笑ってしまうほど泥臭い人生、でも自分は今やりたいことをやっている。銀行融資を断られ、自力で30人の個人融資者を探し独立

L’Archeste(ラルケスト)
伊藤 良明

L’Archeste(ラルケスト) 伊藤良明

■独立を決心。全ての用意ができたところで、銀行融資を断られる。独自の戦略を実践し、レストランオープンへ。

独立を決意されたきっかけは?

伊藤氏:
多くの料理人がそうだと思うんですが、どうしても自分の考える「スタイル」というものが出てくるんですね…。どんな料理を作るのか、何席のレストランにするのか、そういった「スタイル」のことです。
だんだんと会社の方針と自分の方針が合わなくなっていって、辞める3年くらい前からずっと悩み続けました。会社員としてやっていくのか、自分の行きたい道を進むのか、と。
それで結局、独立を決心したんです。

日本で独立しようとは思わなかったのですか?なぜパリだったのでしょうか?

伊藤氏:
もちろん日本も考えました。でも、その時点ですでに10年間パリのレストランで料理長を勤めていましたから、パリの方がホームだったというか、どう戦えばいいのかがなんとなくわかっていたんです。すでに信頼関係があったフランスの生産者たちと一緒に仕事をしたい、という気持ちもありました。

パリで独立されるうえで困難だったことは?

伊藤氏:
それはもう、誰もが初期の開業資金であると答えると思います。
フランスで飲食店を開業しようとなると、「営業権(Fond de commerce)」という飲食店営業の権利を前任者から買い取らなければならず、それがものすごい値段になります。たとえば今のこの店で33万ユーロ、当時のレートで約4千万円ほどしました。レストランを開業するのに、驚くほどのお金が必要になるんです。だから、資金調達が最大の困難だったと思います。

どのように調達されましたか?

伊藤氏:
もちろん最初は銀行を頼りました。「レストランひらまつ」が一つ星だったこともあり、そこで料理長を務めた経験が評価されて、当初は銀行融資はほぼポジティブなものでした。
それがまさかのどんでん返しで、物件の仮契約をしたところで、銀行からの融資を断られてしまった。どうしたものかと本当に困った記憶があります。
でも、その時点で前職を辞めてからほぼ2年が経とうとしていたので、さすがにもうこれ以上は引き伸ばせない。だから、自力で個人融資者を集めることにしました。その結果、一口100万円もしくは1万ユーロで、30人の個人融資者を集め、なんとか資金を集めきることができました。

まるで現代のクラウドファンディングのようですね!どのようにして、融資者を集められたのですか?

伊藤氏:
そうですね。実際にクラウドファンディングをやることも考えましたしね(笑)。
ただ、自分の場合、もっとコアな融資者を集めようと思ったんです。自分が信頼できる人、あるいは自分の料理のファンの方々に直接相談し、ちゃんと還元できる仕組みを作って融資していただきました。

どういった仕組みだったのでしょうか?

伊藤氏:
たとえば、一口100万円なので、三口以上の融資の場合、毎回の食事が20%引きになるとか、あるいは決算のときに返済額の1.5%の食事券を贈呈するとかです。つまり、残りの返済額が500万円なら7万5千円の食事券を贈呈するということですね。
こういった還元システムを作って提示しながら、お金を借りても絶対に迷惑をかけないと説得し、自分を信頼し応援してくださる方々から融資していただきました。
年利は0%に設定して、このレストランに融資していただいたお金は、このレストランのサービスでお返しするという仕組みを作ったんです。通常、個人融資というのは銀行よりも利率を高くしないと誰も興味をもたないものだと思うんですが、自分はあえてそこを無視した。自分と自分のレストランを純粋に応援してくださる方々に支援していただくようにしたんです。そのかわり、支援していただいた方がレストランにいらっしゃったときに、どうやって最大限の還元をするのか考えました。
私が出資ではなく融資にこだわった理由は、出資にしてしまうと、純粋なオーナーシェフではなくなるので、なにかお金を使う度にお伺いを立てなければならず、それでは独立する意味がないと思ったからです。借金した方が、経営に対する本気度というか、独立する覚悟がしっかりと持てると思ったからです。

L’Archeste(ラルケスト) 伊藤良明

■毎日使う食材だからこそ、誰が作っているのか顔を思い浮かべたい。そういうスタンスでないと、いい食材は手に入らない。

お店を運営していくなかで、特別に意識していることはなんですか?

伊藤氏:
自分の自慢と強みは、とにかく食材の生産者とのつながりと信頼関係に重きを置いているということです。
「レストランひらまつ」を退社してすぐのころ、出張料理の仕事のためによく食材の買い出しに行っていた「テロワール・ダヴニール(Terroirs d’Avenir)」という高品質の食材の直売所で少しの間、働くことにしました。

社長さんにお声がけいただいたのがきっかけで、今しかできない経験をしてみようと思ったことが大きいですね。それで、「テロワール・ダヴニール」の魚屋をしばらく任されました。
そのときの経験のおかげで、高品質な食材を卸してくれる生産者とは直接つながっていますし、また、何かあれば、直接足を運んで顔を合わせて話すことができます。
毎日扱う食材だからこそ、それを誰が作って誰が届けてくれるのか知っておきたい。調理をしながら、その生産者の顔を思い浮かべることができるからです。

生産者と直接つながるメリットは?

伊藤氏:
何よりも、おいしい食材が手に入るというメリットが一番大きいです。普段から質の良い食材を優先的に流してくれるというのもありますし、問題が発生したときの対処のされ方も違います。
たとえば、漁師と繋がっていれば、しけの影響で注文した魚を納品できないとなった場合、すぐに連絡をくれます。その魚が使えないということを事前に伝えてくれるだけでもすごく助かるんですが、それに加えて「代わりに質のいい他の魚が獲れてるよ」と提案をしてくれます。日本ではそういったケアが普通かもしれませんが、フランスではお互いの信頼関係がないとそこまでのケアはありません。
注文した魚が無い以上、もうそれ無しでどうにか料理を出さなければならないわけですが、そんな時にこういった提案をしてくれることは本当に助かります。出す予定の料理は変わっても、質は下がりません。新しい料理が生まれるチャンスにもなります。

L’Archeste(ラルケスト) 料理
L’Archesteより提供

そこまで食材の生産者とのつながりを意識するのはフランスでは珍しいのでしょうか?

伊藤氏:
他のシェフの方々の事情はあまりわかりませんが、珍しいほうだとは思います。生産者によっては「パリのシェフでここまで足を運んできたのは君が初めてだよ」と断言されることもしばしばあります。
もちろん私も最初のころは良い食材が手に入らずに泣かされたこともありましたけど、しっかりと足を運んで、生産者との信頼関係を築いてきた結果が今に繋がっています。ましてや自分は外国人、そういうコミュニケーションを意識しないと、良い食材なんか手に入るわけないですよね。

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