街場のレストランのシェフが高級ホテルのシェフに転身。料理人の新たなモデルケースを目指す

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宮崎 慎太郎

Azure 45(アジュール フォーティーファイブ) 宮崎慎太郎

■尊敬するサービスマンの独立をサポート。満を持してフランスへ

「ブルギニオン」の修行歴は2年でしたよね。当初からその予定だったのですか?

宮崎氏:
「ブルギニオン」の支配人だった岡部一己さんが独立して、東京の麹町に「オーグードゥジュール」をオープンしたのを機に、そちらに移ったんです。僕は岡部さんを未だに世界一のサービスマンだと思っているのですが、お客さまに接するように僕ら調理場の人間にも向き合ってくれるような方で、僕にとっては兄貴分的な存在でした。だから、どうしても彼を手伝いたかったんです。周りからは「何でブルギニオンのようないい店やめるんだ、もったいない」と止められましたが、そこは自分の思いをとおしました。

それほど魅力的なサービスマンと、そうでない人の違いはどこにあるのでしょう?

宮崎氏:
いくらお客さまの前で素晴らしいサービスマンを演じていても、最終的には人間性が出ますから、そこだと思うんですよね。

岡部さんは本当に裏表なく、彼の接客に惹かれたお客さまがたくさんいらっしゃいました。独立のときも、お客さまに出資を募って起業するという新しいシステムの飲食ビジネスにチャレンジされて、当時はかなり話題になりました。そんなことは、お客さまに支持されていた岡部さんだからこそ、できたことなのだと思います。

その後にフランスに行かれていますが、何かきっかけがあったのですか?

宮崎氏:
「オーグードゥジュール」で3年間働いて二番手になったとき、「シェフになるために自分に足りないものは何か?」と考えると、あとはフランスに行くだけだと思ったのです。現地で働いたことがないシェフでは、一緒に働くスタッフに対しても説得力がないかもしれない。それで無理してでも行こうと、渡仏を決意しました。もう29歳でしたし、岡部さんも喜んで送り出してくれました。

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写真提供:アジュール フォーティーファイブ

■パリで感じたミシュランガイドの「星」の重み

フランスでの修業先は決まっていたのですか?

宮崎氏:
自分で現地で探したかったので、とくに決めていませんでした。まずは語学学校の学生ビザを取得して、スタジエ(研修生)として雇ってくれるところを探したんです。おかげで最初の研修先が決まるまで1ヵ月半くらいかかってしまいました。

最初はミシュランガイドを片手に、三つ星レストラン20件くらいに手紙を書いたのですが、3週間くらいたってレスポンスが遅すぎると気づきました。気づくのが遅すぎますよね(苦笑)。このままでは、あと1ヵ月くらいで生活資金が尽きてしまうという現実に直面したとき、今までとは違う自分が出て来たんです。

具体的にはどういうことでしょう?

宮崎氏:
それまでは、多少は経験のある料理人としてのプライドがあったのですが、そんなものは捨てて、パリのシャンゼリゼ通り界隈の三つ星と二つ星のレストランを直接訪ね歩いて門を叩いたんです。正面玄関から入って笑顔で「ボンジュール」って(笑)。

直接訪問なんて、凄いですね。フランス語は話せたのですか?

宮崎氏:
まったくしゃべれないですよ(笑)。履歴書を渡しながら「私はここで働きたい!」というフランス語のメモを見ながら、ひたすら同じフレーズをくり返しただけです。

即座に断られたり、履歴書を置いていくだけで終わったりと、何軒か訪ねるうちに、調理場まで入れてくれて「今日はシェフがいないから明日また連絡するね」と手応えを感じる三つ星の店があったんです。

ところが帰り道に当時は二つ星だった「ローラン」の前を通り、正面の扉は閉まっていたのですが、思い切って電話をかけたら「とりあえず中に入ってこい」と言ってもらえ、シェフに会えたんです。「日本人なら魚ができるな」と言われて即座に「はい!」と答えたら、「よし、明日から来い」と。それでようやく研修先が決まりました。

パリの二つ星レストランでは、思うとおりに働けました?

宮崎氏:
それがやはり言葉がわからなすぎて、仕事らしいことができるようになったのは1ヵ月くらいしてからでした。

「ローラン」は80席くらいの大きな店で、とても忙しかったですね。1階の調理場には15人くらいの料理人とパティシエが3人いて、さらに地下1階には肉などの下処理専用の調理場があり、外国人もたくさん働いていました。トップに立つグランシェフは、営業中は「遅い!」とか「こんな皿では駄目だ!」とかいつも怒鳴っていて、とにかく現場の緊張感がすごかったです。

最初はシェフが怒るたびに全部研修生である僕のせいにされるし、うまくしゃべれないし、なかなかなじめませんでした。ある日、一緒に働いていたフランス人の同僚が、まだ温まっていない魚料理を次のセクションに移そうとしたので注意したら「うるさい、お前はスタジエだろ」と無視されて……。

