2019.12.24

日本の食におけるサスティナブルのあり方丨ルレ・エ・シャトー副会長 Olivier Roellinger(オリヴィエ・ローランジェ)

Olivier Roellinger(オリヴィエ・ローランジェ)氏は、フランス料理界の中で最も社会的な活動を行っているシェフだと言われています。

ローランジェ氏は自らが副会長を務め、世界580以上のトップレストラン及びホテルが加盟する国際アソシエーション、ルレ・エ・シャトーによる海洋資源保護のマニフェストを大阪で発表しました。
そのマニフェストの後に特別にお時間を頂き、ローランジェ氏に日本らしいサスティナブルの方法について、日本のシェフに向けてのメッセージをお伺いしました。

■侍と思えるほどの日本シェフの働きっぷりに助けられた

——ローランジェ氏は日本との親交が長く深く、過去に何回も来日されていますよね。
それはなぜなのでしょうか。他の国に比較して何か日本に惹かれるポイントが有るのでしょうか。

ローランジェ氏:
胡椒が必要ない唯一の料理だからですね。

一同:笑

——もう少し具体的に教えていただけますか?

ローランジェ氏:
世界の中で日本の文化が持っている特質についてお話させていただく前に、自分の個人的なエピソードをお話させていただきたいと思います。

私は昔から、フランスに働きに来ていた日本人たちのことはよく知っています。私が若かった時、日本の料理人、日本の食文化は二流のものだと考えており、世界中で価値があるのは一つだけで、それはフランス料理であると思っているフシがありました。
しかし一緒に働いてみると、それは間違いであると気付かされました。彼らは「侍」と言っても過言ではないほど働き者で一途でした。

実体験に基づいて言いますと、残念にもすでに他界した若い日本人シェフがいたのですが、彼は7年間フランスでポール・ボキューズやミッシェル・ゲラールなどの一流レストランで働いた後に、1981年に私のレストランを開業する手伝いを半年ぐらいしてくれました。

これは私の中で日本に対する大きな「借り」のようなものを作った出来事で、今でも心に残っています。その時に彼が言った「私はフランス料理のレシピを学びに来たのではない、フランス料理の魂を学びに来たのだ」という言葉もとても印象に残っていますね。

Olivier Roellinger(オリヴィエ・ローランジェ)
Olivier Roellinger(オリヴィエ・ローランジェ)
ブルターニュ出身のローランジェ氏は、最初地元カンカルで海の幸を料理で表現するレストランを開業、ミシュランの三つ星を獲得したが、2008年に星を返上。カンカルをベースに、食を通した社会活動を様々に展開している。
難民を対象にした料理のワークショップ、パリ郊外の子どもたちへの講演会、また、若い料理人が海洋資源問題に意欲的になるように、絶滅危惧種の魚は使わず、十分な個体数のある魚を使っての料理コンクールをオーガナイズするなど、その内容は幅広い。

■日本料理の「生死へのリスペクト」に世界が注目している

——日本のシェフとは、お若い頃から縁が深いということですね。もう少し一般的にはどうでしょうか。

ローランジェ氏:
一般的な視点で話しますと、かつて日本人はフランスのカマンベール、シャンパン、トリュフや、ブルゴーニュやボルドーのワインに憧れ、フランス産の食材を欲しがった時期がありました。

今、現在起こっている現象はまさに逆です。つまりフランスの料理人がワサビ、ゆず、日本酒を求めている。
これは、フランス人シェフにとって日本の料理が、「フランス人である自分たちにとって、フランス料理とは何なのか」というテーマを問いかけてくれる存在だということです。
フランス料理はもちろん素材を重視する料理ですが、日本料理には素材を重視する、敬意を持つ姿勢が、フランス料理よりも一層濃く現れています。また季節を重視する姿勢も強く、それは日本の菓子にも現れています。

更には物を無駄にしないという考え方、料理を提供するときの美的な感覚というのもありますよね。

そして非常に重要なのが、日本では生や死に関する考え方、生きているものの命をいただくことによって私たちが生き続けることが出来るという意識が非常に高いということです。
それは私だけではなく、他のフランス人のシェフにとっても同じ感覚だと思いますし、だからこそ日本料理はこれだけ世界中を魅了したのだと思います。

