独立を目指すことだけがシェフの最終目標ではない

Château de Courban & SPA NUXE (シャトー・ド・クルバン&スパ・ニュクス)
木下 隆志

◼教師の両親を持つ東京育ちのシェフ。13歳で食の世界に目覚める

ご自身の幼少期や料理人として働き始めたきっかけについてお話をお聞かせください。

木下氏:
料理人となったきっかけは、13歳の時。その頃から日本では魚を食べる文化というのはとても重要だと思っていましたので、魚屋になりたいと思っていました。2、3年間毎朝5時に起きて、学校に行く前に地元の魚屋さんで見習いをしていました。時には夜の2時に起きてでも東京築地魚市場に行き、そのまま学校の授業が終わった後も魚屋で研修するなどもしておりました。そこで、良質な素材とそれを扱う技術を学ぶことができました。

数学教師の母と国語教師の父の元で育った私にとって、料理人としての資質が芽生えたのはこの頃です。 両親は当初私が料理の道へ進むことを反対し、教師になることを望んでいましたが、首席で卒業することを条件に調理師学校への進学を許してくれました。

調理師学校もきちんと自分の目で見て自分の頭で考えて判断し、当時最新の設備を備えていた織田学園に入学することを決意しました。当時、日本では故ポール・ボキューズシェフが神様のような存在で、自然とフランス料理を専門にしたいと考えるようになりました。
両親によって課された条件を満たすべく、懸命に勉強に励み1999年に首席で卒業することができました。

日本での修業時代と渡仏前の準備についてお聞かせください。

木下氏:
キャリア構築においては、「ビストロ備前」安達実シェフとの出会いが私の料理人人生を決定づけた最も大事な出会いでした。日本でのキャリアのスタート、そしてフランスでの修業先を紹介してくださった、師匠にして恩人です。
渡仏前は料理のスキルアップとフランス語の上達の両方をバランス良く伸ばすことを心掛けました、また、安達シェフからパリではなく地方の日本人のコミュニティが無い場所で修業した方がいいとアドバイスを頂きました。

◼渡仏後、星獲得に至るまでの過程

フランスではどのような修業時代を過ごされましたか。

木下氏:
2002年に渡仏し、安達シェフのご紹介頂いたディジョン(Dijon)市のビューシェフの元で修業を始めました。半年間の研修の予定が、最終的には8年間にも及んだ「ル・プレ・オ・クレール(Le Pré aux Clercs)」での仕事を通じてフランスのガストロノミーの神髄を習得しました。そしてそこから、新たな環境で新しい技術を身に着け、自分を成長させたいという思いから、旅に出ることにしました。

多くの国を旅しました。特にベルギーが気に入り、ビューシェフのご紹介で「シャトー・ダッソンヴィル(Château d’Hassonville)」で11ヶ月仕事をして、フランスに戻りました。
フランスに戻ってからは、ヴェゾン・ラ・ロメーヌの「ル・ムーラン・ア・ユイール(Le Moulin à Huile)」に就職し、故ロベール・バルドーシェフの元で仕事をさせて頂きました。 その後、リール市の「カジノ・バリエール(Casino Barrière)」で11ヶ月ほど働いた後、かつての私の仕事ぶりを評価してくださっていたバルドーシェフから再びお声がけ頂き、共に働かせて頂きました。

木下さんに総料理長就任を依頼したこの「シャトー・ド・クルバン」とその経営者のご家族の歴史をお聞かせください。

木下氏:
1998年に現オーナーのヴァンデンドリッシュ兄弟の父、ピエール・ヴァンデンドリッシュ氏が、フランス革命時に破壊された「シャトー・ド・クルバン」を見つけ、引退後の住まいとして改装し、シャンパーニュ地方とブルゴーニュ地方が接するこの地に移り住みました。

彼は、近隣の狩猟家たちに食事や寝床を提供したり、友人の娘の結婚式を挙げるための中庭を造るなど、改装を進めました。後に、2人の息子たちがこの「冒険」に参画することで、結果として「シャトー・ド・クルバン」がピエール氏の引退後の住処となることはなく、さらに発展を続けました。今では、わずか169人しか住民のいないクルバン村に、30人ほどの雇用を創出する場となっています。

2015年に就任することとなった「シャトー・ド・クルバン」総料理長という立場、そこに伴うプレッシャーがあったのではないですか。

木下氏:
「シャトー・ド・クルバン」現オーナーのヴァンデンドリッシュ兄弟がメインダイニングの料理の質を向上させるためにシェフを探していた折に、運よく知り合うことができ、総料理長に就任することになりました。

初めてこのクルバンの地を訪問した時に、既にこの土地に魅了されていました。あまりに辺鄙な場所で驚きましたが、ここをたくさんのお客様を呼べるような場所にしたい、と挑戦の気持ちが湧いてきました。そして何よりもディジョンに来て以来、ブルゴーニュという土地が大好きなことも背中を押しました。
それ以来、オーナーと同じ経営目線で取り組んできました。他の店を経営する料理人仲間のオーナーシェフから「雇われシェフは気楽でいいね。」とたまに冗談交じりで言われますが、実際のところはどうでしょうか?雇われシェフは目標達成が至上命題となります。つまり、雇われは雇われで結果を出さないと辞めさせられるという意味では、オーナーシェフとは別の悩みやプレッシャーがあると思っています。
例えば、私の勤務先の場合は、ホテルが主体なので、客室が25室埋まったら、たとえどんなに人手不足でもレストランは50席受け入れなければならないという制約があり、苦労は絶えません。

クルバンに来たばかりの2015年春、オーナーとの話し合いで、「今のままではミシュランの星獲得は無理です。」と率直に伝えました。総料理長就任当初から、料理の改善に向けて忌憚なく意見を述べていました。全くゼロから作り上げる必要があったからです。オーナーは寛大な姿勢で、私の意見に耳を傾けてくれました。
2年半の間、改善に次ぐ改善で取り組んできましたが、2015年にミシュラン調査員が来てからというもの、2016年は一度も来なかったので焦っていたこともありました。後になってこの地方には18ヶ月に一度しか来ないということを知って愕然としました。

18ヶ月に一度!不利な状況の中で、どのように星の獲得を実現したのでしょうか。また、星を獲得して、変わったことなどはありますか?

木下氏:
それでも心折れることなく、一つ星の取得という明確な目標を設定し、協力者としてオーナーと良好なパートナーシップを組んで、チーム一丸で頑張りました。2017年ゴーミヨによる「若き才能」に選出されるなど少しずつ成果を出し、ついに今年、星獲得という結果に結びついたと考えています。
チームで行ってきた努力は、レストランだけでなくホテルそのもののグレードを向上させるなど、施設全体としてのレベルアップを図ることなども含まれていたんですよ。
このコート・ドール県シャティヨン地域では初めての星付きレストラン誕生なのでインパクトは大きいようです。新規顧客の取り込みにも既に効果が現れてきているようですし、カルトブランシュ(シェフのおまかせコース)でもお客様が任せてくれるようになったことは嬉しいです。

Château de Courban & SPA NUXE (シャトー・ド・クルバン&スパ・ニュクス)

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アクセス
7, Rue du Lavoir 21520 Courban - France
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19 :00-21 :30(毎日) 日曜のみ昼(12:30-13 :30)も営業
定休日
年中無休