2019.11.12

ボキューズ・ドールは「個人の料理」ではなく「チームジャパンの技術力を世界に知らしめる競技」丨丨レストラントエダ 戸枝忠孝×辻調理専門学校校長 辻芳樹×メゾン・ド・タカ芦屋 髙山英紀

日本の料理人・シェフは優秀であり、同時に日本は美食大国だということは国際的に周知されているところだろう。だが、フランス料理界のワールドカップと称される「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」では、日本は1987年の第1回大会から参加し、これまでの最高位が3位と、いまだ優勝経験はない。

入賞常連国・北欧では国がボキューズドールを積極支援する。これとは違い、日本では「辻調理師専門学校」「株式会社ひらまつ」をはじめとする民間企業、民間スポンサーによって支えられた「一般社団法人 ボキューズ・ドールJAPAN」が大会運営を行っている。
また出場選手においても、国内予選、大陸予選、フランス本戦と凡そ2年もの間この大会に向けて研鑽を積む。まるでアスリートさながらの過酷な日々だ。

編集部では「ボキューズ・ドール2021 日本代表選考 ひらまつ杯2019」終了後、見事優勝を果たしたレストランTOEDA戸枝忠孝氏、一般社団法人ボキューズ・ドールJAPAN理事の辻調理専門学校校長 辻芳樹氏、2015年・2019年ボキューズ・ドール日本代表であるメゾン・ド・タカ芦屋 髙山英紀氏にインタビューを行った。

日本にとってはいまだ難攻不落となっている「ボキューズ・ドール」その魅力をお伝えしたい。

『ひらまつ杯2019』で見事優勝を果たした「レストラン TOEDA」戸枝 忠孝シェフ インタビュー

『ひらまつ杯2019』で見事優勝を果たした「レストラン TOEDA」戸枝 忠孝シェフ写真

憧れから挑んだ「ボキューズドール」

—前回準優勝、そして今回2回目のチャレンジの末の優勝、おめでとうございます。
まずは、戸枝シェフのボキューズ・ドールへの想いをお聞かせ頂けますでしょうか。

戸枝シェフ:
「ボキューズ・ドール」というコンペディションがあることを知ったのが、20歳の頃。フランスで修業していたレストランで一緒に働いていた料理人から聞きました。
その時は、へぇ〜そういうのがあるのか程度で、まさか自分が挑戦する事になるとはまったく考えませんでした。

—海外ではやはり注目度が高いのでしょうか。

戸枝シェフ:
修業でいくつかのレストランで働いたのですが、どこのレストランに行っても話題として出ていたので、そんなにすごい大会があるんだと思いましたね。

日本に帰ってからは長谷川シェフ(※1)の元で修行したこともあり、日本人でもこの大会にチャレンジできるのだと身近に感じれる環境にいたことで、自分もいつかは出場したいという思いが強くなったと思います。

※1:長谷川幸太郎シェフ。2007年、2017年日本代表としてボキューズ・ドール国際料理コンクールに出場。

『ひらまつ杯2019』で見事優勝を果たした「レストラン TOEDA」戸枝 忠孝シェフ写真

ここで転機が来ます。軽井沢で働いていた時に町内からボキューズ・ドールに出場した浜田さん(※2)が代表になり、なんと世界大会で3位になられたのです。

その時に、自分も頑張ってみたいなと、そして出るからには真剣にやろうと決心したのです。

※2:浜田統之シェフ。2005年、2013年のボキューズ・ドール国際料理コンクール日本代表。日本人初の世界第三位銅メダルを獲得した。

—前回大会では国内予選で2位になられたのですね。

戸枝シェフ:
はい、2位になり、ボキューズ・ドール2018世界大会では、TEAMS JAPANに入らせて頂き、優勝した高山シェフ(※3)と一緒にアジア大会、国際大会と参加させて頂きました。

今回の大会では、シード枠という特別な枠で出場させて頂けるということもあって、勝っても負けても今回が最後のつもりで、悔いが残らないよう本大会はものすごく準備をしまして挑みました。

※3:ボキューズ・ドール2015年、2019の日本代表。髙山英紀シェフ(メゾン・ド・タカ芦屋)

『ひらまつ杯2019』で見事優勝を果たした「レストラン TOEDA」戸枝 忠孝シェフ写真

—どれほど前からお題が提示され準備をするものなのでしょうか。

戸枝シェフ:
今回は4月の段階で決勝のお題がすでに公表されていました。ただ、私は2年前に惜敗したことがありましたから、次の大会に向けて日頃のレストラン営業をしながらつけ合わせを考えたり、記録を残してストックしていました。
ですので、今回のお題が出た時には、すぐにこのつけ合わせがいいんじゃないかと引っ張り出してブラッシュアップしていくということをしてきました。

