ひとつの皿に料理人が携われるのはほんの一部でしかない。自然からの恵みを最大限に活かし、料理の「理」を模索し続ける

山の辺料理「比良山荘」
伊藤 剛治

山の辺料理「比良山荘」 伊藤剛治

■あえて露出を控え、大事に育てた名物料理とは。

今や鮎だけでなく、冬の熊鍋が名物ですがどのように誕生したのでしょうか?

伊藤氏:
熊鍋が誕生したのはもう約20年前からなのですが、食材が食材ですので熊鍋はメディア露出に非常に気を遣った部分があり、お客様に受け入れてもらうのに10年かかりました。
昔から熊鍋には頻繁に取材依頼を頂くのですが、最初は全てお断りしていました。なぜなら熊鍋は良さが伝わりにくい難しい食材だと感じていましたし、テレビなどで熊鍋を物珍しさという点だけで紹介されたくなかった。本当に素晴らしい食材だということを、きちんとした形で広げていきたかったのです。
露出を控えたこともあって時間はかかりましたが、美味しいものにはちゃんと力があるので、クチコミでじわじわと広がっていきました。
また、ジビエに対する認知がここ10年でがらりと変わったことも大きいと思います。それまではシカやイノシシ、まして熊の肉を食べるなんて…という感じでしたので。

10年間、熊鍋をやり続けることに不安はありませんでしたか?

伊藤氏:
いつか必ず認めてもられると確信していました。
少しずつではありますが、たしかな反響はありましたので、手ごたえはありましたし、その手応えも毎年大きなものになっていきました。
ですから、毎年熊の時期になると、ブレイクしすぎて熊肉の調達が大変になるかもしれない!と武者震いしていたほどです(笑)
熊鍋においても育ててくださった第一人者のお客様が、しっかり評価して頂き、ついてきてくれたおかげですね。本当にありがたいことです。

山の辺料理「比良山荘」 伊藤剛治

熊鍋を生み出す上での苦労や大変さはありましたか?

伊藤氏:
熊鍋をはじめてからは、熊肉がずっと足りない状態でした。熊は野生の希少種ですから、市場に沢山並んでいる中から「じゃあ、これとこれを」と選んだりできないわけです。
初めはたった一人の熊捕り名人の猟師さんとスタートしたのです。今でこそ多くの猟師さんとのネットワークができ、複数の仕入れ先を確保できるようになりましたが、はじめた当時はその猟師さん一人だけという状況。
流通から新しく開拓したので構築できるまで大変でしたが、生産者さんを開拓して関係を築いてきたことが我々の土台になっていますし、そこをしっかり取り組んできたからこそ「うちにしかないもの。」になっていると思っています。

そして野生の素材は養殖と違って良いものと悪いものの振れ幅が大きいですから、良い素材を見分けることも難しいです。良くない熊を仕入れてしまったら、そこから技術力で美味しいものにしようとしてもどうやっても限界があります。食材が最高であるということはうちの料理において大前提なのです。
ですから、今でこそうち以外でも熊を提供する店がではじめていますが、そこ(食材)はまったく違うんだよ。という自信を持っています。

どのような熊肉が美味しいのでしょうか?

よくお客様に「どの産地の熊が良いの?」とか「雄と雌ならどっちが美味しいの?」などの質問を受けるのですが…熊料理をはじめておよそ20年が経ち、扱った熊も数百頭を超えましたが、その答えはありません。
悪いと言われている時期に、素晴らしい熊に出会えたこともありますし、逆に良いと言われている時期に獲れたもので、全然良くないものもあります。
ただ、飛び抜けていい熊が入ってくるのは天候不順などが続いた、餌が極端に少ない年。厳しい環境下で生き抜いた、賢くて強くたくましい熊です。

沢山の数を見てわかったことは、結局は「個体そのものの良し悪ししかない」んですよね。法則に当てはめたり、ましてやコントロールするなどといったことはできません。彼らは自然そのものなのです。人の寿命程度の長さではそれを掌握することなんて出来るはずもありません。
自然界の育むものは人間の計算や憶測を超えています。僕は恐らく日本で一番熊を見てきた人間だと思いますが、もうこれ以上のものはないだろうと思っていたら、それを超えるものが出てくる。もうないだろうと思っても、まだ出てくる。ですので、分からないですね(笑)

山の辺料理「比良山荘」 伊藤剛治

人間の力である程度、均一に育てられた食材とは全く違う難しさと魅力がありますね。他に料理を作る上で大切にされていることはありますか?

伊藤氏:
こうして毎日、自然の食材に触れて感じることは、料理人ができることは本当に僅かしかないということ。
もちろん料理の部分がしっかりしていることはとても大事ですが、料理としてひとつの皿になるまでに料理人が携われる部分は、実はほんの一部。
例えば鮎料理なら、鮎が生まれて美味しい鮎に育つまでの過程が大切ですし、熊であれば先程の個体差の話もありますが、仕留め方〜解体手際も品質に影響します。仕留めるのもマタギが一撃で仕留めたものと、そうではないものとでは差がでます。
野菜類もしかり、キュウリやトマトの種から実が成るまでも料理の一部と捉えると、極端な話をしてしまえば、そこまでで90%、いや95%。すでにできてしまっているとも言えます。もぎたての新鮮な野菜をかじると美味しいじゃないですか。そういうことです。

生産者さんが実ったキュウリをもいで、最後に料理人の手に渡って切ったり、塩をしたりして調理をしますが、料理人の携わる部分は食材を含めた全体から見ると5%か10%くらい。
素材の味は僕たちが作った訳ではないということをしっかりと意識して、常に謙虚でいるというのが、僕の料理に対する基本姿勢です。

最後にこれからの夢や目標などありますか?

伊藤氏:
比良山荘へは、名刺を頂くと、え!こんな人がというような、いわゆるVIPの方々がご来店されることがあります。
私どもが提供する料理を召し上がられ、僕に質問して頂いたりするんですね。料理や食材、熊などについては僕のほうが詳しかったりしますから、その時は得意気に説明させて頂いたりするんです(笑)
料理人ってすごいなと思っています。僕のような学がない人間が、対等にお話させて頂いてるわけですから。

辺鄙な場所にある、素朴なお店である比良山荘ですが、お客様にもっと喜んで頂ける事をしていきたい…。
今は比良山荘をさらに進化させるべく、別棟を建築中です。
今以上に沢山の方に来て頂きたいとか、キャパを増やしたいという気持ちはないのですが、僕の代でもう一歩前に進んでおきたい。それが三代目として受け継いだ僕の仕上げの仕事ではないかと思っています。

祖父の代から受け継いだこの店の形はシンボルとして残しつつ、別棟にはワインセラー用の酒蔵を建てるなどの新しい計画を色々と進めています。今年秋には完成予定ですので、楽しみにしてほしいですね。

(聞き手:市原 孝志、文:池側 恵子、写真:岡 隆司)

山の辺料理「比良山荘」 内観

山の辺料理「比良山荘」 外観

山の辺料理「比良山荘」

お問い合わせ
077-599-2058
アクセス
滋賀県大津市葛川坊村町94
JR堅田駅よりタクシーで30分
駐車場:あり
営業時間
ランチ11:30-14:00
ディナー17:00-19:00 
※宿泊も可能
定休日
火曜(祝日の場合は営業)