2019.04.11

ル・コルドン・ブルーで、料理の世界が、深く、広く、つながっていく

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ル・コルドン・ブルーという料理学校は、料理人にとってどのような魅力があるのでしょう。

角田 絵里子さんは、現在30歳。ミシュラン一つ星を獲得する札幌のフレンチの名店「aki nagao」の系列店 「wineman」でシェフとして活躍しています。

角田さんが料理人としてスタートしたのは22歳。「aki nagao」の長尾シェフのもとで見習いとして 経験を積んでいましたが、「フランス料理の基礎を身につけて、もっと役に立ちたい」という思いから、25歳で上京し、ル・コルドン・ブルー 東京校の門をたたきます。8ヶ月間学び、その後いくつかの店舗を経験した後に札幌に戻り、長尾シェフと「wineman」を立ち上げました。

角田さんは、ル・コルドン・ブルーでの学びを通して「たくさんのアイデアを料理として生み出せるようになった」と語ります。大きな成長を遂げた角田さんに、入学のきっかけや学校生活、学び、得たことをインタビューしました。

Point1. 師匠の料理が 料理人としての扉を開いた
Point2. ル・コルドン・ブルーでみっちり学んだ、たくさんのアイデア
Point3. 料理で何を伝えるのか、考えて日々取り組むことが大事

その料理を食べたとき、料理人としての人生が始まった!

「aki nagao」との出会いが、人生を変える。

■角田さんは大学で管理栄養士の資格を取得し、札幌市内の介護老人保健施設(老健)でお仕事をされていたそうですね。そこから料理人の世界に入ったきっかけはなんでしょう?

大学を出て1年間、管理栄養士として献立作成や給食管理、栄養指導などをしていました。食が細い方にも「美味しく食事をしてその時間を楽しんでほしい」という院長の意向から、経験豊かな料理人を積極的に採用して、料理にとても力を入れていました。

管理栄養士は調理師に対して指示をする事も多いのですが、栄養の知識はあっても料理の知識に乏しい自分は説得力がないなと感じていました。そこから、栄養管理を超えた「料理」そのものをもっと知りたいと思うようになりました。

そんなある日、フレンチレストラン「aki nagao」の系列店で食事をすることがありまして、料理がすごく美味しくて感動したんです。そしてラッキーなことに食事後に長尾シェフとお話させていただく機会を頂けたので、思い切って「料理人になりたい」と相談しました。そうしたら「うちにおいで」と言ってくれたのです。管理栄養士を辞めて料理人になる決意を固め、見習いとして入りました。

写真提供/aki nagao

 

■師匠ともいうべき長尾シェフとの素晴らしい出会いがあったんですね。「aki nagao」ではどのような日々だったのでしょうか。

私が店に入ったときにちょうど別の料理人が辞めてしまい、 厨房スタッフはシェフと私の二人になりました。シェフ直々に沢山のことを教えて頂きましたが、毎日叱られてばかりで(笑)。泣きながら働く日も沢山ありましたし、長尾シェフも料理の知識も技術もない私と二人で苦労も多かったと思います。

それでも辞めたいとは思わなかったですね。私にとってはすべてが新しい世界。毎日、新しいことに出会い、出来ないことに挑戦する楽しさ、その感動の方が大きかったです。

長尾シェフが、それだけさまざまなことに挑戦していたのだと思いますし、そこは今でも変わっていません。

「基本を知らない」という25歳のプレッシャー。「フランス料理のこと、もっと知りたい!」

ル・コルドン・ブルーへ入学されたきっかけは?

長尾シェフのもとで丸2年が経った頃には少しずつ仕事にも慣れ、厨房のスタッフも増えてお店も安定してきました。私自身は、本を読んだり賄いでフランス料理を作らせてもらったりと、働きながら勉強もしていましたが、やればやるほど「自分にはフランス料理の基礎がない」という思いが強くなっていきました。

当時、私は25歳。調理学校を出て20歳前後ですぐに店に入っていれば、すでにある程度の実力が身についている年齢です。料理人としてのスタートが遅かった私は、そのことが大きなプレッシャーにもなっていました。そこで、思い切って長尾シェフに「学校に行ってフランス料理を基礎から学びたい」 と伝えたところ、シェフも賛成してくれて「卒業したら、戻っておいで」と快く送り出してくれました。