編集部:
なるほど、お題がでてから考えるのではなく、ご自身の引き出しをブラッシュアップさせることからスタートできたのですね。

戸枝シェフ:
今回の大会に向けて、9月は平日はすべてこの大会の準備に当てて営業は土日祝のみ。10月1日から今日まで完全に営業をストップしてラストスパートをかけました。

『ひらまつ杯2019』で見事優勝を果たした「レストラン TOEDA」戸枝 忠孝シェフ写真

—えぇ!それは、ものすごい犠牲と言うか、負担というか…ものすごい意気込みですね。オーナーシェフであられるのでお店と生活を犠牲にしながら挑まれたのではないかと思いますが、奥様の理解がないととてもできないチャレンジだったのではないかと思います。

戸枝シェフ:
そうですね、うちは夫婦二人で営んでいる小さなレストランですから、そこまでしてなんでやるのと言われたりもするのですが(苦笑)
この大会に向けて、普通の人からすると引いてしまうぐらいの練習や準備してきたんですね。でも、やっていくうち、やればやるほど先が見えてくると言うか、もっとできるなという自信がついていきました。

そのため、今日出した料理ではまだ世界には通用しないと思っています。

先程辻校長とも話しましたが、私もまだまだこれではだめだという実感は持っています。もっと私自身学んで行く必要もありますし、皆様からのお力もお借りし、アイデアを出して行く必要があります。
それほど、ボキューズ・ドールの1位、2位、3位は遠いところにありますから。

—それほど、差といいますか、違いがあると。

戸枝シェフ:
強い国はチームで戦っています。実際の厨房に立つ人間は数人ですが、バックアップがものすごく手厚く、チーム力で勝ちに来るのが強さにつながっています。これまで日本は個人プレー、個人の力量で戦っていると言われていたので、今回はしっかりそのチームを組もうと準備しています。

私はボキューズ・ドールはただ憧れからチャレンジしましたが、いまはもう私だけの事ではなくなっています。
もちろんプレッシャーを感じますが、協力してくれている妻、そしてTEAMS JAPANの一員として勝つための覚悟を持って、これから取り組んでいきたいと思います。

 

一般社団法人ボキューズ・ドールJAPAN理事「辻調理師専門学校校長」辻 芳樹氏インタビュー

「辻調理師専門学校校長」辻 芳樹氏写真日本の料理技術というものを世界に知らしめるというチャンス

—丸一日かけた大会ということで、大変お疲れだと思いますが、本大会について辻様のご感想などお聞きできればと思います。
今回戸枝シェフが優勝されたことについてまずはお聞きさせて頂けますでしょうか。

辻氏:
まず、色々と採点基準があるのですが、僕はそれとはまた別に見ていることが3つあります。プレゼンテーション、味、人柄。これを大事にしています。

プレゼンテーションについては、ベースとなる技術をどの程度持っているのか。更に伸ばせる飛躍性を持っているか。
ボキューズ・ドールは国内大会は通過点なので、ここがピークでは意味がありません。
いまの時点で例え群を抜いて高かったとしても、そこから世界大会に向けて1年少ししかない中で、伸びしろを感じないシェフに高い点を付けていないです。

味については、こういった大会なので、好き嫌いではなく勝ち負けで決まるわけです。レストランとはまったく違う性質ものです。「味を表現する」というのは言葉でいうと簡単ですが、料理にして食べ手に伝えるということは、ただ美味しければいいという類ではありません。とても難しい。

人柄については、戦い方が分かる人、感がいい人、チームワークがとれる人、天井がないと思える人。そう感じさせる人がいいですね。

「辻調理師専門学校校長」辻 芳樹氏写真

—なるほど…前回大会は2年前ですが、本大会はいかがでしたでしょうか。

辻氏:
まとめ方がよかったですし、レベルが高くなったと思えるものでした。また今回のお題が和牛ということもあって、食材もやりやすかったかもしれません。

使い慣れた食材というのはある種教科書どおり、その枠の中でのクリエイティブをすればいいですが、それがまったく通用しないものであった時、日本人は弱いところがあります。
国際大会になると、使い慣れた食材で戦えるわけではありませんから、あらゆるネタ、引き出しを自分の中に持つということがとても重要になります。それがないと必ずボロがでます。

—大会の祝辞でチームについてお話されていましたが勝つためにはどのような事が必要なのでしょうか。

辻氏:
ラグビーワールドカップ2019で日本が競合スコットランドを打ち破る快挙を成し遂げましたよね。

世界と戦うということは、まさにあのようなことなのです。
どれほどの研鑽を積んできたのか、ラグビーを知らない素人にもヒシヒシと伝わりました。
ただ自己を高めるだけでなく、相手チームを研究し尽くし勝つために戦略を練るように、あの場に立つ前の途方も無い準備が花開いたわけです。

