正統のアラン・デュカス、前衛のピエール・ガニェール。2人の巨匠から学んだ料理エッセンスが織りなすコンテンポラリーフレンチ

Pierre(ピエール)
大久保 晋

Pierre(ピエール)大久保晋

■実力者ぞろいのキッチンスタッフの中で、ソース部門のシェフドパルティを任される。

すごいメンバーというのは、どういった方々ですか?

大久保氏:
フランス料理のキッチンには総責任者であるシェフ(総料理長)の下に、ス―シェフ(副料理長)がいます。さらにその下に、ソース場、肉場など各パートの責任者であるシェフ・ド・パルティというポジションがあるのですが、「アラン・デュカス東京」の場合は、シェフ・ド・パルティを統括するメイン・シェフ・ド・パルティのポジションが設けられていました。そのポジションに立つ人でさえ、普通なら銀座の高級レストランで十分にシェフを任されるぐらいの実力者が仕事をしていました。

当時の私にとっては「このレベルの人でさえ、メイン・シェフ・ド・パルティなのか!」という感覚でした。シェフはもちろん、フランス人と日本人の2人のスーシェフは、想像もつかないぐらいの方々なわけです。そういうレベルの人たちばかりの職場なだけに、仕事へのモチベーションはどんどんわいてきました。というよりも、必死にならざるを得ないような環境だったと言えます。下手な仕事をするわけにはいきません。自分の落ち度で周りの料理人の方々に迷惑をかけるわけにはいかない。そんな緊張感がある環境で、ソース部門のシェフ・ド・パルティを任せてもらっていました。

そうそうたるスタッフの中で、フランス料理で重要なソースの担当とはすごいですね。

大久保氏:
やりがいある仕事でしたが、先ほども言ったように本人としては毎日が必死です。
例えば、私が休みの日はメイン・シェフ・ド・パルティが代役を務めてくださるわけですが、できる限り負担にならないようしっかりと準備を整えなければいけないと思っていました。

万が一、自分が用意したソースに何か問題があれば、代役をお願いしている方に大きな迷惑をかけてしまいます。その方が業界でも有名な実力者なわけですから、本当に下手なことはできません。プレッシャーはハンパなかったですね。

当時の店は大盛況でした。大変なのはソースの準備です。なぜなら、デュカスの店ではとてもクラシカルなソースの作り方を採用しいて、作り置きというのが絶対にできなかったからです。ソースを作る鍋も大きなものでは、本当においしい味を作れませんから、小さな鍋で調理していく大変さがありました。朝仕込んだソースが昼の営業ですっかりなくなってしまうことも決して珍しくありません。それに加えて翌日分のソースも同時進行で仕込みをしていくのが大変で、作り過ぎてもいけませんし、調整に苦労したのを覚えています。

ソース作りのおもしろさは、どんな点にあるとお考えですか?

大久保氏:
たとえ同じデュカスのレシピであっても、作り手によって味が全く変わってしまうのがソースです。なぜだろう?と自分でも不思議なぐらい変わってしまうものなんですね。それだけに、やりがいもあります。自分が作るソースには自信がありましたし、自信がなければシェフにも納得してもらえません。その日によって微妙に違う味の一番いいポイントを探し出していくのですが、そこに技術があります。味のブレをいかに少なくできるかは、経験がなければコントロールできません。いかにして一定のクオリティを常に出せるかが、料理人としての腕の見せどころだと思います。

その技術を支える感覚を磨けたのが、当時の経験だと思います。液体である素材をどれだけ煮詰めれば、その日の最高のポイントになるのかは、色や香りなどの情報から判断するしかありません。言葉では表現できない感覚が分かるようになったことは、とても大きな進歩でした。

Pierre(ピエール)大久保晋

■天才的シェフ、ピエール・ガニェールの料理とは?

プロフィールによるとピエール・ガニェール氏の店でも経験をお持ちだとか。

大久保氏:
「アラン・デュカス東京」の次に、ピエール・ガニェール(注3)の店で働きました。天才的な料理人と言われるガニェール。どうしてもその料理を学びたかったんです。正統派のデュカスと比較して、ガニェールは「厨房のピカソ」と言われるほど前衛的で、2人はまるで180度違うタイプの料理人と言えるのではないでしょうか。

例えばデュカスは日本に来ても、厨房に入ることはありませんでした。信頼できるシェフに全てを任せ、アドバイスをする程度です。一方のガニェールは、来日すると自ら厨房に入り料理を手掛けます。その姿が迫力満点です。体も大きいのですが、銀髪を振り乱し掻き上げながら、どんどん料理を作っていきます。しかも、手掛ける一皿一皿が毎回違うのですから驚きでした。

注3.ピエール・ガニェール
前衛的と言われるフランスのシェフ。大胆な発想でありながら、繊細な味付けと絵画のように美しい料理から、厨房のピカソとも評される。分子ガストロノミーを取り入れた新しい料理スタイルにも取り組んでいる。

同じオーダーでも、違う料理を作るということですか?

