2020.02.12

器には、料理人の考えと哲学が映し出される丨ごだん宮ざわ 宮澤 政人×木山 木山 義朗

懐石において、器は四季を表現するだけでなく、時に懐石の刻んできた歴史と今料理を提供する料理人の思いを伝える代弁者となり、今日のお客様の縁をつなぐ存在となる。
今回は器に対し熱い想いを持つ京都「ごだん宮ざわ」の店主・宮澤 政人氏とその旧友である「木山」木山義朗氏に、日本料理における器について伺った。宮澤氏、木山氏に共通するのは、料理や器が単純に好きであるということだけでなく、「本物を追求していきたい」という探究心が心の根底にあることだ。その深き世界の入り口に触れる機会を得た。

京都【木山】店主木山 義朗が皿を持つ様子と京都【ごだん宮ざわ】店主宮澤 政人さんが微笑む写真

■器を考えるようになったきっかけ

宮澤さんと木山さんは、いつのころからのお付き合いですか?

木山:私が和久傳で修業を始めたころからの付き合いですから、もう15~16年です。兄弟子であった宮澤さんから毎日のように料理のこと、器のこと、仕事に対する思いを教えていただいて、私にとっては本当に影響力の大きな人です。

京都【木山】店主木山 義朗さんの写真
木山 義朗 / 木山 店主
19歳から京都の老舗料亭和久傳で修業し、25歳の時にJR京都駅構内に開店したリーズナブルに高級料亭和久傳の味が楽しめる「はしたて」の料理長に抜擢され、29歳のときに「京都和久傳」の料理長に就任。その後36歳で独立し「木山」をオープン。

宮澤さんが器に興味を持つようになったのは、いつごろからですか?

宮澤:20歳ぐらいです。きっかけは、懐石料理を教えていただいた大将の影響で、お茶や器にとても詳しい方で、働きはじめて間もない私を古美術店などに連れて行ってくださり、それが興味を持つことになるきっかけとなりました。
いずれ私は地元の神奈川から京都へ修業にやってくるわけですが、京焼をはじめ京都ではいろんな器に触れる機会がありますから、京都に来たら器をしっかり勉強しようとずっと思っていました。

※宮澤氏のインタビューにて和久傳での修業時代のお話をお聞かせ頂きました。記事はこちらからご覧頂けます。
木山:私にとって器の師匠は宮澤さんご自身です。一緒に修業していた和久傳の近くには古美術商があって、昼休みになると宮澤さんに連れて行ってもらいました。本物の器に触れて、自分でも本を買ってみたりして、料理だけでなく器のこともちゃんと考えないといけない理由や勉強のやり方から教えてもらいました。

宮澤:その頃、いろんな若い後輩に器や料理の話をよくしていましたが、彼ほど熱心に聞く人はいませんでした。仕事が終わった夜遅く、疲れて眠いのに一生懸命話を聞いてくれていました(笑)。

京都【ごだん宮ざわ】店主宮澤 政人さんの写真
宮澤 政人/ごだん宮ざわ 店主
中学時代から実家が営む寿司店を手伝い、高校卒業と同時に地元神奈川の寿司割烹店に入店。20歳で京都での修業を決意し、京都ホテルオークラ「入船」や「柿傳」、「高台寺和久傳」といった名店で経験を重ねる。2007年に「じき宮ざわ」を、2014年には2軒目となる「ごだん宮ざわ」をオープン。

■料理人の思いをお客様に伝えてくれることが、いい器の条件

そんなお二人にうかがいますが、料理と器の関係とは、どんなものだとお考えですか?

宮澤:器と言ってもいろいろあります。お茶の席で使う器もあれば、京都らしい料理に合う器もあります。しかし、決まりごとにこだわり過ぎる必要はありません。
大切なのは、饗する(もてなす)場において料理人がどんな器にどんな料理を盛って、お客様に何を伝えるのか、どう感じて欲しいのかという思いです。
例えば日本料理の八寸は、1つの器に複数の料理を盛りつけますが、私はそうした器の使い方をしません。1つの器には、1つの料理を盛るようにしています。それは喰い切りの料理として、つまり温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいまま召し上がっていただきたいからです。割烹料理や、茶の湯の料理がこのような使い方をします。一方、八寸はお座敷のお料理などに多く、饗する場が比較的広い空間の時に出されることが多いと思います。

空間が広い分、大きな器に多種を盛り付けて運び出すことで、非常にその場に似合う料理となります。

料理と器の関係2つに限らず、その場の空間も含めて三位一体となるよう、常にバランスを心がけています。

器の使い方で、特に気を配っていらっしゃることなどはありますか?