選手15名はもちろんですが、実は彼らをバックアップしている人たちが数百人もいるそうです。
ボキューズ・ドールにおいても同じです。戸枝シェフが今回優勝しましたが、彼一人で戦うのではなく、これからは彼を中心として「チーム」として、まさにラグビー日本代表のようにならなければなりません。

「辻調理師専門学校校長」辻 芳樹氏写真

—大会第一回から辻調理専門学校はサポートしてきたとお聞きしています。大変なこともあられるのではないかと思います。

辻氏:
どれだけの人がこの大会に関わり、頭を下げながらお金を集めたり、協賛していただいているか。
我々も25年間やってきましたが、本音を言えば、他の国々のように本来は国がやるべき。もう民間企業が協力するだけでは、勝つことが難しくなってきています。

例えば、大会に集中するためにレストランを休めるよう、国からその期間の資金援助をうけることができれば、大会に向けてもっと多くの時間を費やしてトレーニングすることができます。
他の国々はそのようにして大会に挑んでいるのに、日本は日常のレストラン営業の傍らでボキューズドールに取り組んでいるのですから差がついてしまうのは当然です。

日本の国として、日本の料理は世界に発信していきたいという意向はあります。
ボキューズ・ドールはフランス料理の大会ですが、私の意見では、日本料理だフランス料理だとそういう区分けをせず、日本の料理技術で世界に勝負していくことが大切だと思います。そういう発想にならないと技術力を発信するチャンスを失います。

そしてボキューズ・ドールは日本の料理技術というものを世界に知らしめるという、まさにチャンスなのです。

 

2015年・2019年ボキューズ・ドール日本代表「メゾン・ド・タカ芦屋」髙山英紀シェフインタビュー

「メゾン・ド・タカ芦屋」髙山英紀シェフ写真

ボキューズ・ドールはほとんどスポーツ。料理とは全然違う。

—前回2019年ボキューズ・ドール国際大会において高山シェフのサポートとして大会に参加された戸枝さんが、今回優勝されましたね。

高山シェフ:
そうですね。まず、前回大会からは「紡ぐ」ということをやっていこうと思います。
これはどういうことかというと、戸枝さんがこれから大会に向けて戦うと、それを前回大会にでた僕がバックアップする。そして次の大会は、戸枝さんがバックアップする取り組みです。

それはなぜかと言うと、選手というのは料理を作るのに、完成度を上げる、時間を短縮するといったことを鍛錬に集中する必要があるからです。

ただ、それだけしていればいいというわけではなく、PRといったことも必要ですし、レストランを休業する間の資金も集めないといけない、ロビー活動もしていかなければならない、そうすると体一つではとても足りないんですね。

ですからそれを経験した人間、今回で言えば僕が、戸枝シェフが走れるように道を引いてあげる。
それと、戸枝シェフには余計な負担をかけないようなサポートも大切です。スケジュール管理や予算管理もちろん、一緒に料理も考えていきます。

「メゾン・ド・タカ芦屋」髙山英紀シェフ写真

—お話を聞きすると、高山シェフもかなり関与されるというような事になられるのですね。戸枝シェフは心強いと思います。

高山シェフ:
そうしないとダメですね。これまでは代表選手が単体で道を切り開いていくスタイルでした。ただ初めての経験をしていくので負担も多いですし、料理にも集中できなかったりします。やることがどんどん溜まっていくからです。

僕も2015年、2019年と2回チャレンジしましたが、代表選手だけで対応するには大変すぎます。
代表選手には、料理を研いで研いで、研ぎ澄ませて完成させる。どこを見ても減点されないものを作っていくことが求められます。これはほとんどスポーツなんですよね。料理とは全然違います。

—戸枝シェフも先程のインタビューで相当練習したとお話されていたのですが、それプラス、スポーツのように監督やコーチのような存在が必要ということなんですね。

「メゾン・ド・タカ芦屋」髙山英紀シェフ写真

高山シェフ:
今日僕も審査員として参加しましたが、過去2回のボキューズ・ドールへ参加した過去の観点から見ると、今日の料理では国際大会では通用しない。厳しいですが、全然遠い。
でもそれはしょうがないです。僕もそうでしたが、一人だけで突き詰めれば突き詰めるほど客観性がなくなっていきますし、やっている事が良いのか悪いのか、だんだん道が分からなくなっていくんです。

—戸枝シェフと二人三脚でやっていく、という事になられると思うのですが、本業のレストラン営業もあるなかで本当に大変なんじゃないかと。

高山シェフ:
それはそれ、これはこれですね。それを言ってたらできないですし、進まない。チームとして挑む以上、しっかりサポートします。

2回経験していることもあって、最新のデータや、誰が強いといった情報も入ってきます。何をどうすればいいか前回よりも明確になっていますので、それを戸枝シェフに共有します。

