先代の想いを受け継ぐ責任感と、お客様にとってのいつもの味を大切にする使命感

湖月
佐藤 重行

湖月

■料理長としての一途な努力と捨てきれない海外への憧れ

2年間の海外任務を終えて帰国後すぐに「湖月」で働き始めたのですか?

佐藤氏:
シリアでの任期を終えて日本に帰国したのは27歳の時、1997年でした。ちょうど先代主人が亡くなった「湖月」では、店を担うことができる料理人を探している最中で、私の先輩と、先代の奥様である女将さんの弟さんの仲が良かったご縁から、帰国前したらすぐに会ってほしいと声がかかりました。

帰国したらのんびりインドに行きたいな、ヒッピーのようなことをしてみたいなと漠然と思っていたので、ご期待には応えられませんと最初はお断りしたのですが、人がいないのでどうしてもお願いしたいと言われてしまって。断れないまま……今日に至ります(苦笑)。結局、行きたかった旅には行けずじまいです。

突然「湖月」の料理長になったのですね。戸惑いはありませんでしたか?

佐藤氏:
実は、「吉兆」を辞めてシリアに渡航するまでの1年間弱、東京・成城にある知り合いの料理屋で料理長をやっていました。店を辞めてしばらくはフリーター生活をしたかったので、お誘いをいただいた時には、1年も働けないからと一度は断りましたよ。でも、結局はそこでいい経験を積むことができました。その経験がなかったら、「湖月」でいきなり料理長なんて怖くてやれなかったと思います。

料理長は店のすべてを切り盛りしなければなりませんから、一料理人として雇われている立場とでは、担うべき責任も大きく異なります。成城のお店は新規オープン店でさほど忙しくはなかったのですが、仕入れから仕込みから、全部ひとりでやりました。残念ながら私がシリアから帰国する前に、お店はたたまれてしまったようでしたが……。

先代が築いてきたお店の味や常連のお客様、すべてを一緒に引き継ぐことになって苦労も多かったのでは?

佐藤氏:
「湖月」は、もともと先代主人と女将さんがドイツ・ハンブルクで1960年に開いたお店。ハンブルクにあるアルスター湖と、先代の出身地の近くにある琵琶湖から「湖」という文字をいただいて、「湖月」と名付けたと聞いています。1967年からはここ青山に店を構え、先代が亡くなってから1997年に雇われ料理長として私が入り、2012年9月からは私がオーナーシェフとして完全にお店を引き継がせていただきました。

屋号は変わらないままでしたから、最初の頃は、先代のことを知っている常連さんからは、いろいろ言われましたよ(笑)。ただ、味が以前と違うと言われても、先代の料理を食べたこともなく、レシピも何もない。たしかに困りました。

女将さんは京都の人でしたが、私は京都の人間でもなく、京都で修業もしていません。「吉兆」の料理が今の日本料理のベースにはなっているとは思いますが、「吉兆」は大阪の店でしたし、自分の作っている料理は京料理とは言えないと思っていました。ですから、当時は、こういう料理を出してほしいというリクエストを女将さんにもらって、私が作ったものに対してもっとこうだったああだったと指摘してもらって、先代の味を踏襲できるよう変えていきました。

シリアで経験されたことは、「湖月」で活きましたか?

佐藤氏:
シリアに行くまでは創作料理のお店をやってみたいと強く思っていたのに、シリアで日本文化の素晴らしさを再発見したことで、帰国当時の私は伝統的な日本料理に興味が向くようになっていました。湖月で作っていた京風の日本料理は、そんな私の嗜好にとても合っていたと思います。

また、シリアでの生活を通して、万人受けする美味しいものは存在しないことも知りました。自分が受けるだろうと思うものが受けなかったり、ちょっと酸っぱいかな?と思うものが美味しいと言われたり。味覚や感覚のギャップにはかなり驚きましたよ。お客様全員を満足させるつもりで料理を作っていますが、これは嫌いと言われても、あまり傷つかなくなりました(笑)

「湖月」で料理長として約20年。途中で投げ出したくなるようなことはありませんでしたか?

佐藤氏:
「湖月」で働き始めたころは、インドに行ってみたいという気持ちがまだ強かったので、3年ほど働いたら辞めるつもりでした(苦笑)。「湖月」で何年か経った頃に、給料を上げてくれないのであれば辞めたいですと女将さんにお伝えしたこともありました。そうしたらですね、すんなりと給料を上げてくれたので、辞めるに辞められなくなってしまって(笑)。あと10年はがんばらなくちゃいけないのかな、と思いました。

でも次第に、あれ?!辞められないぞと思うようにもなって。自分がここで辞めてしまったら、店に残された人たちが大変だろうな……と思ったことも働き続けている理由のひとつなのかもしれません。

「湖月」料理長としての責任感が強まっていったのですね。外国への好奇心は次第に収まっていったのですか?

