました。「私もこんな仕事がしたいな」と思っていたところ、ちょうどそのカフェから一緒に働かないか、と誘ってもらえたのがきっかけです。

川村さんお手製のワッフルカフェから飲食の道へ。川村さんお手製のワッフル(写真提供/Le petit coeur)

――― すごくタイミングがいいですね。そこからは、どのような仕事をされましたか?

そのカフェは、札幌のカフェ流行を作った店で、私は手作りケーキとパスタを担当しました。そこから、もっときちんとした料理を作りたいなと思い、周りに相談したら、またフレンチの方からうちで働かない?とお声がけしてもらうことになりました。

微笑む川村祥子さんの写真

――― こうしてどんどん飲食業の道に入っていくわけですね。川村さんの代名詞と言えばマカロンですが、その頃から洋菓子に興味をお持ちだったのですか?

元々お菓子は作っていましたが、私はどちらかというと料理人になりたかったんです。ただ、自分が思い描いた将来像と、実際にフィットする職業が少し違っていたんです。

フレンチでの修行時代は、店舗勤務の中でサービスもやってほしいと言われ、最初は乗り気ではなかったのですが、やってみることになりました。当初自分でも想像できなかったのですが、ソムリエの方からワインを教えてもらい、自分がオススメしたワインが料理に合うと言われ、お客様が食べた感想をダイレクトに聞けることが嬉しくてサービスにのめり込みました。ずっと調理場にこもっているより、お客様の顔を見て声を聞くことで自分の業務へのモチベーションが上がることに気づいたんです。この気づきは今の仕事にも生きています。

この後、また調理現場に戻って働きました。調理も菓子もできたんですが、菓子をやって欲しいということになって、いつの頃からか菓子を作る仕事が多くなっていったんです。

川村さんお手製のケーキ川村さんのシャルロットケーキ(写真提供/Le petit coeur)

――― レストラン勤務から、働き方はどんな風に変わっていったのでしょうか。

そのうちに、自宅で菓子を作ってカフェに卸す仕事を始めました。7年か8年ほど続けた後、北海道から東京に移転しました。東京では、料理教室の講師を始めたのですが、そこからソムリエの資格を取りました。それに伴い、もっときちんと料理を学びたいと思い、ル・コルドン・ブルーに入学しました。

料理学校ル・コルドン・ブルーの校舎外壁ブランドロゴの写真
写真提供/ル・コルドン・ブルー・ジャパン

――― 数ある学校の中でも、ル・コルドン・ブルーを選んだ理由は?

私は専門学校も、有名なお店も出ていないので、自分の経歴にも箔がつくと思いました。ル・コルドン・ブルーは歴史も実績もありますので。女性の卒業生も多く、学校生活を通して人脈も広がるんじゃないかと考えて選びました。

――― 学費を含めて、大変だったことも多いのではないでしょうか。

たしかに学費の負担は大きいのですが、自分の将来への投資として必要なことだと思います。当時は仕事しながら学校に通ったため両立が大変だったのですが、苦手を克服できましたし、本当に多くのことを学びました。

マカロンドール代表・川村祥子さんの写真

――― ル・コルドン・ブルーでは、具体的にどんなことを学べたと思いますか。

料理ディプロム、菓子ディプロム、そしてパンディプロムを修了して、その関係性を学ぶことができました。食というのは、料理だけが良くてもダメで、ワイン、パン、デザートとのつながりが非常に重要です。広く食に関することを学んだ経験が、その後の菓子づくりや、受けられる仕事にも大いに活かされていると思います。

――― 職人としての引き出しが増えたというイメージでしょうか?

