現実を見る。それが料理界の未来を明るくする

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ ダ サローネ)
山口 智也
IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)山口 智也

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)山口 智也

■華やかな世界に憧れて料理人の道へ

向井:
料理人を目指したきっかけは何ですか?

山口氏:
僕が小さい頃はテレビでレストランをフィーチャーした番組も多かったので、華やかな世界に憧れがあったのだと思います。気付いたときには、パティシエを目指していました。

向井:
辻調で学んでいたときに、ポンテベッキオの山根大助シェフに出会われて、イタリアンの道に進んだんですよね?パティシエを目指していたところから、なぜですか?

山口氏:
山根シェフが講師でいらしたとき、トークの熱量とパワーに圧倒されました。人々の先陣をきって走る人ってこういう人なのかって。とにかくこの人のお店で働きたいと思いました。

向井:
その出会いを経て、イタリアにも行かれたようですが、向こうでの仕事はいかがでしたか?

山口氏:
ポンテベッキオでしっかり学ばせてもらっていたので、技術面ではそんなに苦労することなく、言葉ができなくても信頼して仕事を与えてもらっていました。過去に行っていた日本人の方のおかげで、日本人ブランドがあるんだなとも感じました。

向井:
どこか違いはありましたか?

山口氏:
一部の「天才」と言われる人たちのクリエイション(創造性)に関しては、日本人にはないものを持っていると感じました。「差」というより「違い」がありました。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)山口 智也

■業界の現実に愕然として転職を考えた

向井:
料理人になった頃の夢はどのようなものだったのでしょうか。

山口氏:
料理人になってすぐは、頑張って有名なシェフになってお金を稼ぎたいと思っていました。ただ、実際に当時のトップクラスのシェフのお給料を何となく知ったときに、「これが現実なのか」と思ってしまったんです。

向井:
修業時代は低賃金で、労働環境もハードと聞きますがどうでしたか。

山口氏:
労働時間が長かったり、厳しくされたりするのはしんどかったですが、その凝縮された時間で得たものが大きかった気はしています。今の自分を作っているのは、すべてその経験があるからです。

向井:
下積みの時期に辞めてしまう人も多いと思いますが、そこを頑張れた理由は何だと思いますか?

山口氏:
直属の上司に恵まれていたのが大きいです。仕事以外でも気にかけてもらって、可愛がってもらいました。

向井:
すぐに辞めてしまう人と違って、何か頑張っている姿勢を感じてもらえたのかもしれないですね。

山口氏:
理想がありすぎる人は、現実とのギャップが激しくて崩れてしまうのかもしれません。僕は、明確に「こうなりたい」とか「こういうレストランで働きたい」とかがなかったから、逆に続けられたのかなとも思います。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)内観

向井:
今のお店を選んで働いている理由は何ですか?

山口氏:
前のお店で働いていたときに結婚して、子どもができました。そのときの労働環境は、いわゆる「飲食業の環境」で、お給料が安かったり、繁忙期は休みが取れなかったり。それが子どもを育てる環境として良いのか疑問だったので、もう少し落ち着けるとことに変わりたいと思いました。

向井:
レストランを移りたいと?

山口氏:
実は、飲食業を辞める選択肢も考えました。業界全体として、飲食業の労働環境と利益率の問題は気になっていたので将来に不安がありました。

向井:
それが、何歳くらいのときですか?

山口氏:
27歳くらいですね。

向井:
結構色々考える時期ですよね。

山口氏:
そうなんです。調理師学校の同級生たちが辞めて行ったり、料理人ではない同世代の友達のお給料が上がっていったりするのを見て。特に家庭ができると、もう少し安定して生活ができる方が、ビジョンが見えやすいと考える時期だと思うんですよね。

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向井:
そんな中で、今のお店と出会われたのですか?

山口氏:
たまたま、サローネグループの総料理長の樋口と話す機会がありました。そうしたら今まで出会ったことのないタイプのシェフで。飲食業界について見ているポイントが他の人と違ったのです。労働環境について話すシェフは初めてでした。

向井:
その考えのお店で働いてみたいと思われたのですね?