 

写真提供/aki nagao

 

調理師専門学校といってもさまざまな学校がありますが、なぜル・コルドン・ブルーを選んだのですか。

ル・コルドン・ブルーが出していたフランス地方料理の本を読んでいたので、名前は以前から知っていたのと、「フランス料理学校」と検索したら、一番最初に出てきたのです。せっかく通うならフランス料理に特化したル・コルドン・ブルーで、深い知識や技術を得たいと思い入学を決意しました。

ル・コルドン・ブルーの厳しくもワクワクの日々。

デモンストレーションと実習がワンセット。習ったことをすぐやってみる。

■ル・コルドン・ブルーでは、どのような授業を受けていましたか。

ル・コルドン・ブルーではフランス料理を6ヶ月、その後、製菓を3ヶ月学びました。ル・コルドン・ ブルーの基本的なレッスンスタイルは、デモンストレーションと実習です。デモンストレーションでは、先生であるシェフが自ら調理しながら、その調理方法を説明していきます。生徒たちはその調理する姿を見ながらメモをとります。
テキストには材料と分量のみが書かれていて、そのテキストをもとに、デモンストレーションを見て、聞いて、書き出したメモを家で整理しながら復習したり、時には材料を買って家で練習する事もありました。

デモはとにかくスピードが早いので、ついていくのに必死でした。居眠りしてしまったら実習のときに何をどうすればいいか、分からなくなってしまうので(笑)。
デモの次の日に実習がありました。時間が限られているので、出来るだけ効率よく動けるように頭の中で何度もシュミレーションしながら実習に臨んだ事をよく覚えています。実習では、食材だけではなく調理道具やコンロ、オーブンなどの設備が一人ずつに用意されていて、最初から最後まで調理すべてを一人で行ないます。
そうした設備を自由に使える環境は、ル・コルドン・ブルーの何より大きな魅力のひとつだと思います。

ついていくのに必死だったデモ(写真提供/ル・コルドン・ブルー・ジャパン)

一流のシェフによるレッスンは厳しいが愛情がこもっていた。

■ル・コルドン・ブルーには、どのような先生がいましたか。

シェフはフランス人、日本人ともに、本国や日本で一流の料理人として活躍されている方ばかりで、厳しいシェフが多かったですね。私が経験者である事や卒業後に料理の世界に戻ることも理解した上で、厳しく接してくれていたのだと思います。
なかでも印象に残っているのは、ギヨムシェフです。(注1)

注1:ギヨム・シエグレ(Guillaume SIEGLER)ーー2013年にル・コルドン・ブルー東京校の料理講座テクニカル・ディレクターに着任、そして2014年からは日本校のエグゼクティブシェフとして勤務した。日本での約5年間の任期中、2015年のシャルキュトリ審査会では金賞受賞、また2016年の第4回国際料理コンクール”Note by Note Cooking”で優勝するなど数々の功績を残した。現在は、パリ校講師として勤務。

厳しいけれどさっぱりしていましたし、デモでのシェフの調理のスピードの早さには驚きました。そんなギヨムシェフにたまに褒められると、嬉しかったです。

先生たちからは、何よりフランス料理の奥深さを教えていただきました。なぜその材料を使うのか、なぜその方法で調理するのか。それぞれの料理の生まれた背景や由来までとことん学ぶことができました。フランス料理に対する認識が深まり、フランス料理がもっと好きになりました。

調理台、コンロ、オーブンなど何もかもが、一人一式用意されている。 (写真提供/ル・コルドン・ブルー・ ジャパン)

詳しくはル・コルドン・ブルー日本校まで。

フランスの食文化を理解したからこそ完成した卒業制作の渾身のひと皿。

■特に印象に残っているレッスンはありますか。

やはり卒業制作ですね。私達のクラスのテーマは「カサゴと貝を使ったメインディッシュ」で、一人1皿を3時間という制限時間のなかで作ります。私はフランス料理の基礎を学ぶために入学したので、最初はスタンダードなものを作ろうかと思っていましたが、いろんな事を学んでいくうちに遊び心を入れたくなって。