大久保氏:
例えば、1番テーブルから10番テーブルまであったとしたら、ガニェールの料理は全て違います。肉料理のアラカルトがオーダーされた場合、普通なら肉料理1つで済むところが、ガニェールは肉料理だけでなくいくつもの副菜を加えて料理を構成していきます。
ガニェールの料理の特徴は、圧倒的にパーツが多い点。アラカルト料理の中にも前菜があり、魚料理があり、肉料理があるといった具合で、その組み合わせは無限ともいえるほどバリエーション豊かです。

ガニェールが料理をしているのを目の前で見ていても、次々とレシピにない食材を加えていくので、とてもじゃありませんが把握しきれません。ガニェール自身は思いのままに料理をして、「じゃあ、今みたいにやっておいてね」とか言ってお客さまのあいさつに行ってしまうのですが、私たちは何が何だかもうお手上げです。ガニェールがやってくる日は、厨房の中は大変な状況になってしまいます。しかし、出来上がった料理はどれも繊細で芸術的。厨房のピカソと言われるゆえんですね。

ガニェール氏のスタイルは、ご自身向きだと思われますか?

大久保氏:
そう思っています。正統派であるデュカスの料理では、盛り付けの野菜の向き1つをとっても、一切のアレンジが認められません。格式が高く、決められたことを貫く美学があります。

一方のガニェールの料理は自由を大切にしています。同じ料理であっても楽しみ方は1つとは限りません。食べる人に楽しんでもらうことが料理のコンセプトです。だからこそガニェールの料理には、いろんな食材の組み合わせから生まれる新しさと楽しさがあり、食べるたびに発見があります。

私がシェフを務める「Pierre(ピエール)」の料理も、クラシックではなくコンテンポラリー(現代的な)です。関西の食材を使いながら、フランス料理の技法に和の魅力を取り入れたおいしさを提供しています。ガニェールから習った遊び心と、お客さまに料理を楽しんでいただくスタンスは、今の私にとってとても大きな財産です。

もちろん、デュカスの下で学んだことも、ガニェールから学んだことと同様に大きな価値があるものです。ただ、ガニェールの料理を見て、それまでにあった料理に対する壁のようなものが取り払われた体験は大きかったですね。こういう風に表現してもいいんだ、という発見を得られたことは、2人の偉大な料理人の店で働いた経験なくしては語れません。

Pierre(ピエール)内観

■ホテルフレンチのシェフとして、ミシュラン一つ星を獲得。

そしていよいよインターコンチネンタルホテル大阪に招かれ、ミシュラン一つ星を獲得されるわけですね。

大久保氏:
それまでの私は働きたいと思う場所で、幸運にも思い描いた通りに仕事を経験できる機会に恵まれてきました。次を考えた時、ゼロから自分でやっていける場所が自分には必要であると感じたのです。決められたやり方の中よりも、自分が思うようにできる場所で、新しい可能性を見つけていきたいという思い。その希望にピッタリだったのが、新たにオープンするインターコンチネンタルホテル大阪でした。

まずはス―シェフからスタートして、現在はシェフとして料理を提供させていただいています。さらに幸運だったのは、オープンから1年半という期間で、ミシュランの一つ星を獲得できたことです。連絡をいただいた時は、この仕事をつづけてきて本当に良かったと思いました。いろんなことがありましたから、その一言につきます。

ホテルレストランの魅力というのはどういうものがありますでしょうか

大久保氏:
ホテルレストランには、個人店にはない良さがたくさんあります。満足できる素材を調達できること。恵まれた厨房設備の中で、料理作りに専念できる環境。そしてお客さまを最高のサービスでもてなすサービスチームの存在。そのどれもが、個人店では安々とは実現できないものです。店舗の内装にも妥協がなく、機材や食器にしても満足できるものを使わせていただくことができています。

また、「Pierre(ピエール)」ではシェフに大きな権限と裁量が与えられていて、個人店と比べてもそん色がないぐらい自由にメニューを決めることができます。「Pierre(ピエール)」で提供する料理は、すべて私が考えたものです。
だいたい2ヶ月に一度のペースでメニューを変えていますが、食材も調理方法も自由にさせていただいています。一応、ホテルの経営幹部層の方々に試作料理を食べていただき許可を得ますが、特にオーダーというものはありません。その時々の旬の食材を贅沢に使わせていただいています。

Pierre(ピエール)大久保晋とスタッフ

また、キッチンチームとしてハイパフォーマンスを発揮するためには、人材のマネジメントも非常に重要です。私が若いころに経験したように、個人店ではどうしても休みが取れなかったり、長時間労働になってしまいますが、ホテルの場合は就業規則がしっかりとしていて、スタッフたちの働く環境がきちんと整えられています。

今後は一つ星の評価に満足せず、できるだけ早く二つ星以上の評価をいただけるよう、さらにワンランク上をめざしていくのが目標です。経営層をはじめとしたホテルからの期待には、結果で応えていきたいですね。そのために必要なリソースは、すでに十分そろっていると思います。

(聞き手:市原 孝志、文:上田 洋平、写真:松井 泰憲)

Pierre(ピエール)内観

Pierre(ピエール)外観

Pierre(ピエール)

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