「今やりたいこと」を求め続けて、辿り着いた現在地

IL GHIOTTONE 京都本店(イル ギオットーネ)
笹島 保弘

イル ギオットーネ 笹島 保弘

■周りの目は気にしない、将来なんて考えない。今を大切に生きた修業時代。

京都・東京・大阪に店舗を展開されている笹島シェフですが、若い修業時代の頃から、お話を聞かせていただけますでしょうか。

笹島氏:
そもそも飲食業界に興味があったわけではありませんでした。学生の頃はアパレルなどが好きでしたから、デザイナーなんていいんじゃないかと考えていたんです。

それがひょんなことからアルバイトで入ったレストランで働いたことがきっかけで、この業界に進むことになりました。
郊外にあるフランス料理の高級レストランだったのですが、最初はサービスマンとしてホールを担当しました。はじめての社会人経験で新鮮でしたね、お客様も10代の僕にも一人前の人として接してくれたりしたことでとてもやりがいを感じました。

ある日突然キッチンを手伝うようになり、皿洗いとか、雑用とかをしていたのですが…、周りを見てみると、キッチンの人が全然足りていなくて大変そうな様子でした。

「何かお手伝いしますよ」と声をかけるものの、料理経験がない私には、何一つ手伝えることなんてありません。それが悔しくて悔しくて、なんとか役に立てる方法がないかと別のバイトを探し、魚屋さんでさばき方を練習させてもらったり、肉屋さんで鶏のばらし方を教えてもらったりして、独学で何とか下処理ぐらいはできるようになりました。

イル ギオットーネ 笹島 保弘

言われてもいないのに、率先して行動できるというのは、素晴らしいですね。

笹島氏:
だって悔しいじゃないですか、役に立たないままではね。自分なりのやり方で技術を身につけて、レストランのキッチンでサッと下処理をやってみると、シェフは目を丸くして驚いてくれました。「どこで、そんなことを覚えたんだ!?」って感じです(笑)

戦力になるのであればと、ちょっとずつ料理そのものも任せてもらえるようになりました。サラダを作ったり、ベシャメルソースの下ごしらえをしたり。ホテル出身のシェフでしたから、本格的なソースの作り方などを教えてくださいました。
そうやってどんどん料理が楽しくなってのめり込みました。

結局そのレストランには2年ほどお世話になったのですが、いつの間にか他の店でも経験を積んでみたいと思うようになっていました。

本格的にイタリア料理を学んだのは、どちらのお店ですか?

笹島氏:
大阪にあったイタリアレストラン数件で経験を積みました。と言っても、正式に雇ってもらうのではなく、別の店で働きながら、キッチンを手伝わせてもらっていました。

当時は働きたいと思うようなレストランでは希望者も多く、何のツテもない状態では働かせてもらうことも難しかったんです。そこで…、自分が働きたいとレストランに行って、「お金はいらないので、仕事をさせてください!」とお願いして回りました。
この「お金はいらない。」という手口を覚えまして、色んなお店で働かしてもらいました(笑)

普段は洋食屋で仕事をして、休みの日になるとレストランで働かせてもらう。その頃は将来のことは考えていませんでした。とにかく仕事を覚えること、上達していくことが面白くて休みもお金もいりませんでした。
同世代の友達が遊んでいる姿を見ても、全くうらやましいなんて思いませんでしたね。それぐらい料理に夢中でした。

イル ギオットーネのワイン

いろんなお店で経験を積まれたとのことですが、特に影響を受けた料理人の方がいらっしゃれば、ぜひ教えてください。

笹島氏:
「ス エ ジュ/SU E GIU」の山本シェフには、本当にお世話になり、今でも親しくさせていただいています。当時、東京で話題になっていた「ス エ ジュ」が、大阪にも店を作るということで、建築中の時から何度も足を運んで、雇ってももらえるようお願いしていました。でも全然聞き入れてもらえなくて、オープン後もずっと毎日のように店に通いました。

お金もありませんから、前菜とワインだけ注文して粘り続けていると、「お前は本当に変わっているな」と言って働かせてもらえることになったのは、半年後のこと。キッチンではなく、サービスとしての採用です。

「ス エ ジュ」では、どんな毎日を過ごしていらっしゃったのでしょうか。

笹島氏:
「ス エ ジュ」のキッチンにいた料理人は、イタリアで修業を積んできたという精鋭の料理人ばかり。メディアにもたびたび取り上げられる人気店で、私なんかは営業中にはキッチンにも入らせてもらえません。でも、盗み見したり、営業終了後に残ったソースをこっそり味見したりして、学べることは何でも学ぼうと思っていました。

