■これからの日本料理と若手料理人への想い
これまでのキャリアの中で、師匠と呼べるような存在の方はいらっしゃいますか?
佐藤氏:
「吉兆」伊勢丹店の料理長だった倉橋さんでしょうか。自分のことを応援してくださる方でしたし、心強い師匠のような存在の方だと言えると思います。といっても、年賀状のやりとりをして、たまに電話をするくらいですけれど。いまも現役で、日本橋三井タワーに入っている「櫻川」というお店で活躍されています。
今「湖月」はどのように運営されていますか?
佐藤氏:
お店には、カウンターの席数は8席ありますが、カウンターの両端はサービスしづらいので、最大で6人としています。座敷はひとつ。毎日満席の場合は、スタッフが3人必要な規模なのですが、現在は基本的にはひとりでお店を切り盛りしています。夜の営業時間のみ、サービス係としてアルバイトをひとり雇っていますが、スタッフの数が少ないのでお店はあえて満席にしていません。
かつては、料理人の自分と女将さんのほかに、洗い場のおばちゃんとアルバイトふたりがいたので満席にできましたけどね。普段は朝8時から24時くらいまでお店にいます。お店が休みの日曜日もそうですね。お客様が来ない日にも、掃除と包丁研ぎなど、やることはたくさんあります。
年末年始は、常連のお客様にリクエストをいただくのでおせち料理をお作りしているので、大晦日までおせちの仕込みをしています。小さなお店なのでおせちは30個くらいですが、手間暇かかりますからね。正月三が日はお休みして、4日か5日に大掃除して、年初めの営業がスタートします。
今後スタッフを増やしていく予定はありますか? スタッフ教育は手間も時間もかかると思いますが、それについてはどんなことをお考えですか?
佐藤氏:
老舗「吉兆」では、役割別の分業体制やチームプレイ、そしてまわりと一緒になって行う後輩教育の経験もあります。今は少ない人数で「湖月」をやっていますが、スタッフがいる時には、教育について常に考えますね。
私はあまり教えるのがうまくないかもしれないです。質問されたことはきちんと教えますが、手取り足取り教えることはしません。聞いてこないということはつまり、興味がないことなのかなと思ってしまうのでね。先輩がやることをよく見て、そこから学んでほしい、とも思います。
以前、お店にいた若い男性スタッフは、何も質問してこない性格でね。なぜ何も聞いてこないの?と尋ねると、「聞いていいんですか?」って返事がきて。私が仕込みをしている時はちゃんと見ていろよって言っても、技を盗んで勉強するぞっていう気概がないのかな、それとも邪魔しちゃいけないのかなと気を使っていたのかな…食いついてこなかったですね。少人数の仕事場だとやることもその分多いから、それぞれ仕事の持ち場にいると、常時ずっと隣同士で作業するわけにはいかないのですが、もっと前のめりでもいいのにと思いましたね。
では、どんな若手料理人と一緒に働きたいですか?
佐藤氏:
心身ともに健康であること!教育のされ方が世代によって違うから、若手を見ていると、なんでそんなにすぐにへばってしまうの?って思うことも少なくないですが。健康で丈夫ではあってほしいですね。
調理師専門学校で100人生徒がいたら、いま日本料理を志す人は10人しかいないそうです。1割だけ。だれかいい若い子がいたら紹介してほしい、と学校の先生に言っても、生徒がいないのです、ごめんなさいって言われてしまうのでね。若い人に日本料理の魅力が伝わりにくいのかな。残念ですね。
最後に、若い方へのメッセージをお願いします!
佐藤氏:
修業においても、仕事においても、いろいろなやり方がありますよね。大根を煮る方法ひとつとっても、やり方はいっぱいある。本によっても、先輩によっても違うでしょう。同じお店でも教えてくれる人によってやり方が違うこともあります。違うお店に行ったら、前のお店のやり方を違うと怒られたりもするでしょう。
自分のやり方はこうなんだ!とかたくなに思ってしまったり、自分のやり方を否定されて凹んでしまったり、相手にぶつかってしまうのではなく、新しいやり方に合わせることができる柔軟性を大切にしてください。やり方なんて、人と場所が変われば変化するもの。柔らかい考え方が求められます。ひとによってやり方を変えて対応するのも、生き残る術ですから。
そして、ぜひいろんなやり方を全部経験して、全部やってみて、そこから自分で最善のものを選んでみてほしいと思います。たくさんある中から、自分で選び取る力も大切ですよ。料理という厳しい世界では、楽しいことも辛いこともあります。両方を味わって生きてもらえたらと思いますね。自分の人生ですから、ぜひ楽しく!
(聞き手:齋藤理、文:池水みと、写真:刑部友康)
<注釈>
※1『ザ・シェフ』
1985年から1993年まで『週刊漫画ゴラク』に連載された日本の漫画。天才シェフ味沢匠が主人公の料理ヒューマンドラマ。テレビドラマ化もされた。剣名舞原作、加藤唯史作画。
※2「南極料理人」
2009年公開の日本映画。南極大陸で越冬する南極観測隊員のために毎日の食事を用意する海上保安官・南極料理人が主人公。主演は堺雅人。原作は西村淳のエッセイ『面白南極料理人』。