ありったけの情熱を注げる目標を見つけた幸せ

スペイン料理 アカ(aca 1°)
東 鉄雄

■「料理人にだけはならない」と思っていたハタチの頃。そして出会ったスペイン料理。

どのようにして、料理の世界に興味を持たれたのですか?

恥ずかしい話なんですが、料理人にだけはならないでいようと昔は思っていたんです。というのも、海外留学をめざして京都の中央市場でアルバイトをしていた時、市場にやって来る料理人の人たちが、すごく怖かったんです(笑)。

魚屋さんのアルバイトだったのですが、早朝の市場にやって来る人と言えば、二日酔いの料理人ばかり。全然いいイメージが持てなくて、将来自分が料理人になるなんて、まったく想像していませんでした。

それがまた、どうして料理の世界に?

子どもの頃は野球少年で、小学校・中学校では勉強はそっちのけで野球漬けの毎日でした。

野球推薦で高校にも行こうかと思っていたのですが、兄の影響からレスリングに興味を持ち、高校ではレスリング部に所属することになりました。かなり本格的に取り組んでいて、オリンピックも本気でめざしていたぐらいです。

将来は体育大学に進学して、いずれは体育教師か警察官、あるいは自衛官になるかもしれないな、なんて考えていました。ところが膝を故障してしまって高校最後の大会で結果が残せず、競技を続けること自体が難しくなったんです。大学進学か就職かでいろいろと悩んだ末、これからの世の中は英語が必要になると思って、海外留学を決心しました。

18歳から20歳まで、カナダにいました。成人式の時に一度帰国して、もっと勉強したかったので資金づくりのために中央市場でアルバイトをして、さらに1年半ほど。合わせて3年半の留学経験です。

その途中のアルバイト期間中に「料理人にはならない!」と思ったんですね?

その通りです(笑)。本当はもっと長く留学したかったのですが、家庭の事情で家業を手伝うことになったのが22歳の時。父が自動車部品の専門商社を経営していまして、兄と一緒に手伝うことになりました。

その頃に一人暮らしを始めて、料理をするようになったきっかけです。お金もない頃でしたから、毎日自炊するうちに「料理って楽しいな」と思うようになり、いつの間にかハマっていましたね。

自分で材料を調達して、作って、食べてもらうって、すごく楽しそうに思えてきて、ずっと嫌っていた料理人の世界ですが、思い切って挑戦してみようと。そうしてお世話になるのが、スペイン料理専門店である「ラ・マーサ」です。

どうしてスペイン料理のお店を選ばれたのですか?

料理人を志したのが、25歳の時です。年齢も年齢なので、他の人と同じことをやっていてもダメだと思いました。日本料理の世界では15歳ぐらいから下積みされている方も珍しくありませんから。

かといって、フレンチやイタリアンもポピュラー過ぎます。和食・フレンチ・イタリアン以外で腕を磨けるジャンルはどこか。トルコ料理、ギリシャ料理などいろんなお店を食べ歩くうち、地中海料理のお店が日本に少ないことに気づきました。

カナダに留学していたころ地中海料理のお店に行ったことがあり、とてもおいしい料理だったのを覚えていました。ですが、なぜか日本にはありません。野菜も魚介もたくさん使う料理で、日本人の口にも合うはずなのに不思議だなぁと。そんな風に思っていた時に見つけたのが、京都のスペイン料理の老舗「ラ・マーサ」です。

初めて食べた時、とにかくすべての料理が最高においしかったですね。甘エビ、あん肝、カツオなど、使っている素材はどれも日本で手に入るものばかり。特別な材料は何もありません。なのに、どれも食べたことがない味で、本当に驚きました。

その時に「どや!?おいしいやろ?」と声をかけてくださったのが、「ラ・マーサ」の木下オーナーでした。

■思い通りにできず伸び悩んだ時期を経て、小さな店舗でつかんだ仕事の手ごたえ。

木下オーナーは、どんな方ですか?

ラテンのノリですね(笑)。本当に陽気な方で、最初に料理を食べた時、「とってもおいしいです。僕もここで働きたいぐらいです!」と言ったら、「ええよ!」と答えてくださったぐらいです。

そんなやり取りも最初は冗談だと思っていたのですが、数日ほど経ってから「で、いつから来るんや?」とオーナーから電話が。「本気だったんだ!」と驚きましたね。明日にでも来なさいとのお言葉で、新しい仕事を探していた私にとっては願ってもないチャンスです。翌日、喜んでお店に行きました。

最初は、どんな仕事からのスタートでしたか?

はっきり言って右も左も分からないド素人だったわけですが、すぐにオーナーと2人で店を回すことになりました。ちょうど人が抜けたタイミングで、素人だろうが誰だろうが、やらないといけない仕事が山積みでした。

いっぱい失敗もしましたし、分からないことだらけでしたが、とにかくやるしかありません。オーナーには厳しくも丁寧に指導していただきました。実力以上の仕事もどんどん任せてもらえたことが成長のきっかけになったと思います。

木下オーナーのもとで、調理の技術を身につけていったわけですね?

実はそうでもなくて、その頃はまだまだ料理ができないままでした。毎日が目の回る忙しさで余裕なんて全くありません。余裕どころか、オーナーに怒られるだけでなく、お客様にも怒られるようなありさまです。自分で仕事ができると思ったことなんて、ただの1度もありませんでした。

それでも店は好調で、2年目には2号店の店長を任せていただきました。本店に比べて大きな店舗で経験者を集めてオープンしたのですが、店長の仕事は大変でした。私は「ラ・マーサ」の料理しか知らないわけで、スタッフから見ればいろいろと不満もあったのだと思います。

年上のスタッフも多く、不満を上手くケアできないことも多くありました。店長の役割がきちんとできているとは、なかなか言えない状況だったと思います。その間に3号店も立ち上がって、さらには4号店もオープンしました。この4号店に異動したことが、私にとって1つの転機になったと思います。

それは、どんなお店だったのですか?

「フイゴ」という4号店は、カウンター席がメインの小さな店で、カジュアルなスタイルが特徴でした。私ともう1人の社員にアルバイトを加えた人員で、メニューも私が考えるようになったのです。

店が小さいとそれだけ細かな部分にも目配りができるようになり、今までにない手ごたえを感じました。大きな店舗だとバイトの管理などマネジメントが主な仕事になるのですが、「フイゴ」ではお客様の対応に割く時間も十分に持つことができました。

お客様に喜んでいただけるアイデアがあればすぐに実行できましたし、その成果が売上にも反映され、思った通りに売上も伸びていったのです。

スペイン料理 アカ(aca 1°)

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