老舗の精進料理店を率いる、フレンチ畑出身の熱き和食料理人

精進料理 醍醐
野村 祐介

精進料理 醍醐

■どんな店でも活躍できる自立した人材を育てることが目標

現在「醍醐」には何名のスタッフがいるのですか?︎

野村氏:
スタッフのことは信頼していますし、家族だと思っています。頭も体も動く若いスタッフが年配者を気遣い、経験豊富な年配スタッフが知識や道徳を教え。お互いが替えのきかない「仲間」のような間柄。業務内容についても、調理場だからこれはやらなくてよいというような区別はありません。その時のベストを考えながらみんなで柔軟に動いています。庭掃除もみんなでやるんですよ。

「醍醐」の若手料理人は、調理場に入る前に1年間以上下足番を必ずやることになっています。玄関を預かる下足番は現在ふたり。最若手の18歳と77歳の番頭。特に定年も設けていないので、長い年月働いてくれているスタッフは他にもいます。洗い場係は75歳。帳場も75歳。女将も77歳。一方、サービスを担当する仲居は社員4人とアルバイト(臨時スタッフ)4人。こちらは若手揃いなので1名を除けばみんな20代。調理場は5人で、最若手は店に入って3年目です。料理長の私も入れると総勢20人弱でしょうか。父は週に数回程度、店を覗きに来ますね(笑)。

普通のお店よりも料理人の数はいると思います。精進料理は手間暇かかりますからね。野菜ひとつひとつにかなり手をかけますし、二、三日凍らして水を抜いてから味を入れたりとか、面取りしないと煮崩れてしまうとか、細工包丁とか。ひとつひとつの手間をどう工夫していくかが腕の見せ所です。

スタッフ育成で工夫されていることはありますか?

野村氏:
まず基本は挨拶・返事・礼儀。この3点は欠かさないのが決まりです。失敗しても、怒られても何があっても、次の日おはようと言えることが大事。例えば家族だったら、次の日の朝おはようと言い合えばわだかまりも消えて元通りになれますよね。

また、上から目線の発言に聞こえてしまうかもしれないですが、人には成長の段階があると思っているので、全員一律の教育をするのではなく、それぞれに必要なことをタイミングをみながら伝えるようにしています。この人に必要なのはこれと見極めることが最も難しいですね。

まかないの話の中でも触れましたが、料理人の育成という点では、精進料理しかできない、例えば肉や魚ができない人材はうち以外で働けないので、そうならないように意識しています。︎若いスタッフには、僕(料理長)の思うどうなってほしいかではなく、本人自身がどうありたいかがちゃんと選択できるようになってほしいと伝えています。

飲食業といっても多様です。チェーン店から高級店までありますし、料理人やサービスマンなど携わり方も様々。若い料理人やこれから料理人を目指す人たちは、多くの中から自分がどうありたいかを決めなければいけない。そしてそこが大切だと思います。

では、料理長になれる人・なれない人、独立してうまく行く人・行かない人……その違いはどんなところにあるのでしょうか?

野村氏:
自分の中でいいサイクルを意識的につくり出せるかどうか、でしょうか。独立すると、いくら料理が好きでも、光熱費や家賃や人材募集のこと、ホームページをどうやって作ろう、料理のテーマどうしよう、掃除どうしよう、メニュー印刷どうしよう…そんなことが目白押し。実際は大変だと思いますが、楽しむことが大切です。いちいち面倒だ、大変だと思ってしまったら、積み上げた課題をクリアすることはできないですから。

論語の教えに「これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」とあります。「その仕事を知っているだけの人は、仕事を好きな人にはかなわない。さらにその仕事を好きなだけの人は、仕事を楽しんでいる人にはかなわない」という意味です。これを一言で「知好楽(ちこうらく)」と言われると、やれそうな気がしませんか?(笑)

いいサイクルをつくるには、まずは知ることから。修業や勉強をすることでより深く知ることができれば、きっと好きになれると思います。好きなことになれば→楽しいことになる→そうなるともっと知りたくなる→もっと好きになって→もっともっと楽しくなる……いいサイクルですよね(笑)。

料理長として、いま楽しいですか?(笑)

野村氏:
料理長になるということは、人生を預かることにもなります。責任をとったり、人の面倒をみたり、人を導くことになります。大変そうですよね。でも僕は今やっていることは、やりたいからやっています。やりたくないことはやらない(笑)。イライラしていたら美味しい料理はできないですし、自分が尊敬する人たちはみんな楽しそうにしています。お客様をいかに満足させられるか、そこを楽しんでいます。

実は、今月の来店が5回目になるお客様がいらっしゃいます。「醍醐」ではコース料理で13品お出ししているので、同じ方に同じ食材で似たようなメニューを出すことはできません。つまりは1カ月でのべ65皿考えなければならないのです!わざわざ来ていただくお客様にどう応えていくのか。これは勝負ですよね。楽しくてしょうがないですよ!