いまでも覚えているのですが、自分がやめる時に突然呼ばれ、最後にキッチンに立たせて貰ったのです。「好きに料理をしてみろ。」と言われ嬉しくてね。レストランの料理を再現してみせたのですが、驚かれました(笑)

私の料理への情熱を山本シェフも汲み取って頂き、山本シェフの紹介でイタリアにも行くことができました。1店舗目は紹介してもらったレストランで働けるのですが、その後は自分で見つける必要があります。それで、「お金はいらないから働かせてほしい」といういつも使っている手で(笑)ミラノの三つ星レストランでも働きましたよ。

イル ギオットーネ 笹島 保弘

イタリアで学んだ知識を活かして、帰国後も修行に取り組まれたのですか?

笹島氏:
帰国後は、大手企業が立ち上げる高級志向のイタリアレストランの店舗開発をお手伝いして、東京や四国など全国を飛び回るようになりました。気が付けば管理職のような立場になって、立ち上げた店はメディアにもたびたび取り上げられて大成功を収めていました。

ただ自分としてはやはり料理をして店を切り盛りしたいと思って、次にお世話になったのが今も京都にある「イル パッパラルド」です。コンビニの跡地にできた店ですが、こちらもオープン直後から行列ができる人気店になりました。その後独立し「イル ギオットーネ」をオープンさせることになります。

イル ギオットーネの外観

画像提供:IL GHIOTTONE

■迷う背中を突き飛ばされるようにして踏み出したゼロからの独立。

イル ギオットーネを作る際、どんなお店にしようとお考えでしたか?

笹島氏:
京都らしいイタリア料理を作りたいとずっと考えていました。場所は、東山か嵐山。ただ、物件探しは非常に苦労しました。京都での物件情報は、表には出てこないのです。

そこで力添えをいただいたのが、菊乃井 三代目主人の村田吉弘さんでした。村田さんも私にとっては大恩人に当たる方です。本人も「お前は、俺に一生頭が上がらないからな」とおっしゃるぐらいで、今も私の人生に欠かせない存在です。

候補となる物件が見つからないことを村田さんに相談すると「いい物件は、自分で探すしかない。手ごろな物件を見つけたら、まず水道メーターを見ろ。メーターが動いていない物件を探して直談判する。これが京都での物件探しのやり方なんや」と教えていただき、そして、村田さんと一緒に原付で、夜な夜な物件探しに京都中を走り回りました。

画像提供:IL GHIOTTONE

菊乃井の村田さんと原付きで水道メーター見て回るとか、想像しただけですごい話です!笑

笹島氏:
すると東山の一等地に、思いもしない物件があったのです。ただ、私が考えていたよりも、ずいぶんと大きな建物でどうしたものか悩んでいました。すると村田さんが「いいか、笹島。絶対にこのことはよそにもらすなよ。こんないい物件は、二度と出てこない。絶対にここにしろ」とおっしゃいます。しかし、めちゃくちゃ高いですから、とてもじゃないですが手が出ないと思いました。

その物件がいまの京都「イル ギオットーネ」なんですよね、どのようにしてオープンする事ができたのでしょうか。

笹島氏:
その物件をレストランにするのに1億必要でした。1億どころか、当時は法人を作るための資本金もありませんでしたから、融資を受けるにも資本金から貸してもらわないと何もできないような状況でした。(規制緩和される前、株式会社は1000万、有限会社は300万の資金が必要)

そんな時、「イル パッパラルド」の常連さんから紹介していただいたのが、株式会社関門海(※1)を経営されていた山口聖二社長でした。
この方がいらっしゃらなければ、今の私はなかった恩人です。ある日、お店にやってきて私の料理を食べてくださいました。ふぐのお店をされておれるのでふぐを使った料理をお出したことを覚えています。

こう、椅子の上にあぐらを組んで食べられるんです。変わった方だな~という印象でした。
お会いしたのは、その日がはじめてだったのですが、開業資金が必要なら会社まで来なさいと。
半信半疑で山口社長の会社にうかがうと、書類にポンポンと判子を押してくださり、ほんとに驚きました。