結局、シェフから大激怒され、僕自身も怒りが爆発してしまったんです。すると今度は周りがびっくりして、気づいたらなだめられながら地下の調理場に連れていかれました(苦笑)。ところが翌日から急にコミュニケーションがとりやすくなって、周りとの距離感が劇的に変わったんです。

はっきりと言いたいことを主張したことで、存在が認められたのでしょうね。

宮崎氏:
外国ではケンカするくらいじゃないと駄目なんですよね。フランス語でうまく話そうとするより、ボディランゲージでも何でも、コミュニケーションをとろうとするほうが大事だと気づきました。

「ローラン」には4ヵ月ほどいて、その後、パリの街場の一つ星や助っ人を頼まれたレストランなど、「ローラン」時代のスタッフから紹介してもらったいろいろなタイプの店で働きました。

半年くらいすると料理の技術的な面では、もう学ぶことはあまりないように感じたので、その後の修行先は星付きにはこだわりませんでした。ただ、フランス食材のおいしさや文化は現地でこそ感じられることなので、できるだけ食べ歩きをしたり、地方へ旅行に行くようにしていました。

ミシュランガイドの星付きの店と、そうでない店の違いで感じることはありました?

宮崎氏:
調理場を含めて店全体の緊張感でしょうね。星のプレッシャーなのか、シェフはいつも本気で怒鳴っていて、とにかく声の大きさのレベルが違っていました。反面、星が関係ないような街場のレストランはゆるい雰囲気でしたし、星を目指していた新しい店では、やはりほどよい緊張感がありました。

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■注目の店でシェフとして活躍。スタッフに伝えたいこと

帰国のタイミングは決めていたのですか?

宮崎氏:
フランスに来て2年が経った頃、「オーグードゥジュール」の岡部さんから「東京の丸の内に新店を出すから、シェフとしてやってみないか」と声をかけていただいたんです。それが2007年4月に開業した新丸ビル5階の「オーグードゥジュール ヌーヴェルエール」でした。

赤レンガの東京駅が目の前、賑わいのある商業施設内でありながら、20席に満たない落ち着いた空間で、基本的にはご予約いただいたお客さまだけをゆっくりと迎えるという恵まれたコンセプトの店でした。

営業は最初から順調だったのですか?

宮崎氏:
おかげさまで、新丸ビル自体がとても活気がある施設だったので、レストランも盛況でした。また、ちょうどミシュランガイドが日本に上陸した初めての年で、早々に一つ星をいただいたんです。すごく驚きました。もちろん嬉しくて、岡部さんやスタッフともども皆で喜んで盛り上がりました。

ミシュランガイドの「星」の獲得によって、店は何か変わりました?

宮崎氏:
やはり僕もスタッフも、一気に緊張感が高まりましたね。星をとれるのは限られた数の店だけですし、注目もされる。プレッシャーもあり、とても責任を感じました。

宮崎さんもパリのレストランのように、調理場では厳しいシェフだったのですか?

宮崎氏:
パリの店ほどではないと思いますが、今なら「即、退場」になるほど、ひどかったかもしれないですね(苦笑)。料理もサービスもすべてに目を配り、気になったことは逐一スタッフに指摘していました。

お客さまから「今日もシェフ、怒ってるね」なんて言われたり、同業者からも「あの店は厳しい」と評判でした。でも、年中無休のレストランで毎日席を埋められる料理やサービスを提供し続けるには、それくらいの緊張感をもっていないと駄目なんです。

シェフとして、スタッフ教育で意識してきたことはありますか?

宮崎氏:
僕は昔から後輩の面倒は見るほうなので、そこは変えないようにしていました。とくに一緒に働いているスタッフが別の店に移ったとき「こいつ、できるな」と思われるようになってほしいという気持ちが強いんですね。

野菜の切り方や魚のおろし方といった料理の技術は、器用とか不器用とか関係なく、誰でも頑張ればいつか身につくもの。それよりも、周りを見ながら自分が何をするべきか、いつも意識して、「気がつく人」、「気が利く人」になってほしい、という話はよくしていましたね。じつは、これはパティシエ修行をしていたときに、シェフからよく言われたことなんですけど。

やはり3年のパティシエ修行から得たものは大きかったのですね。

宮崎氏:
そうですね。製菓技術が身に付いただけでなく、基準のレシピをきちんと守ることが品質を保つためにいかに重要かということや、技術を数値化して考えられることなども、パティシエ経験で身に付いたことだと思います。

それともう一つ、パティシエのシェフから教わり、自分も言わせてもらっているのが、「努力すれば、センスは後でも磨ける」ということ。

僕は本当に不器用で、同じ数のイチゴを使ってケーキをデコレーションすると、先輩との違いは歴然で。情けなくて落ち込んでいる僕に、シェフが「宮崎、今はセンスがなくても大丈夫だ。センスは磨けるから」と言ってくれ、もうその言葉だけを信じて、頑張ってこれたんです。

いいと思うものを真似て、さらに練習を積んで自分のものにする。そうすれば自然と自分のオリジナルができてくる。その教えをずっと覚えていて、今もその話はスタッフによくしています。

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