思い描いたお店を実現するため、自分も料理も変化し続けてきた

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高山 龍浩

◼“好きなこと”を繋ぎ合わせて見出した料理の道

料理の道に進もうと思ったきっかけは何でしょうか?

高山氏:
高校まではずっとテニスをしていて、毎日がテニス一色でしたから近い将来はテニスで大学に行けたらと思っていました。しかし上には上がいるスポーツの世界で、進学して大学に進んでまでテニスをして、自分に何が残るのかと考えた時に、本気で進路を考えるようになりました。

もともと食べることが好きで、姉が料理好きという事もあり、家で食事を手伝ってたりもしました。その頃、『料理の鉄人』という番組が流行っていて。フランスから来たシェフが鉄人と対決する姿に憧れていたり、海外に出てみたい!という気持ちもあったので、いろんな自分の好きを繋ぎ合わせていくうちに料理の道がいいんじゃないかとなり、辻調理師専門学校に進学することにしました。

ご両親はその決断についての反応はいかがでしたか?

高山氏:
反対するということはまったくなかったですね。父は靴職人をしていて、自宅の1階が工場という環境でした。僕は4人兄姉の末っ子なんですが、兄がいたこともあり、父は僕に靴職人を継がせる気がなかったみたいです。ですから僕に対しては好きなことを仕事にしなさいという考え方でしたから、その辺は自由に選択させてくれました。

専門学校でのことをお聞かせください。

高山氏:
まずは1年間調理師免許が取得できるコースに進んで、そこからフランス校で1年間学べる合計2年間のコースを選択しました。ただ、僕の場合はフランス校に行くためのお金を貯める必要があったので、学校にお願いして1年間ブランクをもらいアルバイトをして貯金を貯めてから、フランス校へ進学したので実質3年間での卒業です。

当時から自分でお店を持ちたいという気持ちがあったのでしょうか?

高山氏:
専門学校に通っていたころから、『20代のうちに自分の店を持ちたい』と思っていました。実家が自営業をしていたという影響もあったのかもしれません。根拠のない自信だけがありました(笑)

フランス校はいかがでしたか

高山氏:
フランスの片田舎にある施設で1年間のうち半年間は僕のような学生が一緒の寮で生活をしながら、お客様・サービス・作る人の3班に分かれ、ランチとディナーをこなすという生活をしました。フランス人シェフの先生が次の日に作る料理のデモンストレーションをして、翌日作る担当の人がその料理を再現するという感じです。合間にフランス語の授業もあって、土日は休みだったので食べ歩きやマルシェに出かけ、フランスを満喫できるような半年間でしたね。

料理漬けの毎日なんですね、残り半年間はどんな生活を?

高山氏:
後半はスタージュと言って、生徒それぞれが各地のレストランに配属され、現場で働きながら知識や技術を学ぶというものです。成績優秀な子は三つ星レストランに行けたりしていました。僕はリヨンのホテルレストランに配属され、ここでは技術的な学びはもちろんですが、言葉が通じないなりにも自己主張していくことの大切さや、先輩の技術を見て学ぶ姿勢など、料理人としてのスタンスと精神力が養えたと思います。

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