日本料理の持っている「生きているものに対する責任」の要素があるからこそ、これまで日本料理は世界全体を魅了して来たわけです。だから、今後、もし日本料理の姿が変貌してしまうとなると、これだけ日本料理に大きな期待を持っている外国人のシェフが多いだけに、大きな失望のもとにもなると思います。

Olivier Roellinger(オリヴィエ・ローランジェ)

■日本で作られる料理の黄金律には「感受性」が不可欠

——とある日本人のシェフから、日本料理以外に携わるシェフが海外に出た時に「日本の食に対するアイデンティティはどこにあるの?」と現地で聞かれて困ってしまうことがあると聞きました。

でも実は日本は古来から「もったいない」という言葉を使い、サスティナビリティという名前では呼ばないながらも、地域で食材を余すところなく使う知恵を蓄え、工夫をしてきました。そういったものを改めて見つめ直す時期だと思います。

ローランジェ氏:
今の貴方の分析は正しいですね。
ぶどう山椒を例にあげますと、薬味に使うことはあるかも知れませんが、現在の日本の料理全体の中で、ぶどう山椒が完璧にその価値を高めらて使用されているかというと、そうだとは思いません。
では最近、日本でぶどう山椒がもてはやされるようになったのはなぜかというと、「海外でも売れているらしいよ、興味をもってくれているらしいよ」という情報の逆流入があって、初めて日本人も日本の料理人もぶどう山椒に興味を持つようになった流れがあるのです。

これは私たちルレ・エ・シャトーが考える食のあり方とは、少し違います。
私たちは何を考えているかというと、「自分たちの周りにある自然の食材をどうやって現代の料理の中で使っていくのか、その食材の価値を高めていけるか」ということです。
それは日本料理という名前とは別に、ともあれ日本で昔からずっと行われてきたことです。

私が日本の伝統料理と言う時には、別にいわゆる日本料理と言われるものを指すわけではないです。「日本で行われている料理」というのは、そもそも多様性がありましたよね。ですから、現代の日本で料理を作る時に、昔とは解釈が違う、テクニックが違うということはあるし、あってもいいと思います。

ただそこにある感受性というのは、常に自然と接続していて、これは忘れられてはいけないのです。

これは私が思うに、日本で作られる日本料理の黄金律とも言えるものです。それは自然や季節を感じ、一つの季節の中でも、走り・盛り・名残に対しての感受性があるかどうか、それが感じられるものかどうか。これが私から見た日本の食の大きな特色だと思います。

もちろんフランス料理やイタリア料理に対して恋に落ちることがあってもいいんです。それをするなと言っているわけではないのです。ただ、わざわざフランス料理を作っているからフランスの食材をすべて輸入して使わなくてはならないということ、イタリアの食材を使わなければイタリア料理はできないと思うこと自体が、違うのです。要するに、日本の食材でできるフランス料理、イタリア料理に独自性があるのではないかということです。

特に日本は北から南までの多様性、海洋資源ももちろん、海あり山あり平野ありというバラエティにも富んでいますし、あらゆる気候が揃っています。このように豊かな自然に恵まれているわけです。

言いすぎかも知れませんが、私は日本の地における料理の新しいページは未だ開かれていないのではないか、という気がします。

Olivier Roellinger(オリヴィエ・ローランジェ)

■生産者と消費者の関係性の原点回帰

——まだ発展途上ということですね。

ローランジェ氏:
6〜7年前、東京から1時間ぐらい離れたところにある柑橘類を栽培する農家を訪ねたことがあるんです。非常に経済的に厳しい状況にあるという話でしたが、そこで食べた柑橘類は本当に美味しかったんですが、東京では買い手がみつからないと言われました。
その代わりに東京に帰ってきた時に何が起こっていたかというと、市場に並んでいるのは外国から来たオレンジでした。大きくて、大きさ形が揃っていて味がそんなにないようなものばかりが珍重されています。その時に「これは何か間違っているのではないか」と思わざるを得ませんでした。

ここで出来ることというのは、昔ながらのファーマーズ・マーケット(農家がそのまま売り手として自分の作物を出店する市場)です。今、日本でそのような市場がある村・町はどのぐらいあるかというとそれはすごく少ないと思います。そういった市場のような機能をする空間というのは、昔は当然日本にも多くあったと思います。ですが今は見ることが殆どできません。