フランスの植民地だった歴史を持つ、モロッコの料理に着想を得た料理を考えました。そういった歴史もル・コルドン・ブルーで学んだことです。

ひと皿の中にこれまで習ったことのすべてを詰め込みたいという気持ちから、盛り込み過ぎになりそうなところをグッとこらえて、「このパーツは本当に必要なのかな」と考えながら、全体のバランスをみて作っていきました。結果として、自分が伝えたいと思った料理のポイントをしっかりとシェフに評価していただいたので、とても嬉しかったですね。

卒業制作で角田さんが作った「カサゴと貝を使ったメインディッシュ」。ナスのペーストをのせたカサゴをスライスしたズッキーニで巻き、ソースにはアサリの出汁やオレンジジュースなどを用いた。パクチーやスパイス、自家製ハリッサ(辛味調味料)、レモンなどを使い、付け合わせはアサリのラビオリやモロッコ風サラダに。(写真提供/角田絵里子)

 

ところで角田さんは札幌在住です。ル・コルドン・ブルーの東京校に通うには、費用も含めかなりの決意が必要だったのではないですか。

とにかく「フランス料理を基礎から学びたい」という思いが強かったので、上京することに対する躊躇はなかったです。ただ、両親の理解と支援があったことには、今も本当に感謝しています。管理栄養士だった頃は、 厳しい料理人の世界に入ることに父も母も心から賛成はしていませんでしたが、「aki nagao」で私が頑張っている姿を見て応援してくれるようになり、ル・コルドン・ブルーに行くことも賛成してくれました。

今ではお店にもよく食べにきてくれて、家族がわたしの料理のファンでいてくれる事が本当に嬉しいです。

また、当時親友が東京で一人暮らしをしていて、2年間彼女の部屋に住まわせてもらいました。同じく管理栄養士の資格を取りながらも一級建築士を目指す彼女は、分野は違っても共に夢を追いかける仲間。シングルベットで並んで寝ながら、夜な夜な夢を語り合い励ましあった親友との暮らしは、かけがえのない時間でした。だから東京でも頑張れたのだと思います。

菓子プログラムの卒業制作はチョコレートとキャラメル、ベリー、赤ワインとスパイスのケーキを制作。(写真提供/角田絵里子)

 

料理で何を伝えたいのか? たくさんのアイデアを生み出し、カタチにできるように!

いろんなレストランでの経験。私が本当にしたいことは?

■卒業後は北海道にすぐに戻られたのでしょうか。

卒業後は、自分が何をやりたいのか考えてみたかったこともあり、2年間、東京にいました。ル・コルドン・ブルー東京校は代官山にあるのですが、学校の近くにあったポール・ボキューズ で1年と少し働きました。フランス・リヨンに本店があり、ミシュランの星も長年獲得している老舗有名店です。きっかけは、在学中に勉強がてらポール・ボキューズに食べに行った時に味わったトリュフのスープ。このスペシャリテに感動してすぐに支配人に「ここで働きたい」と伝えたところ、快く承諾いただきました。
ポール・ボキューズでは、まずは前菜 、その後デザートを担当しました。今まで働いたことのない大きな規模のレストランで戸惑いもありましたが、パーツ一つ一つに手間をかけた、グランメゾンらしい華やかな料理は本当に魅惑的でした。週末には毎週のように婚礼がありましたので、パティシエ部門にいた時にはウエディングケーキも作らせて頂き、大変勉強になりました。

 

ただ自分には大きな店よりも小さなお店が合うのかな、という思いが生まれてきて。後々に 長尾シェフのもとに戻ることを念頭に置いていたので、規模の大きくないお店での経験も積みたいと思い、次に青山にあるフランス料理店にスーシェフとして入りまし た。自然派ガストロノミーをコンセプトにしたレストランで、札幌に戻る前提で入社したお店でしたが、当時のシェフのご理解もあり沢山の事を学ばせて頂きました。その後長尾シェフとの約束通り札幌に帰りましたが、タイプの違う店で働けたことは、自分がやりたいことを見つめる、いいきっかけになりました。

 

シェフの想いをより深くとらえ、たくさんのアイデアをカタチにできるようになった。

■札幌では新店をシェフとして任されていると聞きました。

札幌に戻ってからは3ヶ月ほど本店のakinagaoに所属した後、新店舗の「COQ」でシェフとして復帰しました。 メニューは長尾シェフと相談しながら決め、料理、デザートすべてを担当しました。

