「知りたい」という欲求の積み重ねが、一流料理人への道を切り拓く

玄斎
上野 直哉

上野直哉 玄斎

■経験を積まないことには、学びたいことも分からない。

今までで、一番心に残っている失敗は何ですか?

上野氏:
自分の店を持ってからも、その経験が生かされているという意味では、『菊乃井』さんに入って1年目の時にしてしまった、予約のダブルブッキングです。しかも4名ほどでご予約いただいた接待の常連様でした。自分の失敗で済まされない、店の信頼を損ねるような話です。これはとても深刻な事態だと思った当時の私は、お客様が来店されるなり、土下座をしました。今思えば、もっと適切な方法があったろうと思いますが、その時は必死でした。お客様はもちろん大変ご立腹で、村田さんが頭を下げて別の店の予約をとり、送り出してくださいました。しばらくはひどく落ち込んでいたのですが、1ヶ月ほど経ったある日、もう来てくださらないだろうと思っていたお客様が再び来店されたんです。「あの時、君が土下座してくれただろう。取引先に格好がついたよ、悪かったなあ」と、声をかけてくれました。その時の気持ちは、言葉では言い表しがたいのですが、今でも忘れません。

今でも、何かお客様にご迷惑おかけしてしまったことがあれば、すぐにその日のうちに謝りにいく。とにかく飛んでいくという姿勢を徹底しています。ケガの功名じゃないですが、マイナスになった時こそ、プラスに変えていくことが大事だと考えています。

上野さん自身、技術を磨いていく上で大事にされている心構えはありますか?

上野氏:
実は若い頃、ちくのう症を患っていたようで、おそらく人よりも嗅覚が鈍かったんです。父にそれを話したら、てっきり何かアドバイスをくれると思いきや、「そうしたらこの商売はもうできないな。煮方辞めて、料理人も辞めたらいい」と一言、ばっさり言われたんです。そこで気付いたのは、病気を理由に、自分が甘えていたということ。屁理屈を並べて、できないことの言い分けにしてはいけない、と諭されたわけです。

嗅覚というのは、味覚と直結しており、非常に重要です。というのも、レシピ通りの量を図っていけば理想の味ができるわけではありません。例えば、1リットルの水に対して大さじ1杯の塩が適性だとすると、10リットルの水には大さじ10杯の塩か、というとそうじゃない。濃くなりすぎますからね。まず目の感覚で量を図り、鼻や舌の感覚で、味を調えていく。ですから、嗅覚のコンディションというのは、とても大切なんです。

そこで私は、当時のワインブームにあやかり、勉強も兼ねてワインの試飲会に足を運びました。そこで、自分が舌や鼻で感じた感覚を、他人の意見に紛らわされる前に、「こんな味がした」「こんな香りが広がった」と発言する訓練を繰り返しました。そうすると、「いや、これは果実味の方が強い」「この香りは…」と否定されたりする。そうやって、自分の感覚とすり合わせ、誤差をなくしていきました。

すると次第に、自分の嗅覚のコンディションを正確に把握できるようになります。今日は乾燥しているから水分量多めで調整するとか、風邪気味で塩味を感じにくいから配分に気をつけようとかいう調整がきくのです。お風呂の温度を、手で測るのと同じで、料理人はこの舌や鼻、目の感覚を研ぎ澄ませていくのが一番大事。理屈や数字で覚えるのではなく、感覚を養う、そのために経験値を増やす。それしかないと思いますね。

経験を積んでいくと、ここ不思議だなぁとか、どうしてこうなるんだろう?と疑問や気付きが出てくる。知りたい、勉強したい、という自発的な姿勢が生まれる。その意識がつくと、自然と、他の店でおいしいご飯を食べた時も、「この味はどうやって出したんだろう?」と、聞きたいことが湧き出てくる。疑問が生まれた分だけ、学びがありますよね。その学びが、次の疑問に繋がって、また学びが増える。そうやって好きになっていくものだと思います。

上野直哉 玄斎

■神戸なら、自分らしい料理を自由にできると思った。

京都や大阪で修業を積まれた上野さんが、神戸にお店を出された経緯を教えてください。

上野氏:
もともと、神戸のまちへの憧れもありましたね。ミーハーなんです(笑)。港町の独特の雰囲気や、スタイリッシュさ、都会的でありながら山も海もあり、ゆったりした時間が流れている。実際に住んでみて、神戸の人が神戸から出たくないという気持ちが良く分かります。もちろん大阪で、親子兄弟一緒にという選択もありましたが、ある程度距離を置いた方が、お互い良い関係で切磋琢磨できるんじゃないかなと。京都については、師匠のお膝元ですから恐れ多いのもありますし、何より京都は京料理という確固たるスタイルや土壌が既に確立されているので、そこに私の料理は求められていない。と思うと、神戸はまだまだ日本料理のカラーが色濃くなく、自由度が効く。固定観念に縛られず、自分のしたい料理ができるんじゃないかと思ったんです。それと、実は妻も神戸の大学に通っていたので、「私もそれが良いと思っていた」と後押ししてくれたこともありますね。今でも夫婦で神戸ファンです。

お店を運営する上で、どんな場づくりを心がけていますか?

上野氏:
変わっていると言われるかもしれませんが、ウチは、仕込みの間から笑いの絶えない店でしてね。アルバイトの子を含めて5人体制ですが、若い世代が多くて、色んな雑談を交わしながら仕事を進めています。もちろんメリハリが大事で、ここぞという時は集中して気を張らなきゃいけないんですが、例えば叱られたことで互いにしこりが残って、場の空気が張り詰めたままだと、お客様に伝わってしまう。カウンターと調理場を遮断するものがない店なので、特にですよね。空気がピリピリしていると、お客様が肌で感じて、会話もだんだんなくなってくる。食べているようで、何も食べていないような緊張感にさらされます。お客様に喜んでもらうのが何より大事。リラックスして美味を堪能してもらうためにも、スタッフの心が常に明るい状態にする、その空気作りは大切にしています。

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12:00~、18:00~22:30(最終入店21:00)
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