山口氏:
その当時、5店舗を違うブランドで経営して、どの店も流行っていました。その秘密を知りたかったのと、飲食業に対する未練もあり。ただ入社時の条件は前の店より下がるものだったので、半年で役職がつかなかったら辞めますと宣言しました。

向井:
そうですよね。お給料を上げたくて職場を変わりたいと思ったんですもんね?

山口氏:
お給料が上がらなければ生活ができませんし、27歳にもなって、新しく入った店で、半年経って評価されなければ、飲食業を辞めるのには十分な理由になると思ったので、最初にそう伝えました。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)テーブルセット

■私生活も充実させられる労働環境を作りたい

向井:
今、若くして料理長を務められていますが、どんなことを考えてお仕事をされていますか?

山口氏:
労働環境が整ったレストランにしたいなと思っています。流行っていてもスタッフの給料が安かったり、始発で来て終電で帰ったりすることが当たり前の飲食業界の環境にすごく疑問があって。そんな環境では60歳まで働くなど無理だと思うので、そこを整えていきたいです。

向井:
簡単ではないですよね。

山口氏:
そうですね。今までの人もどうすれば良いか答えがないから出していないわけで、答えがあったらみんなやっている話ですよね。今この立場になって、やっと何かを始められるスタートラインに立てたと思うんですけど、ここから先に道はありません。

向井:
具体的には、どんなことに取り組まれていますか?

山口氏:
会社として、労働時間を極力制限するようにしています。早く来るなとも言っています。
ただこれ以上時間を減らすとなるとランチを辞めるしかありません。しかしディナーだけでランチ分の売上を出せるのかと考えると、今はまだ自分の実力やブランド力が足りないなと感じます。それが辛いですね。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)山口 智也

向井:
逆に今、仕事を頑張れている原動力は何ですか?

山口氏:
家族しかないですね。もちろん、お客さんに美味しいと言ってもらうことや、お店が流行ることは嬉しいですが、すべては家族と幸せに生きるためです。

向井:
料理人のワークライフバランスですね。

山口氏:
どんなに高級店で、テレビに出て流行っていても、その人の私生活がボロボロだったらダメだと思うんです。ある程度休みが確保できたり、ある程度のお給料を取れたりできるような環境を作っていかないと、最終的に幸せにはならないのではないかと思います。

向井:
確かに、ハードな環境で家族を養いながら長く続けるのは難しいですよね。

山口氏:
現実的に飲食業界は、子どもが料理人になりたいと言ったときに、専門学校に通わせられないようなお給料なんですよ。それはおかしいですよね。

向井:
自分は親からしてもらったのに、子どもにはしてあげられないということですもんね。

山口氏:
せめて子どもが自分と同じように生活できないと、結局飲食業界自体が衰退していきます。生活が充実していなければ、父の背中を見て子どもが料理人になりたいとも思わないでしょう。

向井:
それは、シェフだけでなくスタッフさんもですよね。

山口氏:
もちろんです。部下に子どもができたらと考えると、自分の給料だけが良かったらというものではありません。また若い子が勉強のために、三つ星などの高級店に月に1回くらいは食べに行けるお給料を支払えるお店にしたいと思っています。

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■先のビジョンを描いて働くことが大事

向井:
今一緒に働いているメンバーに対しては、どんな想いですか?