佐藤氏:
いやいや(笑)。「湖月」で10数年目かの時にも節目がありましたよ。実は、南極料理人に応募したのです。南極料理人は、備蓄材料を持って1年間南極での滞在生活をするでしょう。楽しそうだとわくわくしました。料理人の公募がスタートしたことをラジオで知って。意気揚々と応募しましたが、落ちてしまった。面接では面接官20人ほどにぐるりと囲まれていろんな質問をされて。落ちた時はあまりにショックで……なぜ落ちたのか、理由を電話で問い合わせたほどでした。たしか応募直後くらいの時期に、南極料理人についての映画がヒットしていたと思います。*2

次の年にも応募しましたが、その時も落ちてしまいました。その次の年は書類審査だけでしたが、また落ちてしまって。諦めきれず、前の年に南極料理人になった人が誰なのか調べたところ、すでに南極料理人として赴任経験がある人が選ばれていたことがわかって。そこで、さすがにもう自分は無理だと諦めがつきました。きっと自分は、なかなか行けない未知の場所に興味があるのだと思います。

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■受け継いだ店への責任感と使命感

南極料理人の夢が断たれてしまったとはいえ、でもこうして「湖月」で日々お客様をお迎えされていて。がんばり続けるための原動力はなんですか?

佐藤氏:
責任感というほど大袈裟でもないですが、「女将さんから店の暖簾を受け継いだのだからしっかりしなくては」という意識は強くあります。「湖月」の味が落ちたという噂が立つのはもってのほか。味がよくなったと言われたい。そのためにも「とりあえず続けること」を大切にしていきたいと思います。

女将さんは京都に隠居されていますが、いまもご健在です。ですから、お店を続けることは私の夢というよりも義務ですね。今は、今後の夢は描いていません。骨休めのためのロングバケーションには憧れますが、まだちょっと先でしょうかね。

2012年には女将さんから「湖月」のオーナーとしてお店を引き継がれて。オーナー兼料理長となって、どんな変化がありましたか?

佐藤氏:
2009年のリーマンショックで景気が悪くなったのと2011年の震災の影響で、女将さんに2012年7月頭にお店を閉めますからと急に言われてね。いや、突然店を閉めるのではなく、お客様にきちんと伝えるためにもあと2カ月間はやりましょうとお伝えして。しかし、7月いっぱいで店を閉めることになりました。それからは連日お客さんも入って、忙しかったですね。

南極料理人になりたい気持ちがあることは、女将さんにすでに伝えていました。でもある日、店を閉めるつもりだったはずの女将さんに、「店の権利を買ってもらえないか」「お店のオーナーになってもらいたい」という話をいただきました。晴天の霹靂でしたね。青山の一等地のお店の金額相場がいくらかもわかりませんでしたが、お金もないですし無理ですとお答えしました。

そうしたら、女将さんが「いくらだったら出せるの?」と。もう休みたいと思っているので結構ですとお答えしても、「お客さんがついているし、継続してやったほうがいい」と言われてしまって。値段はまわりにも相談して、女将さんと双方折り合いをつけて、しばらくしてから私がオーナーになり、今に至るわけなのです。

一番の変化はお金の管理ですね。オーナーになってからは、シビアにお金の面倒をみることになりました。それまでは、食材など原価管理だけを私が担当して、売上管理などその他はすべて女将さんが担当していました。すべての面倒を自分で見るようになってから、お金のかけ方にメリハリをつけるようになったかな。料理自体は変わりませんが、以前よりも原価をかけるようにもなりました。

では、大切にされている「湖月」らしい味とは、どんな味ですか?

佐藤氏:
「湖月」の料理はこうありたいというイメージや思いは長年変わっていません。料理名や食材を聞いても特に驚きはしないけれど、食べてみるとエッ!となるのが目標。お客様がそれを体感してくれているだろうな、という手応えももちろんありますが、押し付けるものではないと思っています。

季節の定番料理は大切にしています。粕汁がある季節に、常連のお客様から「粕汁ある?」とちゃんと期待してもらえることって、とっても嬉しいんです。京料理の定番、かぶら蒸しや壬生菜の鍋を目指して来店してくださる方も多いです。うちの店に年配のお客様が多いのは、「いつもの定番の味」がきちんとあるからでしょうね。「湖月」に来たらこれを食べるぞ!と期待を寄せてくれるお客様が多いことは、喜びです。

来店するたびに異なる献立を出したり、目新しい演出をされるお店には、また別の楽しみ方があると思います。お客様によって理想のお店の姿は違うと思いますし、うちを贔屓にしてくれるお客様についていうと、いろんな冒険をするお店を好まない人が多いと思います。

「湖月」はミシュランにも星付きのお店として掲載されました。客層に変化はありましたか?

佐藤氏:
外国人のお客様が昨年、一昨年あたりから増えてきた実感があります。1割くらいは海外からのお客様です。ミシュランに掲載されて客層が変わったのではなく、外国人観光客の数が増えたことが理由だと思います。口コミの連鎖で来店されているようです。

英語を話せる料理人がカウンターにいて料理の説明をきちんとしてくれる、そしてあまり自分から積極的に話はしませんが、シリアの話なんかをするとお客様が面白がってくれたりしてね。そんな雰囲気も気に入ってもらっているのかもしれないですね。

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