※1:株式会社関門海
とらふぐ料理専門店「玄品ふぐ」、かに料理専門店「玄品 以蟹茂」などをグループ展開している

イル ギオットーネ 笹島 保弘

笹島シェフに可能氏を感じられたのかもしれませんね。

笹島氏:
その数年後、本当に残念なことに山口社長は急逝されます。会社の上場を目指されていた山口社長は本当に上場を果たされ夢を叶え、その祝賀会のあとでの事故でした。本当に突然のことでした。
その時、私は立ち上げて間もない東京の「IL GHIOTTONE marunouchi(イルギオットーネ丸の内店) 」に居たのですが、服も着替えず、コックコートのまま新幹線に飛び乗りましたね…。

後から奥様に聞いたところによると、山口社長は未来ある人材には、惜しまず投資をされていたそうです。中には回収できずに大きな損失をされたこともあり、私への保証人についても止めておいたほうがいいんじゃないかと、当時奥様は反対されたそうです。そりゃそうですよね。

それでも「若いもんは応援してあげんといかん。」っとおっしゃられていたそうです。
山口社長に最後に保証人になってもらったのが私です。あの時、山口社長にチャンスを与えて貰えなければあのレストランをオープンすることは叶わなかったでしょう…。

山口社長のことを思うと、いまの自分は山口社長のように若い人になにもできていないなと感じてしまいますが…。
また、亡くなられてから恩返しもできないまま月日が経っていきましたが、奥様が社長に付かれた時、私にメニュー考案のご依頼を頂き、ふぐ専門店の夏メニューの開発をお手伝いすることができました。
夏のお客様の入も良くなったと聞き、ほんの少しだけ報いることができたのではないか。そんな風に感じています。

イル ギオットーネ ディ ピュー
画像提供:IL GHIOTTONE(大阪グランフロントにあるイル ギオットーネ ディ ピュー店)

東京丸の内に出店されるなど順調に規模を拡大され、今では全国でイル ギオットーネ出身のシェフが活躍されています。

笹島氏:
私個人としては京都の店だけでも十分に満足していたのですが、ありがたいことに新規出店のお話をいただけて、お店を増やすべきか、今の規模のまま続けるべきか悩みました。そんな私の背中を後押ししてくださったのは村田さんでした。

「お前はもうこれで終わりか?もっと先のことを考えろ」と諭してくださって、多少の無理は承知で東京にも進出しました。

現在、私のもとで働いて独立したメンバーは、20人以上います。独立したメンバーに付いていった人も合わせると数えきれないほどです。その中でも「イル ギオットーネ」の創業時代の大変な時期を経験したメンバーは成功しています。

大変な思いをしているからこそ、どこにいてもブレることなく、自分の道を前に向かって進んでいるのだと思います。そういう人材が増えていくのは、本当にうれしいことですし誇らしいです。

イル ギオットーネ 笹島保弘

京都、東京、大阪と離れた立地で店舗を構えるには、それぞれのお店で中核となる人材を置く必要があると思いますが、中核メンバーを抜擢する際に重視されていることは、どんな点でしょうか。

笹島氏:
あえて言うならば、私の言うことを聞かない人です。自分の考えをもっているというか、主張があるというか。若いのであれば、生意気な口を利くぐらいがちょうどいいかもしれません。
大人しく言うことを聞く子はマネジメントしやすいかもしれません。しかし、その子に店をまかせる、人を任せるとなると、従順であるだけでは担えません。私は私のコピーのような人間を育てるつもりはありません。大切にしていることは、考える力を伸ばしてあげること。

何でもかんでも手取り足取り教えていては、私がいなくなった時にどうすればいいのかが分かりません。ですから、実は東京と京都、大阪と離れていることでメリットがあるのです。
つまり私がいないことで、頼ることができない。自分たちでなんとかしなければならない状況が成長に繋がります。

レストランにはいろんな人材が集まってきます。料理のことだけ学びたいという人がいれば、経営を含めた力を身につけたいという人もいます。3年間だけ、と期間を決めて働く者もやってきます。関わり合い方を一律にするのではなく、それぞれの出発点と到着点に合わせたマネジメントを心掛けてきました。
独立したいという目標がある人には、店の帳簿も見せてあげて数字のことも勉強させてあげたりという感じです。

お店に定着させようとか、そういったお店側の都合ではなく、働く人の都合に合わせてあげるということなのでしょうか。

笹島氏:
店の人材は常に回転していくものです。ずっと長くいる必要ははないと考えています。
もちろん、辞める時は突然じゃなくて、数ヶ月前、半年前には伝えて欲しいと、責任がある人間であれば、きちんとレストランが回るようにして、ということは伝えていますし、それはすでに「イル ギオットーネ」では、そうするものだ。という文化ができてますね。そこはちゃんとしようよ、という風土になっています

