チャンスはいつも自分の近くにある。自分がそれを、つかめる状態でいるかどうか

北新地 福多亭
鵜飼 浩

北新地 福多亭 鵜飼浩

■必要に駆られてオープンした自分の店。

お店を持つのは夢だったのでしょうか?

鵜飼氏:
店を持つことが夢でなく、必要に駆られて…という感じでした。
僕は店に入るとその店のために心底尽くしてしまう性格ですから、そこで自分のしたいことができない。ですから、自分のしたいことは自分の店でやるしかなかった。そのために開けた店でしたから、もう全てが実験。
場所は大阪の谷町九丁目で12年ほど営業しましたが、思っていたことは全部やりました。
実は妻が音大卒の元オペラ歌手で、料理を楽しみながらオペラに触れられるような、音楽と料理のコラボレーションイベントを年に数回催したりもしました。

料理に関して言えば、自分が作る料理にはすべて「こんな味にしたい!」という理想の味がありました。でも実際に作ると「何かが違う」と、ずっと思い続けていたのです。ですから、僕の料理をお客さんが「美味しかったー!ありがとう!」と言っても、自分としては納得がいってなかったですし、一度も「これだ!」と感じる料理ができたことが実はなかったんですね。

でも店を続けて8年目、自分が思う理想の味が出せるようになってきたのです。それをきっかけに、いろんな料理で自分の思うレベルに達することができるようになって、ついに自分の理想を達成することができたと感じました。

店を開けて10年が経ち、常連様も沢山お越しくださって店は安定していましたが、自分としては次の目標が見えなくなってしまっていました。妻にも負荷がかかっていたという事もありましたが、一端ここで区切りをつけようと自分の中で決めました。

そこで、今まで店を支えてくれたお客様にご恩返ししようと、辞めることは一切言わず、2年間は美味しい料理を一生懸命に作って…そして店を辞め、料理人をやめました。42歳でした。

すごい決断ですね。料理人を辞めると覚悟されてからはどうされたのですか?

鵜飼氏:
料理をやらないということは、普通の仕事をしていかなくてはいけません。そのための事務的な知識やスキルが足りないとわかっていましたので、ある会社の電話対応の仕事を見つけて、パソコンや電話対応のスキルを働きながら身につけました。その後、レストランの立て直しなど、4軒ほど縁があり料理の仕事に少し関わってしまいましたが…。

そして将来はイタリアに永住したいという夢がありますので、イタリアへも職探しに行きました。普通の仕事を探したところ、イタリアの調理器具メーカーが日本で展開していくのに、イタリア語と日本語を話せる人を探しているという話がありました。そこでイタリアの会社と契約をし、日本でそのメーカーの仕事をすることになりました。日本部署といっても僕1人ですから、僕がマーケティングから顧客開拓、営業などを全て1人でこなすのですが、夕方5時には終わる仕事で、すごく楽しかったですね。

北新地 福多亭 テーブルセット

■自分の技術が誰かの役に立つならそれでいい。

一度は料理から離れていたのに、こちらの店に入られたのには理由があるのでしょうか?

鵜飼氏:
そうして料理から離れて暮らしていたのですが、この店のオーナーに声をかけられて話しているうちに、会社の仕事は夕方5時に終わりますし、「仕事が終わったら少しだけ手伝いましょうか?」という風な話になって。そうして手伝っているうち、料理長をやってもらえないか、ということになりましたので…また料理に戻ってしまいました、笑。
やはり厨房に入ると料理人の血が騒ぎますし、新しい料理法や加熱法には発見があって面白かったですね。

料理を再び始める際、イタリアンへのこだわりは無かったですか?

鵜飼氏:
一度、料理を辞めましたので、イタリアンしか作らないという風なこだわりはありませんし、本当に自由な気持ちで取り組んでいます。今はもう、恩を感じる人との出会いを通して、自分の技術が誰かの役に立つならそれでいい、という思いです。

鵜飼氏がシェフになりミシュランを取られましたが、要因は何だと感じますか?

鵜飼氏:
前任の方がどのようにされていたのかわからないのですが、ミシュランの方が仰っていただいたのは、「肉の焼き方が変わった」と。
僕は前までのやり方を継続することが基本的には使命だと考えて、食材、メニューはあまり変えていません。 ただ、食材の良さを最大限に引き出す為の“お肉の焼き方”に関しては、徹底的に拘りました。

肉に関してはマルケージさんに学んだ調理理論が役立ったと思いますし、初めて使う窯ですから、色々と試行錯誤しました。肉の厚さとグラムを揃えて、肉の部位ごとに表を作って2週間データを取り続けて。そこから窯の特性や良さを最大限に発揮するやり方を考えながら、最適な焼き方を研究していった感じです。

料理は今でも辞めたという風に考えていますか?今もこうして料理をされていると思うのですが…昔と今では気持ちに違いがあるのでしょうか?

鵜飼氏:
どう表現していいか…というのはありますが、ただ言えることは、今はとにかく福多亭では”最高のステーキを焼く”ということに専念しています。
お客様に”本当に美味しかった“また近々来ます”と笑顔で帰られる瞬間は、素直にとても幸せな気持ちになります(笑)
また、ミシュランを頂いてからイタリアで当時一緒に修業していたメンバーがみんなとても喜んでくれて…。またあの頃のように料理をやりたい、という気持ちが生まれてきています。

自分の中の料理人が再び引っ張り出されてきている。今まで積み重ねてきたことが、最近になって色々とつながって、新しい展開が生まれてきているように感じます。

お話を聞いていると、何かを積み上げた上で得られる地位や権威にあまり興味がないのかなとも感じます。

鵜飼氏:
僕はあまり欲がないのかもしれない。金儲け、ビジネスのことはあんまり考えない質だと思います。
偉くなり地位を得ることより、勉強して新しいことにチャレンジすることが楽しいし、落ち着いてしまいたくない。

イタリアの会社で仕事をする際に、日本はコーヒーマシンから入った方がやりやすいので、コーヒー業界の方と話をするようになり、豆の選別やローストの勉強もするようになりましたが、新しいことを知ると、それがまた次に生かせます。
コーヒーにかなり精通していますし、コーヒー業界の人は僕のことをコーヒー業界の人だと思っているみたい(笑)。将来はイタリアに移住して、コーヒーの展示や販売の仕事をやっていこうかなと考えたりもします。

ここ最近の自分の変化としてなのですが、これまで僕は食べ歩きをしないし、料理雑誌も料理番組も見ない。それは完全なオリジナルでいるために、あえて一切の情報を遮断していたりしたんですね。その代わり、絵画を観たり、焼き物をみたり料理以外のクリエイティブから料理のインスピレーションを得ていました。
絵や焼き物が、料理に見えることがあるんです。それを料理で表現するというのが楽しかったのです。

しかし、最近は敢えて視野を広く持ち、雑誌やお客様の情報等にも興味を持つように努めています。
というのも、他店の料理を見て、クリエイティビティが高くなってきていると感じますし、それに刺激を受けている自分もいると捉えられるようになりました。
これまでの僕は人の料理からアイデアを絶対に受けたくない!というスタンスだったのです。しかし、最近はその刺激をエネルギーとして、自分の料理へのモチベーションとして受け取るということができるようになってきたように思います。
これからは、柔軟な気持ちをもちつつも、あくまでも自分のオリジナル料理を追求していきたいですね。

(聞き手:市原 孝志 文:池側 恵子 写真:松井 泰憲)

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