本質を押さえつつイノベーションを。新たなカルチャーの創造を目指して

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鳥羽 周作

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■32歳で料理の道へ、料理人としての基礎を築いた修業時代

様々な人生経験を経て32歳で料理人になられたという、異色の経歴をお持ちですが、なぜ料理人になろうと思われたのですか?

鳥羽氏:
サッカー選手をあきらめて先生になりましたが、本当にやりたかったわけではなかったので、どこか悶々とした日々を過ごしていました。それで、父が料理をしていた影響もあってカフェで働き始めたんです。そこで料理を作る中で、もう少し本格的にやってみたいという思いが芽生えて料理の道に行ったら、ハマったという感じですね。

神楽坂のイタリアン「ディリット(DIRITTO)」に入られたんですよね?

鳥羽氏:
高いレベルで料理をやりたいなと思い、知人の紹介でレストランの門を叩いたら、そこが有名店だったんです。そこでシェフ坂内正宏さんの「イズム」みたいなものを体感して、がむしゃらに働き始めました。

どういう「イズム」があったのですか?

鳥羽氏:
お客様が来られてから、オーダーに応えてその場で料理を作るところがすごかったです。野菜も前もって切っておくのではなく、その場でやるんです。無駄がなく、とにかく「おいしい」のためにしか仕事をしないスタンスがすごくプロフェッショナルだなと。それはすごいと感じました。

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でも、3年くらいで次のお店に行かれたんですよね?

鳥羽氏:
それなりに仕事ができるようになった頃に、雑誌で「フロリレージュ(Florilege)」の川手寛康さんの特集を見たんです。同い年でこんなにすごい人がいるんだと感銘を受け「フロリレージュ」に入りたいと思いました。「入りたい」と言っても最初は断られましたが、何度か通ってようやく入れてもらえました。この店で働けることが重要だったので、条件は何でも良いと思っていました。そのくらい入りたかったんです。ただ、実際に入るとお店は本当に忙しくて、何かを学ぶ余裕もなく、毎日その日を暮らしていくのがやっとという状態でした。

振り返ってみて、川手シェフからどんなことを学べたと思いますか?

鳥羽氏:
クリエーションとホスピタリティですね。「フロリレージュ」では、お客様に同じものを二度出さないんです。常に新しい料理を作らなくてはいけなくて、生み出し続ける辛さがありました。そんなに簡単に新しい料理なんて作れませんからね。それを日々こなしていくだけで、かなりの仕事量でした。それでも川手シェフはホスピタリティがすごくて、それとおいしさが共存していました。

それぞれのお店で、大事なことを学ばれたのですね。

鳥羽氏:
「ディリット」では、とにかくおいしいものをどう作るかという料理の本質を、「フロリレージュ」ではそこからの掛け算でいかに新しさに挑戦するかというイノベーションを学びました。この2つの軸で、今の僕と僕の料理はできています。

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料理人を目指すのは、辛いことも多かったと思いますが、辞めずに続けられた理由は何ですか?

鳥羽氏:
僕には、「一流のシェフになる」という先のビジョンがあったからです。例えばサッカーで日本代表になりたいと思っていたら、キツイことがあるからといって中途半端では辞められないじゃないですか。それと同じです。自分がそこで何かを得たというものが掴めるまで、辞めるという選択肢はありませんでしたね。それでも当時は本当に忙しくて辛かったですが、根性で乗り切りました。

やっぱり根がスポーツマンなんですね。

鳥羽氏:
それはあると思います。また、年齢を重ねていた分、それなりに人生経験があったのも大きかったです。サッカーをしていた時代も辛いことは多かったので、それに比べたらだいたいのことは余裕でした。

そこからまた、イタリアンのお店に移られたんですよね?

鳥羽氏:
最初のお店で一緒に働いていた方がシェフとして独立したので、そのお店で働くことになりました。次の店では第一線でやらせてもらえて、自分が作った料理を出せるという条件だったので。試合に出て実践できる場所がほしかったんですよね。

キャリアをステップアップさせたかったということですね。実際にやってみていかがでしたか?

鳥羽氏:
すごく良かったです。自由にやらせてもらえたので、トライ&エラーを繰り返して、自分のインプット量を増やし、何が良いのか悪いのかのデータをとっていきました。料理人として成功するために必要なスキルを身に付ける、まさに実践の場でした。

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■独立して初めての経営、インプット即アウトプットの学習法

その後、今のお店の前身である「グリ(Gris)」に移られたのはなぜですか?

鳥羽氏:
シェフをやれる場所を探していて、そういうお話があったので。

お店を買い取られたんですよね?

鳥羽氏:
最初は、会社員としてシェフをしていたんです。でも、自分でルールを決めたかった。

そこから本格的に経営もやり始めたんですよね?

鳥羽氏:
そうですね。自分でお店をやるなら知らないと無理なので、とにかく勉強しました。収支の関係のような単純な話から、どういうお店にしてどのようにして繁盛させるかという戦略まで。設計する中で必要な知識を、その都度学んでいきました。

具体的にはどのようにして学ばれたのですか?

鳥羽氏:
人に会いに行きました。過去一緒に仕事をした人やお客様など、僕に必要な知識を与えてくれる人たちが周りにいたので、そういうところから情報を得ました。例えばお店のロゴはもともとお店のお客様だった、くまもんのデザインをした水野学さんにお願いしたんです。そこから、水野さんのロゴのクオリティに見合うお店にするために、色々な人に色々なことをお願いしました。
また、自分でお店をやるなら、スタッフにはより良い労働環境で働いてほしいというおもいがありましたので、必要なことを、必要に応じて勉強しました。例えば従業員にお給料を40万円払いたいなら、売上や利益はいくら必要なのか、などということですね。

前職は小学校の先生ということで、経営の話は教育現場とは違った考え方だと思いますが、その辺りに抵抗はなかったですか?

鳥羽氏:
物事の本質をどう突いていくのかを考えていたので、抵抗はなかったですね。広めるためにどうしたら良いかを考えたら、自然とマーケティングを勉強しないといけなくなりますし、自分で思っていることを伝えたいと思ったら、どういう価値を提供していくのかを考えた仕事が必要になる。それを実践していくことで、同じように考えてやっている人が周りに増えます。そうすると、共通言語が増えてきます。例えば、「リテラシー」や「リソース」といった言葉も、数年前は意味がわからなかったですが、今は普通に使っています。環境に慣れてきますし、自分がいる環境に、必然性を持ってやっていると人は集まってくるんです。

生産的な考えをする人たちのいる環境に身を置いて、自分を合わせていった感じなのですね。

鳥羽氏:
分からないことはその都度勉強して、学んだら次の日から使うようにしていました。今日「リソース」という言葉を知ったら、明日からはその言葉を口にするというようにしながら、自分になじませていきました。

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