どういうことかというと、ボキューズ・ドールのアカデミー(過去参加者のOBOG会)に入ると最新の情報が常に入ります。その情報を得ていて当たり前なところからのスタートしなくてはいけないのです。

「メゾン・ド・タカ芦屋」髙山英紀シェフ写真

—そういった出場選手をサポートする役割を担う人がいないと勝てないということなんですね。

高山シェフ:
優勝、上位入賞したチームが言うことは「私生活をすべて投げ出した。」ということです。すべてこれに費やしたと。まさしくそれぐらいの事をして向こうは挑んでくるわけです。

日本はまずそういった入賞国がしてくるような体制ができていなかったのす。そこで大会への関わりを参加・サポートの4年にしましょうという提案をしています。まず僕が自らそれを担うと。そうすることで継承していくことができます。

出場選手はゼロからのスタートではなく、前体会の経験者の経験値を受け継ぐことができます。
戸枝シェフは今回は参加側。僕が管理側。次の大会は、戸枝シェフは管理側として大会に参加すると行った仕組みです。

かつて日本は3位に入賞したこともあるんです。その時にはこうような体制がありませんでしたから、その経験値がそこでブチッと切れてしまいます。もちろん、その時の感想やアドバイスは頂けますが、一緒にやるというのと第三者として関わるとでは、やはり全然違ったものになりますからね。

—強豪国はそうやって毎年グレードを上げてくるんですね…

「メゾン・ド・タカ芦屋」髙山英紀シェフ写真

高山シェフ:
その国々に勝つには、彼らと同じ、それ以上が必要です。そういう大変なコンクールです(笑)

—こういったすごい大会であるということをもっと沢山の人に知れ渡るようにしたいですね。

高山シェフ:
そうですね、日本でもボキューズ・ドールが意味あるものになれば、やろう!と思う気概のあるシェフがもっと名乗り出てくると思います。世界基準にしていきたいですね。

 


編集後記

フランス料理コンテストは数あれど、「ボキューズ・ドール」は別格である。

料理コンテストに出場する意味、目的はどういったことが考えられるだろうか?
知名度を上げたい、キャリアアップに繋げたい、自己研鑽としてなど、何にせよ「得たい何か」がある。
国内予選だけでは留まらず、大陸予選、本戦と2年間、練習と準備にハードな日々が続くその先に、それに見合うような「得るもの」とは一体なんなのだろう。

出場するシェフもオーナーシェフやホテルの料理長と業界では名前が知れた面々が出場している。
ボキューズ・ドールとは彼らにとって一体なんなのだろうか。

ボキューズ・ドールへのチャレンジは経済的にも体力的にも個人負担が大きすぎる。(ボキューズ・ドール列強国のように国からの手厚いサポートがあればまた別かもしれないが)
そして現実として、本大会「ボキューズ・ドール2021 日本代表選考 ひらまつ杯2019」第1次予選においては14名しか出場応募がなかった。ボキューズ・ドールに求められるレベルを考えると、いくら名誉あることだと言っても、ハードルが高い。また、この大会に出場できるレベルに到達しているシェフともなると、本業にも影響を及ぼしかねない。周りの理解と協力も必要だろう。

だが、どうだろうか。取材した今大会優勝者である戸枝シェフ、前回優勝者である高山シェフからは、筆者が危惧するような薄っぺらい目的意識は微塵も感じられない。
高山シェフになぜそこまでしてチャレンジするのかを訪ねた時「2回も悔しい思いをしましたからね。」という一言が即座に返ってきた。この一言に答えが集約されている気がした。

自分は本物の料理人であるという自負がある。だからボキューズ・ドールに挑むのだ。そういう料理人としての”矜持”が彼らを突き動かしている。そう感じずにはいられない。
なぜ危険な山に登るのかを問われ、「Because it’s there.(そこに山があるから)」と答えた登山家のような心境なのかもしれない。

決勝に残った6名のシェフすべてに話を聞くことはできなかったが、その矜持を胸に挑んでいるに違いない。でなければこの世界の住人の輪には入れないのだ。

今回残念ながら優勝に届かなかったすべてのシェフに敬意を表すと共に、「ボキューズ・ドール優勝」という栄光をTEAMS JAPANが掴むことを願って、微力ながら応援していきたい。

「ボキューズ・ドール2021 日本代表選考 ひらまつ杯2019」出場者と審査員集合写真

ボキューズ・ドール詳細についてはこちら

>>【速報】美食のワールドカップ!ボキューズ・ドール2021日本代表選考 『ひらまつ杯 2019』決勝レポート

>>ボキューズ・ドール公式HP
>>ボキューズドール公式Facebookページ

取材協力:一般社団法人ボキューズ・ドールJAPAN
文:市原孝志、写真:岡タカシ、編集:菊地由華