[New] Foodionでのインタビューが書籍になりました!

あらゆる食材を魔法のように組み合わせる。自由な発想を愛し、妥協を嫌う変幻自在の料理人

よねむら
米村 昌泰

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■思い込みやイメージから閉ざされていた“料理人”という選択肢

当初から料理人をめざしていたのですか?

米村氏:
もともとは洋服が好きだったので、実はスタイリストになりたいと思っていました。高校3年生の時です。当時はスタイリストという職業はあまり知られていなかったので、先生に相談しても理解してもらえず、薦められはしなかったですね。
先生の紹介で、気がつけば呉服屋に就職していたのですが、洋服は好きでも和服は好きではなかった。結局、長続きすることなくすぐに辞めてしまいました。
辞めた後はスタイリストになるため、東京へ行って勉強しようと思っていました。
ただ、いざ上京してみると時期が6月だったため、願書の受付が締め切られていて。
とりあえず生活する必要がありますから、昼は京風とんかつのお店、夜はカフェでアルバイトを始めたんです。

スタイリスト志望から料理人へ。どのような転機が?

米村氏:
当時、原宿に「クックドレ」というイタリアンカフェレストランがあったのですが、そこで田口シェフと出会ったことが大きなきっかけですね。
その頃、料理人といえば“ヨレヨレのおじさん”という印象があったのですが、田口さんはおしゃれなパスタの説明をしてくれたりして。偏見があった私から見ても、すごくかっこいい料理人だなと思ったんです。アルバイト中も、厨房で料理を作っている時がとても楽しかった。徐々に“自分も料理の道に進んでみよう”と思うようになりましたね。
料理人に対する印象が大きく変わったし、行き当たりばったりでも、とりあえず東京へ行ってみて良かったですよ。翌年、地元に戻って調理の専門学校へ入学しました。

卒業後の進路では、すごくフランスに行きたかったのですが、行き方もなにもわからない。とりあえず学校が勧めてきた東京の「レジャンス」というフレンチレストランから内定をもらったのですが、2月になって急に取り消されて。
どうしようかと困っていた時、アルバイト先の店長が大阪にあるレストランの総料理長を紹介してくれたんです。フランス料理の古典を学べるとうかがったので、そこに就職を決めました。

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■漠然とした思いから始まった道が、具体的な色を帯びていく

どのような修業時代を過ごされましたか?

米村氏:
本来、3年間は接客といいますか。オモテで仕事をしないと厨房に入れない暗黙のルールがあったのに、私の場合は店長の勧めがあったおかげで、すぐに厨房に入れたんです。そのため、他のスタッフから風当りが強かったですね。月に4回しかない休日は、催しものなどのせいで2回に減っていました。京都から通っていたというのもありますが、とにかく体力的にしんどかった。

それでも勉強のため、月に1度ほど京都・北山にある「おくむら」という高級レストランに通っていました。和の要素を取り入れたフレンチがとても斬新で、すっかり魅了されました。
それまでは“洋食の店”で働きたいと思っていたのですが、通っていくうちに大きく考えが変わって。とにかく“おくむらで働きたい”と思うようになったんです。
「ここで働かせてください」とオーナーの奥村氏に伝えると、すぐ採用してもらえて。
今まで働いていた店を辞め、「おくむら」で働きはじめました。
とりあえず3年間ほど技術を身に着けるために働かせてもらう予定だったのですが、居心地が良くて、気がついたら10年間働いていました。全国から足を運んでくださるお客さん、レベルの高さ、催し物も多かったりと、とにかく刺激を受ける機会が多かった。他の店で働いてみたいと思う間がないほど、「おくむら」では多くのことを学ばせてもらいましたね。

よねむら

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