山口氏:
成長してもらいたいので、結構厳しく接しているとは思いますが、最終的に僕と働いたおかげで続けられたとか、目標が持てたと思ってもらえたら良いなと考えています。

向井:
意識的に厳しくされているということでしょうか。

山口氏:
今、時代の流れの中で会社のルールもあって、上の世代では怒らない人も多いんです。でも、僕は短い中で濃い時間を過ごしてもらいたいから、メリハリをつける意味で怒ることもしています。

向井:
ルールだから怒らないというのは、形だけの話でしかないですからね。山口シェフが怒れるのは、愛情や信念があるからかなと思います。

山口氏:
怒る前にすごく自問自答します。タイミングや使う言葉、話す内容を考えて。本当に自分が正しいのか、理不尽さはないのか、考えます。また言った後に相手が不満そうな顔をしていたら、必ず「今の納得できてる?」と訊くようにしています。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)内観
向井:
そういうコミュニケーションは大事ですよね。

山口氏:
何のためにその仕事をしているのかを理解できていなければ、怒られた本当の意味を理解できないと思うんですよ。ある程度先のビジョンを見た上で話を聞かないと、目の前のことだけを見て、続かなくなってしまいます。

向井:
例えばどういうことですか?

山口氏:
その野菜を5mmに切るために仕事をしているわけではないということです。「その野菜を5mmに切る→こういう料理ができる→お客さんが喜んでくれる→自分の喜びになる」というビジョンが見えていなければ、辞めたくなりますよね。

向井:
確かに夢は持っていても、そこへ繋がる現実が見えていない人は多いかもしれませんね。

山口氏:
僕は厳しく怒られながら育った世代ですけど、単に同じことを今の若い子にしたいのではありません。現実を理解して、何のためにやるのかをよく考えてもらいたいんです。

向井:
山口シェフの世代は、上の世代と若手を繋ぐ重要な役割を担っていますよね。

山口氏:
昔の人は「一発当ててやるぞ」と野心があって、スター性がすごかったですが、今はスターになることが正解だとは思いません。現代の情報量だと、たとえスターになっても一瞬で消えます。実際、僕はあるコンクールで結構良いところまで行ったんですけど、その賞味期限は1年だと感じました。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)

向井:
お店も次々できてはなくなっていきますからね。

山口氏:
今は、自分がメジャーになることにあまり価値はないと思っています。それよりもこれからは、どういう風に集客できるのか、どうすればお客様を満足させられるのかというメソッドの方が、価値があるかもしれません。

向井:
方法を理解することに価値があるということですね。選択肢も増えているように感じます。

山口氏:
見られる夢の数が圧倒的に増えましたね。SNSの力で、趣味で料理をやっていた人のお店が成功したり、通信販売のチーズケーキがめちゃくちゃ売れたりしています。
だから現実を見て、自分に向いているものや世の中にフィットするものを探す方が、ただ毎日レストランで技術を詰め込むより良いかもしれません。

向井:
可能性はひろがりますよね。

山口氏:
ただ飲食業全体ではなく、レストランとして見たときにはそんなに状況は変わっていません。そこの改善をしなければ、天才以外は生活できない業界になってしまいます。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)山口 智也

■発信力をつけ、考えを伝える

向井:
コンクールに挑戦した理由は何かあったんですか?

山口氏:
メジャーになりたいというより、注目される必要性を感じたからですかね。

向井:
注目されないと、発信ができないということですか?

山口氏:
SNSを上手に使うこともそうですが、コンテストなどによって人目に触れることもひとつだと思うんです。実際、コンテストに出たことで取材される機会も増えて、自分の考えを発する場を増やせました。

向井:
精力的に取材を受けられていますよね。

山口氏:
メディアはメディアを見て来ることが多いので、発信できる場が増え、自分の話が少しずつ拡散されているという感覚はあります。

向井:
思ったことが実現されているのですね。

山口氏:
僕の発信を見て入社を希望してくれる人も出てきています。どの業界も今は人手不足な中で、どういう環境なら働いてみたいと思ってもらえるのかを考えたときに、僕は自分が働いてみたいというお店でありたいという想いを発信しているので、それがこれまでのようなグランシェフとは違う、今のお店のブランディングに繋がっているところもあると思います。

向井:
グランシェフは、「この人の下で」というのが基本ですからね。

山口氏:
料理の技術に関することは、ある程度のラインであればどこのお店で学んでも、そんなに違わないと思うんです。それよりも、続けられる環境をきちんと描いて入社する方が大事だと理解してもらいたいです。だから僕は面接をするときは、プレゼンをしている気分です。

向井:
きちんと考える人ほど、そういう道を選択していくと思いますが、若い人たちはそういう情報をどのようにキャッチすれば良いですか?