 

「COQ」での角田さんのスペシャリテ。タルトタタンをアシェットデセールに大胆にアレンジした。キャラメリゼしながら火入れしたリンゴを丸く成形し、焼いて崩したパイ生地をまとわせている。カルヴァドス使った 「サバイヨン」というソース、チョコレート、コニャック、ラム酒のアイスに、オリーブオイルや抹茶、はこべ (ハーブ)、薫製したプラリネなどを添えて。(写真提供/角田絵里子)

 

その後、長尾シェフから4店舗目となる新店の立ち上げの話を頂きました。それが今、私が シェフを務める「wineman」です。この店は再生材料由来の原料が90%を占める素材で外壁が作られていて、再加工したカトラリーを使用するなど、「サスティナブル=持続性」をコンセプトにした店です。料理でも、上質な素材を余すところなく使うという事を大事にしています。例えば綺麗に形を整えた後の端材などまで、手間をかけて価値あるものへと生まれ変わらせたい、という思いを反映させています。

■ル・コルドン・ブルーで学んだことを活かせている、と思われることはありますか?

以前なら、長尾シェフの伝えたいことや思いを、私自身が本当には汲み取れていなかった気がします。ゴールがわからないまま、見よう見まねで、とにかく手探りでなんとか形にしていたというか。
ル・コルドン・ブルーでフランス料理の基礎や文化としての深さを学べた事で、シェフの意図や思いをより理解出来るようになり、自分の意見を持ち、私からも提案ができるようになりました。「wineman」のメニューも、オープン当初は長尾シェフに考えて頂き、現在定番として出しているものも沢山ありますが、新しいメニューや季節の一品の多くは私が提案しています。

 

「wineman」で提供。一口サイズのアミューズ盛り合わせ。余ったブリゼの生地、サイズが小さい食材や端材 を、手間をかけて活用。(写真提供/角田絵里子)

 

人を想い、挑戦しつづける料理人でいたい。

長尾シェフと出会い料理人の道を選んだことも、フランス料理の深さを知り、世界を広げる
大きな“きっかけ”となったル・コルドン・ブルーも、角田さんは「やりたい」と思ったことをまっすぐに実践してきています。

そうですね(笑)。もしそれが許される環境にあるのであれば、やってみたいことはチャレンジしたいと思わずにはいられなくて。自分が望み選んだ道なら、失敗したとしても挑戦してよかったときっと思えるのではないかと。できるだけ自分の気持ちに素直に、周囲に「やりたい」気持ちを伝え続けそれに向かって努力している姿を見てもらえれば、 周りの人は助けてくれると思います。内に秘めた思いがある方には恐れずに色んなことにチャレンジして欲しいですし、わたし自身もそうあり続けたいです。

角田さんが料理人として大切にされていることはなんでしょうか。

「人を想う」でしょうか。お店を任されてからはより一層、自分の事だけではなく周りのことも考えて行動しなければならない立場になりました。お客様の顔を思い浮かべて「今出来る最高の料理を出せているだろうか」と常に自問自答するだけはなく、「私は周りのことを考えて、動けているだろうか」「思いやりをもって働けているだろうか」と、一緒に働く仲間や自分を支えてくれる方々の事を考えるようにしています。料理人としても人間としてもまだまだ至らないところだらけですが、これからもその心は大事にしていきたいです。

「角田さんがシェフを務める「wineman」では、料理だけでなく、廃棄物で作った外壁や、再加工したカトラ リーなど、店全体が一貫して「サスティナブル」。(写真提供/角田絵里子)

 

料理人にとって「ル・コルドン・ブルー」の魅力はこれだ!

◎ガストロノミーとしての「料理」が身につく。
・デモンストレーション、実習を繰り返し、徹底した実技のレッスン。
・厳しくも意欲に答えてくれる一流シェフたちのきめ細かな指導。

◎アイデアが生まれる料理人へ。
・受け継がれてきた食文化への理解が深まる。
・創意工夫を追求するスタンスで、アイデアの引き出しが増え、カタチにしていける。

 

聞き手:菊地由華・峯林晶子、文:峯林晶子、撮影: 野澤 潤
提供:ル・コルドン・ブルー・ジャパン