生産者というのは、料理人やレストランと契約するだけでは生きていけません。やはり地域の住民が買っていくということがあって、初めて生活が成り立ちます。
昔のように週一回ということは難しくとも、月一回でもいいからそういった市場が開かれて、そこで地域の住民と小さい生産者の顔が見える、野菜や魚それを買っていく、それに価値を見出していくということがまずは生産者と食べ手の間をつなぐことでもあるし、地方と都市をつなぐことでもあると思います。

私たちフランス人は、30年前には失われていた市場というものを、もう一度再評価することによって再生することができたので、日本でも同様の取り組みが可能なのではないかと考えています。

Olivier Roellinger(オリヴィエ・ローランジェ)

■単に成功した料理人たちの話ではなく、貴方の人生の話をしよう

—–確かに今、消費者をどこまで巻き込むことが出来るかというのは日本の食産業の課題ですね。

日本のシェフたちも状況を変えようとアクションしている矢先ですが、生産者のもとに足を運んで問いかけができて、消費者に訴えかけるために市場を開くまで促せるかというと、そうではないと思っています。

その原因の一つは、飲食業界の労働環境にあります。ご存知だとは思いますが、長時間労働、薄給、体力面での過酷な環境など、なかなかにハードです。エネルギーも時間も、外部のアクションに費やすことは簡単ではありません。

ローランジェ氏:
今の話は、労働搾取の問題ですよね。例えば雇う側がいて、雇われる側がいて搾取する人がいるから搾取される人がいるわけで。結局それは、料理の問題というよりも社会の問題、日本の政治問題になるわけです。
過剰労働を考えた時に、日本では働きすぎなのは料理人だけではありませんよね。労働環境を変えるには、ひとりひとりの料理人が立ち上がってその状況と戦うしかないのではないでしょうか。

先程、食の現状が多くの多国籍企業に握られているという話をしましたが、料理人だけではなくこれも同じで、多国籍企業が求めていることに答えがあると思います。それは我々が一生懸命働いて、ちょっとしか儲からない、そして儲かったものはどんどん消費に回していく、このサイクルが結局彼らが求めていることだと思うんです。

ではそれに対して私たちは何をしていけばいいのか、そして若い人たちが何をしようとしているのかというと、もしかしたら昔よりも持っているものは少ないかも知れないけれど、「人生の中で、より多くの場所を自分の人生が締めている」という状況を大切にしていくことが必要なのだと思います。

今日ルレ・エ・シャトーのマニフェストで話をしたような、一つ一つの食材を大切にしていくことや、多様性を大切にしていくことは、一見すると細い糸のようなものかも知れません。しかし、この毛糸のようなものを引っ張っていくと大きなところに繋がっていて、そこまで辿り着けるということはあると思います。ですから私たちがやっていることは、ただ単に、成功した料理人たちが何か勝手なことを言っているということではけっしてないのです。

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編集後記

サスティナブルと言っても、なかなか自分ごとにしきれない。お客様と経営とサスティナブル、この三つに挟まれて積極的に取り組む方法が見いだせない。こんな声を度々シェフたちから聞く。

実際にローランジェ氏と話しをして感じたことは、彼は日本の食を取り巻く環境や状況に危機感を感じ、日本人以上にそれを我が事と捉えていることだ。
彼の言葉の中にもあったように、我々は日本らしさとはなにか、世界と比較し日本の食事情がどうなっているかを緊急に知る必要がある。そこで見えてきた日本らしさは、今後世界とサスティナブルな観点で協働する際に、強い財産となるはずだ。

そして、料理人は消費者以上に日本らしさを再認識する必要があると思う。なぜなら、彼らは食と向き合うものとしてのリスペクトが消費者からあるからだ。つまり料理人には、食の生産者や日本における食文化に対する事実や知識を消費者の心に届ける力があるのだ。今後料理人たちが一般消費者に、日本の土地から生まれる伝統的な食の歴史や源泉を再認識させ、守り伝える活動こそが、日本におけるサスティナブルな食のあり方を模索することに繋がるのではないだろうか。

(聞き手・文:菊地由華、写真:松井 泰憲)