木山:季節や料理によって器選びも変わりますが、気をつけているのは全体のバランスです。どんなにいい器を使っていても、全部が冷たい印象の器を使うと、全体的に冷たい印象になってしまいます。見た目もそうですが、触った感覚も大きく影響する部分ですから、意図的に土のものを使ったり、塗りのものを使ったりして、トータルとしてバランスが取れるよう気を配っています。

宮澤 政人さん所有の日本料理の器の写真

料理に合わせて器を選ぶのか、それとも使いたい器に合わせて料理をつくるのか、どちらから発想するのですか?

宮澤:どちらもあります。というのも、料理の内容が決まって、器に盛り付けてみる。そうすると、その料理が似合わない時があるのです。そのときに器から、こんな料理をつくってみてと言われているみたいに、まったく違う料理ができることがよくあります。

木山さんは、どうお考えですか?

木山:今回の対談の依頼をいただいた時にも申しましたが、私と宮澤さんの考えは、ものすごく近いんです。ですので私も宮澤さんと同じ考えで料理をさせて頂いておりますし、二人で会話していると話がかみ合い過ぎて話題が尽きませんね。

京都【ごだん宮ざわ】店主宮澤 政人さんと京都【木山】店主木山 義朗さんの写真

■他人と比べるのではなく、自分と向き合うことで気づくものがある

ではちょっと質問を変えて、いい器を見る“目”というのは、どうやったら養われるのでしょうか?

宮澤:よく言われるのが「日本料理は気づきの文化」という言葉です。例えば、店に生けてある花。その花が1つ変わるだけ、あるいは花器が変わるだけでも、空間の印象が変わります。そこに気づけるかどうかが大切です。

つまり料理だけが良くても、お客様に感動は与えられないのです。店の雰囲気を作り出す机、椅子、さらには床や柱など、全てに店の主人の思いがこもっているものです。空間そのものが醸し出す雰囲気も含めて、私達働く者の所作すべてがお客様に提供する料理なのだと思います。

その中で、料理を盛る器はとても重要です。しかし器だけにこだわってもいけません。広い視野で全体の雰囲気を感じつつ、細かな部分にもきちんと気づけるかどうか。そこが、物事を見る上での大切なポイントのように思います。

京都会席料理【木山】の内観

若い料理人の方にこそ、ぜひ知っていただきたい大切な教えですね。

宮澤:そんな話をしている私自身も、まだまだ気づけていないことばかりで、今も自分と向き合っている最中です。こうして人と話している時も、相手に話しかけているようでいて、実は自分に問いかけているんです。

だから私の店では、一緒に働く仲間の間に上下関係はありません。同じ時間を過ごし、同じ経験をして、ともに成長していく関係性が必要で、気づきを促して思いを重ねる作業に重点を置いています。

木山:私は宮澤さんからいろんな話をうかがうたびに気づきが増えていきます。「この店がすごい」という話を聞けばすぐに次の休みに行ってみたり、参考になる本があれば買ってみたり。そうやって気づくことが増えるたびに、自分の世界が広がっていくような感覚です。

器を見つめる京都【木山】木山 義朗さんの写真

■いい器との出会いは、タイミングと縁

宮澤さんや木山さんが新しい器を購入される時、どんなところを見たり、どんなことを考えていらっしゃいますか?