その通りですね。菓子以外のことを知っているのと知らないのでは、本当に大きな差があると思います。お料理からヒントを得て、菓子を作ることも多いです。

料理学校ル・コルドン・ブルーの授業風景の写真川村さんは料理、ワイン、パン、デザートと、広く食に関することを学んだ経験を、今のビジネスにフル活用している(写真提供/ル・コルドン・ブルー・ジャパン)

詳しくはル・コルドン・ブルー日本校まで。

大きな挫折から、たくさんの人に支えられ励まされながら切った「2度目のスタート」。

――― 川村さんとマカロンとの出会いとは、どんなものだったのでしょうか。

お世話になっていたクッキングスクールで、講師オリジナルのレシピを考えて欲しいと言われたことがきっかけです。オーダーされたのは、和のテイストの菓子。そこで「春色マカロン」というのを作ってみたところ、自分でもびっくりするほど反響があり、全国から生徒さんがやってくるようになりました。

春色マカロン
春色マカロン(写真提供/Le petit coeur)

――― ご自身でも情報発信をされていたのでしょうか?

いえ、全然そんなことはなくて、春色の次は夏色、秋色、冬色とやっていくうちに、自然と人気が出てきた感じです。そうこうしているうちに、和食店からお土産用マカロンの特注依頼が入り、そのお土産マカロンをデパートの催事で出すことになり、その流れで恵比寿にお店を出す話が舞い込んだりして、いつの間にか自分の店を持つことになったんです。
オーブンからマカロンを取り出す川村祥子さん

――― いいご縁に出会い、波を掴んだのですね。何事もタイミングが状況を大きく変えるんですね。

本当にそうですね。私なんていつもそんな感じで今日までやってきましたよ(笑)。マカロンにイラストやロゴマークをプリントした「プリントマカロン」を始めたところ、毎月のようにメディアに取り上げられるようになり、一気に企業からの注文が増えました。ノベルティグッズやお土産物として重宝していただき、プリントマカロンがヒットしたのも、本当に偶然です。

プリントマカロンの写真
プリントマカロンは、5ヶ月連続でメディアに取り上げられた。(写真提供/Le petit coeur)

――― その後も順調に事業は拡大していったということでしょうか。

いえいえ、決してそんなことはなくて、最初は大口の注文を受けても、生産体制も整っていませんし、商品を保管しておく場所も、人手も足りない状況でした。ある学会のお土産物として注文を受けた数は6000個。作っても作っても追いつきませんし、運送費や設備投資で、儲けもほとんどない状態でした。

焼成後のマカロン焼成後のマカロン(写真提供/Le petit coeur)

――― 約6000個とは、想像もつかない個数です。それなのに利益が上がらないとは、精神的に参ってしまいますね。

焼いても焼いても終わらないんです(苦笑)。あまりにも大変で、体力的にも限界になっていきました。一時は、お店を閉める準備までしていました。もう経営は難しい、一度雇われる身に戻ろうとまで思っていました。

le petit coeurのキッチン風景の写真

――― その難局は、どうやって乗り越えることができたのでしょうか。

毎月お酒に合わせるマカロンを提供し続けていたバーの経営者の方から、「融資をするから続けて欲しい」と言われて、恵比寿から神田の現在のお店に移転しました。最初はあまり乗り気ではなかったのです。というのも自分のビジネスに限界を感じながら恵比寿店の閉店を決断したので、神田に場所を変えて上手くお店が回るかどうか、自信がなかったのです。

思い出を語る川村祥子さんの写真

――― 成功イメージが沸かないまま、新店に移転ということですね。

そうなんです。ところが、新しくオープンした初日に、今までお世話になった人たちが心配してたくさん来てくださったんです。本当にうれしかったですね。来店するお客様もずいぶん多くなって「もっと頑張らなくてはいけないな」と気持ちを切り替えることができました。神田店では、ビジネスパーソンの来店が多く、手土産用の需要が増えました。

マカロン専門店 le petit coeurの立て看板

3cmの世界は無限大。思いを代弁するマカロンを届けていきたい。

――― 株式会社マカロンドールの代表として活躍されていますが、現在のビジネスについて教えてください。

店頭での販売の他に、企業や飲食店への卸の仕事の比重が多くなってきています。今はマカロンを焼けるスタッフが少なく、後継者を育てていくことが課題ですね。私自身は、現場での仕事からは離れて、商品開発やレッスンなどに力を入れていきたいと思っています。

企業や飲食店への卸用マカロン依頼主は大手企業から法人、個人と幅広い。提供シーンや顧客の思いに合わせ、プリントマカロンやオリジナルフレーバーマカロンを提案、製造、納品する。(写真提供/Le petit coeur)

 

――― 仕事で悩む時は、どんなことをして気持ちの切り替えをされていますか?