山口氏:
僕たち発信する側の問題かなと思っています。今は情報量がすごく多いので、結果が出ないと埋もれてしまいます。若い子が僕たちの情報を得られる環境を作らなければならないなと。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)山口 智也

■独立がゴールではない、環境改善に全力を尽くす

向井:
山口シェフの今後は、「夢」というより「現実」という感じですね。

山口氏:
夢はないですね(笑)。若い子たちに対しても「夢見てんじゃねーよ」と思ってしまうんですよね。みんな「最終的に地元に帰ってレストランがしたい」と言うんですけど、大事なことを考えていなかったりします。

向井:
どういうお店にするとか、どのくらいお金がかかるとかいうことですか?

山口氏:
どうやって稼ぐとか、お金を借りたとしてどうやって返すとか。それを真剣に考えていかないと簡単に潰れます。僕がそういう厳しいことを言うから、夢を持てなくなっている人もいるかもしれませんが。

向井:
でも、それを教えてくださる存在は貴重ですよね。

山口氏:
現実に目を向けてほしいですからね。

向井:
オーナーシェフのお店だと、スタッフに経営の話はしないお店がほとんどだと思いますが、こちらではいかがですか?

山口氏:
僕も社長から全ての数字を聞いているわけではありませんが、原価率や人件費率、稼働率、売上などの数字は、常々言われていますし、すごく考えています。

向井:
それは、他のスタッフとも共有しているのでしょうか。

山口氏:
スタッフは興味のある人とない人にわかれるので、共有するというより、どうやったら興味を持ってもらえるかを考えてやっています。

例えばその無造作に扱われているハーブも1枚がいくらしているんだよ、というように。

向井:
工夫しながら伝える努力をされているということですね。それをキャッチできるかは、向こうの問題でもありますよね。

山口氏:
将来自分のお店がやりたいというのであれば、そういう環境の中で、考えながら育ってもらいたいですね。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)外観

向井:
山口シェフ自身は、独立したい気持ちはありますか?

山口氏:
ないです。独立しなくても成り立つ業界じゃないと意味がないと思っているからです。

向井:
組織だからこそできることもありますよね。

山口氏:
僕みたいに若くしてシェフになれるのも、会社のシステムがしっかりしていて、ある程度シェフの仕事が限定されているからです。今の会社は、売上を立てて行けば全体のお給料が上がっていくシステムもできているので、僕はそちらの方が面白いと思っています。

向井:
独立しなくても、独立しているのと同じ給料が稼げれば、そちらの方が良い部分もありますよね。

山口氏:
独立しようとすると1000万~2000万円を借りなければならない。でも、独立しなくてお給料が安いのでは困る。だから組織としてもっと多様な環境ができれば、飲食業はひろがっていくと思います。
その環境を作るために、今後この会社に居ながら料理をやらなくなっている可能性もあります。レストランだけで環境が変わらないのなら、それ以外の事業をする必要もあるかもしれませんし。そこはこだわらないです。

向井:
今後のご活躍も期待しています!ありがとうございました。

(聞き手、文:向井 雅代、写真:刑部 友康)

追記:
2020年5月に10周年を迎えるにあたり、同店はカウンターなどの内観や皿をリニューアル。※写真は取材時(2019年5月)のもの。”日本人が提案するリストランテの究極”をテーマに、国内外で高い評価を受けているアーティストや作家、確かな技術をもつ職人の方々にご協力いただき、”世界 に唯一の空間”が誕生します。

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ デ サローネ)外観

IL TEATRINO DA SALONE(イル テアトリーノ ダ サローネ)

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ランチ:12:00〜15:00(L.O13:00)
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