すべては大きな期待を寄せてくれるお客様のために

奈良 而今
清水 唱二郎

奈良 而今 清水唱二郎

■いよいよ始まった本格的な料理修行

西川さんとは、どのような形で知り合われたのでしょうか?

清水氏:
私が27歳の年の母の日に、母と2人である料理屋さんに行きました。おいしいと評判の店だったのですが、そこで料理長をされていたのが西川さんでした。

料理をいただきながら、西川さんと話をするうちに、近々独立して店を持つとのこと。その時はさほど気にも留めていなかったのですが、ちょうど1年ほど経ったころに、独立された店にうかがう機会がありました。「祇園にしかわ」(※注)は、今でこそ二つ星の店ですが、当時はまだ無名。でも西川さんが作り出す料理はどれもが素晴らしく、心からおいしいと思いました。

その時に、今の自分が置かれた環境について、西川さんに話を聞いていただきました。ずっと下働きばかりで、27歳になっても魚の扱いも任せてもらえず、とにかく仕事を任せてもらえる環境に飢えているんだ、と。

そんな話をしていたら「じゃあ、いつからうちに来る」と西川さんの店に誘っていただけたんです。西川さんのやり方は、今までの店とは全く逆。とにかく何でも任せる方針。経験しなければ身につくものもつかないというのが西川さんの考えでした。

私にとっては、まさに願ったり叶ったりの話です。すぐに今いる店に事情を伝え、後輩に仕事を引き継いで西川さんの店でお世話になることを決めました。

(※注)祇園にしかわ
http://r.goope.jp/gion-nishikawa

いよいよ本格的な料理修行が始まったわけですね。

清水氏:
何でも任せてもらうことを自ら望んだわけですが、それまでの仕事との差の激しさにびっくりしました。当時「にしかわ」ではとにかく何でもやらせてもらえるのですが、失敗すると当然大将に怒られます。「やりかたをまだ教えてもらってないのに」と思っても、そんな言い訳は通用しません。

入ってすぐに、毎日が戦場のような忙しさになりました。仕込みから食材の発注まで、全部私の仕事になりました。しかも、すべてが実践の中で覚えていかないといけませんでした。予約の電話を取るのも、アルバイトのシフト管理も何でもやらせてもらえたのですが、目が回るほど忙しかったですね。

深夜に仕事が終わればそのまま倒れるように眠る日々です。しかも「にしかわ」はオープンからずっと右肩上がりで売上が伸びていて、どんどんお客さんも増えていくので、本当に大変でした。大将はとても社交的で顔が広く、店の経営は順調そのものだったのです。

ずっと店主の西川さんと2人だけだったのですか?

清水氏:
いえ、最初は先輩もいたのですが、あまりにもやり方が僕とは違うので意見が食い違って、ケンカをしてしまい先輩がやめてしまったんです。それからは、私と大将の2人きりで店を切り盛りしました。

一から十まで全部私の責任でやったことは、その後の独立に大きいに役立ちました。それまでは、ろくに包丁を使う仕事も任されなかった私ですが、3年も経つころには何でも一通りできるようになりましたから、チャンスをくださった大将のおかげです。

次の店に行く気持ちもありませんでしたから。やめる時は独立する時だと決めていました。それで、2年後を目安に自分で店を持ちたいという話をして、2年をかけて自分の後釜を育てました。なんとか自分がいなくても店が回せるようになり、いよいよ独立することになったのが、32歳の時です。

奈良 而今 清水唱二郎

■未熟な自分に、大きな期待を寄せてくれるお客様のために

最初から奈良で店を持つことを考えていらっしゃったのでしょうか?

清水氏:
実はそんなつもりはありませんでした。というよりも、2年で独立すると決めたものの、毎日の仕事が忙しくて何の準備もできないまま時間だけが過ぎていきました。

「どうしようか」と思っていた時、奈良の料亭でお世話になった当時の料理長(ミシュラン三つ星の「和やまむら」(※1)の山村信晴さん)から電話がかかってきました。奈良に店を持っていらっしゃるのですが、常連のお客様が新しく商業施設を作られることになり、「和やまむら」の支店を出さないかというお誘いがあったらしいのです。

でも山村さんとしては支店を出すつもりはなく、であれば若い料理人で店を出したがっている人物を知らないか、という話になって私に声をかけてくださいました。「にしかわ」をやめるまで半年ほどの時期で、私にとってこれほどいい話はありません。実際に見せていただいた物件が、この場所です。そうして「而今」をオープンさせることができました。

(※1)和やまむら
http://www15-yamamura.sakura.ne.jp/index.html

素晴らしいタイミングでの運命的な出会いですね。どんな店にしようとお考えでしたか?

清水氏:
最初は、奈良に店を持つつもりがなかったので、上手くやっていけるか本当に不安でした。オープンしたころ、奈良の景気が良かったとは言えませんでした。山村さんのように一流のお店もありますが、それはほんの一部に過ぎず、本格的な懐石料理店の需要がどれほどあるのかわかりませんでした。

ところが、いざオープンして蓋を開けてみると、たくさんのお客様に足を運んでいただけて、瞬く間に予約でいっぱいになりました。「而今」を開店した直後から、奈良の観光需要がどんどん高まっていって、地元で商売をされていらっしゃる方を中心に、お客様が次々と店に来てくださるようになったのです。最初は不安でしたが、奈良に本格的な料理屋があまりなかったことで「而今」も知られることができたのだと思います。いずれにしても、「而今」を気に入って足を運んでくださるお客様には、感謝しかありません。

奈良 而今 カウンター

とても落ちついた雰囲気のお店だけに、内装にもいろいろとこだわりをお持ちなのでは?