木山:いろんな器を見て知識が身についてくると、次第に自分の好みが分かってきます。目が肥えているというよりも、自分がどんな器を使いたいのか、お客様にどんな感動を体験してもらいたいのか、その思いを表現できるもの、料理を通して伝えられるような器があると手に入れたくなりますね。

宮澤:不思議なことに、器にはご縁のようなものを感じることがよくあります。修行時代に、お茶事の仕事で桃山時代の志野焼の器に料理を盛る機会がありまして、その器の魅力、盛り付けたときの映りのよさに、心が震えるように感動したことがありました。その時から、いつかはこのような器に料理を盛り付けてお客様にお出ししたいと思っていたのですが、桃山時代の志野焼となると数がない上に出会ったとしても値段もするので、なかなか手に入れられないのです。

そんな時に現代作家であられる瀧川恵美子さん(※1) の作品の中に、桃山時代の志野焼を見つけたのです。厳密に言えば、瀧川さんの製作した器なのですが、桃山時代の器と重なって、その器に出会えた時に心が震え上がったことを今でも鮮明に覚えています。それは、あのお茶事の感動をお客様に伝えられると思ったからです。

※1:瀧川恵美子
古典・古陶磁を規範としながらも、美的で実用的かつ上質な現代に即したうつわを手掛ける陶芸作家。

陶芸作家・瀧川恵美子さんの湯呑の写真

木山さんにとって宮澤さんは器の師匠とも言える立場ですが、これからも若い料理人のみなさんに、器に対する思いや考えを伝えていっていただきたいですね。

宮澤:そうですね。今指導している料理人の中には20歳そこそこで、私でも手を出すのを躊躇するぐらい高価な器を勉強のために自腹で購入している者もいます。

そうした努力、自分への投資は素晴らしいと思いますが、だからと言って私の考えをそのまま受け継いで欲しいとか、そういうことは全く考えていません。他人から押し付けられた考えではなく、自分の心から湧き出るものをお客様に伝えていって欲しいですね。そうやって自分から気づけば、もっともっとお客様に感動を与える料理人が増えていくと思います。そんな未来にこそ、大きな期待を寄せています。

>>関連記事はこちら:宮澤 政人氏インタビュー(ごだん宮ざわ): 本当のことは、自分が経験してみないと分からない – Foodion │ ストーリー 

京都会席料理【木山】の内観

編集後記

宮澤氏、木山氏お二方共、料理人としてとても高い評価を受けている人物だが、お二方はそんなことよりも、自分の内なる声を大事にされている。
器選びにしてもそうだ。良いとされているや、評価が高い、高価であるといったものではなく、自分のインスピレーションとして響くかどうか。自分がどう感じるか。
取材中のエピソードだが、撮影させて頂いた器が、私たちズブの素人にはなにも分からない。
つい「ちなみに、それはお幾らするようなものなのでしょうか。」と質問してしまった。

「値段を言ってしまうと、これがその物差しで計られてしまうので差し控えさせてください。」とお答え頂いたのだが、確かにその通りだとはっとした。
知らず知らずのうちに、我々は価値を価格で判断してしまおうと安易な発想になっているのではないだろうか。
では、何を持って価値を捉えていけばいいのか。それが「気づき」なのだろう。

御二方のお話を聞かせて頂くと、自分は本当に何も知らないということを思い知らされるが、これもまさに「気づき」。
これはなんだ、これはなんだと、見て、触れて、感じていく。それと同時に、自分が何を求めているのかを照らし合わせ、世間の価値観に囚われず、自分の感性で価値を見い出していく。
それはお二人がお話していたように、料理は「想い」だからだ。自分の想いを届けるための器に、他人や世間は関係ないではないか。

日本料理を手掛けるということは、日本文化を表現することだ。
それは料理に限らず、今回題材にした器もそうだが、設えから作法からあらゆる文化が混ざり合い研鑽し、受け継いできたものである。

知れば知るほど、学べば学ぶほど、発見と驚きがある奥深く味わい深い世界を、ぜひあなただけが感じる「気づき」と共に歩まれてはいかがだろうか。
宮澤氏、木山氏のお二方が楽しそうに語る姿を見ると、それはとても楽しい旅になるのではないかと感じた。

(聞き手:市原 孝志、菊地由華、文:上田 洋平、写真:萩村 裕子)

京都【ごだん宮ざわ】店主宮澤 政人さんと京都【木山】店主木山 義朗さん所有の日本の器5つの写真