ですから、私自身も人を育てている感覚がありません。個々の才能が活きるよう、できる限り環境を整えてあげたいという事だけです。
私自身が若いころに、亡くなった山口社長や今もお世話になっている村田さんにしていただいたことが、ほんの少しでも若い人にできているならば、それに勝る喜びはありません。

イル ギオットーネ 笹島保弘

■単調な毎日は飽きてしまうから、今もやったことのない仕事を求めている。

今日お会いして意外だったのが、今も現場に立っていらっしゃることです。もっと経営者よりの仕事をされているのかと思っていました。

笹島氏:
今でも京都にいる時は、朝から夜までコックコートで過ごしていますよ。できる限り店のことを見ていたいのですが、ちゃんとやろうと思ったら2店舗までが限界ですね。京都と東京の店はよく行き来していますが、大阪は責任者に任せっぱなしになってしまっています。

実は大阪のグランフロントにある店「IL GHIOTTONE di piu’(イルギオットーネ ディピュー) 」は、お食事に来ていただいたことがご縁で、音楽プロデューサーの小林武史さんと取り組んでいるレストランです。
「代々木VILLAGE by kurkku(代々木ビレッジ バイ クルック)」の開発も、手伝っていただいた、インテリアデザイナーの片山正通さんたちと一緒にプロジェクトを進め、いいものができたと思っています。

他にも、企業の社員食堂の料理を監修したり、光栄なことにイタリアの食学会に呼んで頂きスタッフとみんなで行ったり。Facebookページのトップのビジュアルはその時に撮影した写真なんですよ。公園の真ん中でみんなでコックコートに着替えてね(笑

いまはレトルト食品の開発に関わらせて貰っているのですが、これはこれで限られたコストや条件の中でおいしいものを追求するのがおもしろかったりします。高級な料理とは違う切り口で、今まで作ったことのないものが出来上がっていく喜びがあります。商品化するのが楽しみですね。

私はきっと、性格的に1つのことだけをやっていると飽きてしまうタイプなんです。お店にずっといて、料理を突き詰める。という職人気質ではないのだと思います。

新しい仕事、新しいチャレンジを私が見つけてきて、スタッフも巻き込んで取り組んでいます。そうすることで刺激になり、成長することもできます。そして、なにより仕事が楽しくなるじゃないですか。

イル ギオットーネ 笹島保弘

笹島シェフの今後の目標や計画について教えてください。

笹島氏:
そうですね…、年齢的にもそろそろ自分の落としどころというのを見つけたいと思っています。ずっと前だけを見てやってきましたが、そろそろ後ろを振り返っていい時期なのかも知れません。

今考えているのは、20代のころに出会ったコテコテのイタリア料理をやってみること。
イタリアで修業したときに、イタリア料理の郷土料理がすごく好きにななりました。「イル ギオットーネ」ではガストロノミーを楽しんで頂けるレストランですが、原点に返って、トラットリアでもっとカジュアルに本場のイタリア料理を楽しんで欲しいという気持ちもあります。

それで、私はハワイが好きだということもあるので、まぁ、これはまだどうなるかわからないのですが、ハワイでそういうったトラットリアで楽しめるイタリアレストランを出すのもいいなと思ってます。
私も好きなハワイに仕事を理由にいけますし(笑)、スタッフにも海外で、しかもハワイという環境で働くという刺激もプレゼントしてあげることができます。

基本の料理に戻ると、大変だった若いころの気持ちがリアルによみがえってきます。若いころに作った料理と同じものでも、技術も知識も増えた今の私が作ればきっと違うものになっているはずです。
形にこだわらずに、いろんなことをやってみたいですね。

(聞き手:市原 孝志、文:上田 洋平、写真:逢坂 憲吾)


店舗情報

IL GHIOTTONE イルギオットーネ京都本店
〒605-0827 京都府京都市東山区 東山区八坂上町388−1
075-532-2550

IL GHIOTTONE marunouchi イルギオットーネ丸の内店
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2丁目7−3 東京ビルTOKIA
03-5220-2006

IL GHIOTTONE di piu’ イルギオットーネ ディピュー
〒530-0011 大阪府大阪市北区大深町3−1 グランフロント大阪 北館 1F
06-6317-9669

IL GHIOTTONE 京都本店(イル ギオットーネ)

お問い合わせ
075-532-2550(https://www.ilghiottone.com/)
アクセス
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