ありがたいことに、周りに女性経営者の方がいてくださったり、ル・コルドン・ブルーの出身者の方々とのつながりがあったりして、いろいろと相談できる相手に恵まれました。同じ経営者、職人としてアドバイスをもらったり、お酒の場でグチを聞いてもらったりするのがストレス解消法ですね。話していると気持ちが晴れますし、自分の中の考えをまとめられたりします。

後は、今でもお客様と毎日話すことが、気持ちのリセットになっています。修行時代のサービスの仕事もそうですが、私はやはりお客様の顔を見て話し、反応を見ることが好きなんです。

マカロン専門店le petit coeurの外観

――― なるほど、顧客起点であることは今も昔も変わらないのですね。今でもル・コルドン・ブルーで知り合った方とのつながりがあるということですが、学校としておすすめできるのはどんなところでしょうか。

やはり外国人のシェフ講師のみなさんは、私たち日本人にはないセンスと技術を持っていらっしゃいます。特に料理を演出する盛り付けのセンスは抜群ですね。そういう通常日本では学べないようなことも、日本にいながら学べることがル・コルドン・ブルーの素晴らしい点だと思います。

――― これからル・コルドン・ブルーで学ぶ若いみなさんにメッセージをお願いします。

講義についていくのが大変だったり、実習の準備に追われたりすると思いますが、つらくても途中で辞めないで最後まで続けて欲しいですね。その経験がきっと将来に役立ちます。いろんな学びが、料理のおもしろさをより深めてくれるはずです。私自身も、料理・ワイン・パン・菓子を広く学んだからこそ、今があると思っています。料理とパンと菓子は微妙なバランスの上で1つの食として成り立つもの。それぞれの関係性を理解すれば、イメージを膨らませていくことができるようになりますから、ぜひ頑張ってください!

マカロンと川村祥子さんの写真

――― 最後に、川村さんにとってマカロンとは、どんな存在でしょうか?

たった直径3cmの中に、あらゆることを表現できる魅力的な存在です。甘いマカロンだけでなく、和食に合うマカロンやお酒に合うマカロンも作れます。さらには、季節を感じさせたり、ケーキの飾りにも使えたり、本当にいろんな可能性があるお菓子です。これからも、そんなマカロンをたくさんの人に届けていきたいですね。

川村さんオリジナルマカロンの写真

まとめ

マカロンの専門店を経営する川村さんですが、その料理に関する知識は菓子だけに留まりません。ル・コルドン・ブルーにて、料理ディプロム、菓子ディプロム、パンディプロムを修了した知識と経験を礎に、今日までのキャリアを歩んでこられました。

さらに今後は、商品開発や人材の育成などにも、精力的に取り組んでいきたいとお考えです。新しいことにチャレンジする意欲と知識を身につける好奇心こそが、川村さんの原動力となっているのではないでしょうか。

事業の多角化を図りながら活躍されている川村さんの姿を見て、食には人を情熱的に突き動かす深い魅力があることを再認識する取材となりました。

 

ル・コルドン・ブルーの学校問い合わせへのリンク画像

 

取材協力:「株式会社マカロンドール|le petit coeur」東京都千代田区神田錦町2-4-6 1F/03-6451-0230

聞き手:菊地由華、文:上田洋平、撮影: 刑部友康

提供:ル・コルドン・ブルー・ジャパン