サービスマンになりたての坊主頭の時代は、何をやっても面白くなかった。先輩や同僚に文句を言われて、死んでしまおうかと思ったくらい。でもカクテルやワインを誰よりも覚えた時には、みんなが頼ってくれる。それが楽しくて。みんなの頼りになりたい、期待に応えたい……そんなよこしまな気持ちが、いい原動力になっています。

ほかにはそうですね、楽しみという点では、普段忙しくしている友人も気軽に集まれるような、夜遅くまでやっているバーをやってみたい。そんな夢があります。料理人という職業柄、週末や夕方の早い時間から友達に会うことはなかなか難しいのですが、空いた時間にみんなが気軽に集まれるようなお店です。今の仕事を離れる気はありませんが、副業としてそんなお店をやってみたい。23時に「醍醐」が終わったら、バーに行くと友達に会える。……やっぱり人と接するのが好きなんだと思います(笑)。

精進料理 醍醐 内観

■日本料理は世界に誇る文化。自分の強みを活かし料理人として発信していきたい

和食料理人として必要、もしくは持っていた方が良い知識や資格はありますか?

野村氏:
和の世界の基本として茶道は大切ですから、「醍醐」に入ってすぐに茶道は習い始めました。茶道では掛軸や茶碗などの道具、点心や茶事料理など幅広い知識が必要となります。最初は学ぶべきだという義務感が強かったですが、今は大好きです。花道では投げ入れ花をやっていますが、純粋に楽しんでいます。料理を引き立たせるためには空間やしつらえがとても大切。現在は僕が個室それぞれに花を活けていますが、最近は仲居に生け花を教えています。任せる怖さもありますが、自分ひとりしかできないのではなく、みんなの能力が上がることが大切。そうすれば、僕もさらに違うことに力を注ぐことができるようになりますから。

では、今後はどのような挑戦をしていきたいですか?

野村氏:
僕は和食料理人としては異色だと思います。大学を卒業して最初はフレンチの世界に入り、しかも料理人ではなくサービスマンとしての経験からのスタート。ですが、他の料理人とは違う経験や視点があるからこそ、活動のフィールドが広がっているようにも思います。

たとえば、東京大学農学部では、野菜の研究者たち向けに2時間の講義をしました。糖度の高い野菜だけではなく、どのような野菜が料理の現場では求められ、消費者は食べたいと思っているのかについてお話をさせていただきました。

水耕栽培の顧問としては、安全性以外にいまの野菜に何が求められているかアドバイスをしています。老人ホームのスタッフ向けの調理指導や、糖尿病患者でも心おきなく食べることができるドレッシングの商品開発などにも携わっています。

料理人の中には、糸のように繊細な千切りができる人もいますよね。包丁の使い方をいかに上達させていくか、温度は何度で止めると素材の旨みがよりよく出せるのか、そういったミクロのことをこだわり、掘り下げていく世界もあると思います。ただ、僕の得意なところは別のフィールドにあると思っています。今後も料理人としての発信はできるだけやっていきたい。料理の現場から外を向き、料理について伝えていくことは僕の強みであり、アイデンティティであると思っていますから。

2015年は1週間お店を閉めて、台湾で料理イベントを開催しました。昨年もやる予定でしたが、テロの影響でパリとトルコでは開催できなかったのが残念でした。そうしたチャレンジも常にしていきたいですね。フレンチやイタリアンでは新進気鋭の若いシェフが続々と登場しています。でも、和食では五十代以下の若手の存在感が薄いですよね。老舗の重鎮の存在感が強くて若手が見立たないのかもしれませんが、もっと変わっていくべきだと思っています。

「醍醐」はミシュラン二つ星を獲得されています。星の獲得に対してはどのような思いがありますか?

野村氏:
「醍醐」は60数年の歴史がありますが、ミシュランの星をいただいたことで何かが劇的に変化したようなことはありません。認めていただくことはとてもありがたいことだとは思っていますが、僕自身はミシュランの星を取ることに躍起にはなっていません。

むしろ星はお客様が喜んでいたくためのツールだと思っています。プラスになるならいくらでも使うべきで、そのためのミシュラン又、ミシュラン側の方々も、星とはその様にあるべきだ。と考えていると思います。実際、「醍醐」が二つ星を持っていることが多くの方にとっての信頼感や安心感につながっていることを実感しています。ドレッシングを企画販売するにしても、誰がつくったのかわからないものよりも、信頼性を担保するものとして星が良い効果を発揮するのであれば、それはとてもありがたいことだと考えています。

最後に、若手の料理人に向けてメッセージをお願いします。

野村氏:
僕は「日々の成長」はありえないと思っています。そうではなくて、ある時自分を大きく成長させてくれる「ステップ」が訪れると考えています。柔道やサッカー、野球などやっているとわかると思いますが、ある日突然分かる時があるんです。いつか訪れる転機のタイミングばかり気にしてもしょうがないけれど、普段から腹筋や背筋を鍛え、基礎体力をアップさせておくことならできる。待ち構えながら鍛錬し続けること、来たるべきタイミングやチャンスに向けて、準備を万全にしておくことが大切です。

また、国が力を注いでいるクールジャパン戦略のような、日本文化を世界に浸透させていく取り組みは日本の国力の底上げには大切。ゲームはドラゴンクエストで育ったよ、アニメではドラゴンボールが大好きだよと言う外国人に、日本のことが嫌いな人はいない。文化の担う役割は大きいですよね。

日本文化を丸ごと体感してもらうことができるのが日本料理ですから、日本の印象をアップさせることができ、それが日本のためになるというくらいの気概を料理人は持つべきです。文化は国と国、人と人の架け橋になりますから、無限大の可能性があるはずです。

(聞き手:菅原 はるみ、文:池水みと、写真:刑部友康)

精進料理 醍醐 外観

精進料理 醍醐

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