街場のレストランのシェフが高級ホテルのシェフに転身。料理人の新たなモデルケースを目指す

アジュール フォーティーファイブ(Azure 45)
宮崎 慎太郎

■学生時代のアルバイトで飲食業の厳しさを経験

宮崎さんは元パティシエとのことですが、料理人に転向されたきっかけは?

宮崎氏:
もともとは料理人志望だったんですよ。僕は小学校では野球、中学校や高校ではサッカーに夢中で、初めて料理の仕事を意識したのは、高校時代に卒業後の進路を考え始めたときでした。サッカーのジャーナリストのような仕事をしたいとも思ったのですが、料理人も面白そうだなぁ、と。当時はテレビ番組の「料理の鉄人」が流行っていて、プロの料理人がすごく格好よく見えたんです。結局、悩みに悩んで2年制の調理師専門学校に進学しました。

それまではスポーツ三昧だったので、いきなり料理中心の生活になり、一人暮らしも初めて。毎日がとても新鮮でしたね。ただ、実際はアルバイトに明け暮れて、学校の授業ではほとんど寝ていました(苦笑)。調理実習ではモチベーションをあげて頑張っていましたけどね。

どんなアルバイトをしていたのですか?

宮崎氏:
もちろんレストランです。料理の専門学校に行くならば、そういうものだと思っていましたから。ところが、そこが恐ろしく厳しい職場だったのです。東京の品川駅近くの高層ビルの上階にあった接待に使われるような洋食のレストランなのに、調理場は思い切り体育会系。仕事は皿洗いや雑用だけど、シェフや先輩に毎日怒られて半泣きになるほど厳しかった。

しかも仕事が終わると、シェフと一緒にエレベーターで1階まで降りて、僕だけ駅まで走って、なぜかシェフの切符とスポーツ新聞を買って改札で待つんですよ。それでホームの階段を昇るところを見送りながら、品川駅じゅうに聞こえるくらい大声で「お疲れさまでしたー!!今日も1日、ありがとうございましたー!!」と叫びながら最敬礼。すごいでしょう?(笑)

まさに昔気質の料理人の世界ですね。辞めたいとは思わなかったのですか?

宮崎氏:
ずっとスポーツをやっていたので厳しい上下関係は慣れていたし、そういうものだと思い込んでいたんですよ。そこには半年くらいいて、そのシェフの紹介で銀座のイタリア料理店に移りました。

フランス料理に行きたかったわけではなかったのですね。

宮崎氏:
当時はまだ、やりたい料理ジャンルがはっきり決まっていなかったし、シェフの言うことは「絶対」でしたから。しかし専門学校も2年目ともなるとさすがに状況が見えてきて、先輩に「洋食をやりたいなら、フランス料理を勉強しておいたほうがいいよ」とアドバイスをいただいて。それで自然とフランス料理を勉強したいと思うようになり、アルバイト先を自宅の近所で見つけたフランス料理店に変えさせてもらいました。

それでは、学校卒業後もフランス料理志望だったのですか?

宮崎氏:
卒業前の就職先は、以前お世話になったシェフに紹介してもらった横浜にあるフランス料理店に決まっていました。ところが仕事が始まる1週間前になって、急に横浜の店のシェフが変わることになり、内定を取り消されてしまったんです。引越もすませていたので、本当に困りましたよ。

それで、別の鉄板焼きのお店をすすめてくださったのですが、「できればフランス料理の店を」とお願いしたんです。それでとりあえずという感じで紹介してくれたのが、リニューアル開業したばかりのパティスリーでした。

その方いわく、「ここのパティスリーのシェフはフランスで修行しているし、フランス菓子も勉強になるだろう」と。僕としても興味がないわけではないし、いずれはデザートもつくれるようになりたかったので、行かせていただくことにしました。

■3年間のパティシエ修行を経て、念願のフランス料理店へ

パティシエ修行は、そんな経緯から始まったのですね。

宮崎氏:
最初は数カ月くらいで辞めるつもりでした。飲食店では現場に立つことで早く技術が身に付くとアルバイト時代に痛いくらいに感じていましたし、このままではライバル達にどんどん差をつけられてしまうと焦りましたね。でも、なんとなく辞められない雰囲気で……。

1年が経ったとき思い切って「レストランに戻りたい」とパティスリーのシェフに相談したんです。すると「宮崎、“石の上にも3年”って言うだろう? お菓子の基礎を全部教えるから3年はいなさい」と言われてしまって(苦笑)。それでこのときも悩みに悩んだ末、そこからもう2年働いたんです。

1年と3年では、だいぶ違いますね。製菓の技術もかなり身に付いたのでは?

宮崎氏:
そうですね。実際、その3年間はテレビで紹介されたり、デパートに出店したりと、とても忙しくて、すごく濃い時間を過ごさせていただきました。

3年経って、パティスリーのシェフからは「このまま頑張れば、パティシエとして成功できるぞ」とも言われたんですが、やはり気持ちは変わらなかったので、いったん辞めて友人の店を手伝いながらフランス料理の修行先を探しました。

スタートダッシュが遅れてしまったぶん、旬のシェフの店で働きたいと考え、グルメ本などを参考にしながら気になる店をくまなく食べ歩いていたんです。お金がないからランチ限定ですけどね。

そんななか、東京・表参道で人気だった「アンフォール」の菊地美升シェフが独立するので人を探していると、アルバイト時代の先輩に紹介していただいて。それで面接に行き、西麻布の「ブルギニオン」のオープニングスタッフとして採用されました。

3年ぶりの調理場の仕事はいかがでしたか?

宮崎氏:

もう、ボロボロでした(苦笑)。あまりにもきつくて、最初の3ヵ月はあのままパティシエを続けていたほうが幸せだったんじゃないかと思ったくらいです。

「ブルギニオン」はとても注目度が高く、ほぼ毎日何かしらの取材を受けているような店で、昼・夜ともにいつも満席。常に忙しかったですね。調理場は菊地シェフを含めて5人いたのですが、実力不足の僕が足を引っ張って店のレベルを下げてはいけないというすごいプレッシャーを感じながら全力で働きました。

とくに大変だった思い出はありますか?

宮崎氏:
いろいろありますが、大変でもすごくよかった経験が賄い作りでした。16時の賄いは当番制で前菜とメインを作らなければならなくて、週に2回は担当していたんです。メニューは基本的には当番にお任せなので、仕込みや営業中の仕事に追われながら、いつもフランス料理のレシピ本を参考に、必死で賄いメニューを考えていました。

菊地シェフは食べることが大好きで、きちんとおいしくて、量も十分にないと絶対満足していただけなかったから、本当に気が抜けませんでした。でも結局はそれがフランス料理の基礎が身につくトレーニングとなり、だいぶ早いタイミングで「パティシエ」から「料理人」に戻れたんです。

アジュール フォーティーファイブ(Azure 45)

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