清水氏:
そうですね。天井は網代を組んだデザインにしたりして、お客様に楽しんでいただけるようデザイナーさんにお願いしました。お世話になったのは、杉原デザイン事務所(※2)さんです。実は「祇園にしかわ」の内装デザインも手掛けていらっしゃいます。杉原先生には、いろんな店に連れて行っていただきまして、料理がおいしく見える角度や高さなどとても勉強になることを教えていただきました。思い切って杉原先生にお願いして、本当に良かったですね。

店を持つなら妥協をせずに、使うべきお金は惜しまずに使うことを「にしかわ」の大将から学んでいましたから、思い切った投資をしてよかったと思っています。にしかわの大将は、必要だと思ったことには気前よくお金を使う方でした。大きな投資をするほどリターンも大きくなるという考えをお持ちで、攻める時は攻める経営を貫いて、今の店を作ってこられました。そんな大将を見習って、私も思い切った投資をしてみたのです。

この店を作る費用のうち、3分の1は自己資金でまかなったのですが、修行時代からずっと将来のために質素倹約に努め、しっかりと貯えていました。3分の1は国金からお借りし、残りは奈良にある「知事認定」という制度を利用し、なんと無利子で貸していただくことができ、この店が実現しました。

知事認定を得るには事業計画と併せて、経営者である私自身の返済能力が問われたのですが、10年以上にわたってコツコツと自己資金を貯めてきた実績が高く評価されたようです。地道に頑張ってきた成果が、ここでも大いに役立ちました。思っていたよりも多くの資金を調達できたため、このように妥協のない店を持つことができ、本当に満足しています。

(※2)杉原デザイン事務所
http://www.sugiharadesign.jp/

奈良 而今 清水唱二郎

オープンから2年ですが、当時と比べて料理に変化はありましたか?

清水氏:
とにかく何もかもが未熟なままオープンしましたから、比べると「よくこんな料理を出していたな」と思うぐらいです。そこから改善して、今の料理を提供するようになりました。下積み時代も苦労しましたが、独立してからが一番の修業になっています。

開店して一番苦労したのが、食材の仕入れです。ずっと大阪や京都で修業していましたから、奈良のどこに行けば食材が手に入るのかもわからない状態でスタートしました。都会の市場で手に入るものも、こちらではなかなかそろわなくて、仕入れ業者探しにも苦労しました。

中には、大阪や京都の一流店の常連さんで、舌の肥えた美食家の方もいらっしゃいます。有名店に比べれば、私の料理なんて足元にも及びません。それでも足しげく通ってくださるのは、私の今後の伸びしろに期待してくださっているから、とおっしゃってくださるのです。

お客様から言われるのが、「前回よりよくなったね。」というお言葉。まだまだ料理も店も未熟ですがお客様の期待にはしっかりと応えていきたいと思っています。
前回いらっしゃった時よりおいしくない料理を出せば、失望させてしまいます。そんなプレッシャーもありますが、私の成長と料理を毎月の楽しみにしてくださっている方がいてくださる限り、もっともっと努力していきたいと思います。

料理の値段は、オープン当初から変わりましたか?

清水氏:
そのあたりは試行錯誤しながらやっています。最初は「8000円」「1万円」からスタートして次に「1万円」「1万2000円」と2つのコースになりましたが、今は「1万2000円」だけです。というのも、奈良という地域性も考慮し、松竹はあった方がいいだろうと思っていました。

ところが、実際には高いコースばかりが注文されました。どうせならいいコースにしようという方が大半だったのです。
お客様が求めていらっしゃったのは、大阪や京都の店と同じレベルの料理を奈良で味わえることだったんです。単価が高くても、もっとレベルの高い料理にした方がいいという声もいただきました。

それに伴うだけの腕を私自身も磨いていかないといけないのですが、お客様の期待に応え続けることで私も成長していきたいと思っています。

今後について、どんなお店にしていこうとお考えですか?

清水氏:
お客様に驚きを与えるような料理を作っていきたいですね。いまのお店もカウンターだけにして、八寸などの料理を作っている様子は見えない形にしようと思っています。今はお客様の目の前で出来上がりまで目の前でさらけ出しちゃっているので、お料理をお出ししたときの驚きがありません。
八寸などはカウンターの奥から料理を運んできた時に、お客様に驚きや感動を味わってもらえる演出にしていきたいと考えています。

また、若いスタッフの育成にも力を入れていかないといけません。今、ランチの予約は半年以上先まで埋まっていて、ランチのニーズがものすごくあるのに答えることができていません。
いずれはランチだけの店を近くに作って、若いスタッフに任せるのもいいと思っています。あまりにも予約が取れないことは、お客様に対して申し訳がありません。

ランチが忙しすぎると、夜の営業にも影響が出てしまいますから、夜は夜で、今よりも料理の質をさらに高めていきたいと思っています。集中できる営業体制のためにも、ランチ専門の店を作りたいですね。

そして、お客様はいまの而今の料理でも「おいしい」と言ってくださいますが、私自身は今の料理に満足しているわけではありません。やり方しだいで、もっといいものをお客様に味わって頂きたいですね。

(聞き手:市原 孝志、文:上田 洋平、写真:岡 隆司)

奈良 而今 清水唱二郎&スタッフ

奈良 而今 外観

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0742-31-4276
アクセス
奈良県奈良市鍋屋町三
「近鉄 奈良駅」より徒歩4分
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夜の部/18:00~22:30(20:30までにご入店)
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