料理はラブ・ストーリーのように情熱的なもの

Ultraviolet by Paul Pairet(ウルトラバイトレット)
Paul Pairet(ポール・ペレ)

Ultraviolet by Paul Pairet(ウルトラバイトレット) Paul Pairet

■ミスがシェフとしての自信を育む

多くのシェフは何十年もかけて成熟していきますが、あなたはとても若いうちに多くを成し遂げています。例えば、1990年代後半にはパリのレストラン「モザイク(Mosaic)」のシェフとなりました。その時、すでに確かな自信を持っていたのですか?

ペレ氏:
私は1998年に「モザイク」でシェフとして働き始めました。34歳の時でした。気持ちは今でも34歳ですがね!
シェフとしてとても大切なことは、今だからこそ言えることですが、自信をつけること、でも決してうぬぼれないことです。自信をつけるというのは、あなたが正しいと思うことを信じることです。これはとても重要です。

「モザイク」で働いていた時、私は完全に自信があったわけではありませんが、自分のやりたいことが明確化していたのだと思います。私もそうでしたが、若い時には沢山間違えていいんです。それが多くのシェフ達への本当のメッセージです。
私はずっと頭の中で「何が好きなのか」「何がやりたいのか」を具体化してきました。若いシェフが最初に持つ店はちょっとやりすぎ…なんて事はよくあることです。必要以上に頑張りすぎてしまうんですね。

もし「モザイク」ではなかったら、どこで失敗から学ぶ機会があったと思いますか?

ペレ氏:
香港の高級レストランで最初に働いていた時代に、いくつか失敗から学ぶ機会がありました。当時とても褒められた事もありましたが、今思うとその頃の私はテクニックにこだわりすぎていました。
当時、アラン・デュカス(Alain Ducasse)も活躍し始めた頃、ロブション(Robuchon)のテクニックに憧れて、色々真似をした結果、テクニックばかりに目がいってしまい、食材を台無しにしてしまっていました。
今思えば、当時のアイディアはとても素晴らしいものがありましたが、洗練されてはいませんでした。そのアイディアはオーストラリアに渡航してから徐々に洗練された形で表現できるようになりました。

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■オーストラリアでアイディアを整理することの必要性を発見

オーストラリアのレストラン批評家である友人の勧めがあって、香港のあと、オーストラリアに渡ったそうですね。

ペレ氏:
はい。オーストラリアでは、とある女性から素晴らしいレッスンを受けました。彼女自身はまさか私にどれぐらいの影響を与えたかなんて、知る由もないでしょうけれど。当時は、彼女が何を言っているのかも正確にはわかっていませんでした。彼女の名前はゲイ・ビルソン(Gay Bilson)といい、オーストラリア料理の象徴のような存在でした。彼女は既に高齢でしたので、私が会うことができたのはとてもラッキーなことでした。

私には私の料理に対するイメージがあり、香港時代の「フレンチ・レストラン」のイメージが残っていました。例えばロブション風にプレートを飾ることなどです。しかしそれは私が創造したものではなく、過去の経験や知識の積み重ねでしかなかったのです。

彼女は「自然とはなにか」を説明し、教えてくれました。「あなたの料理コンセプトのアイディアを持つことはすばらしいですが、それを誰かに伝えないといけないですし、わかりやすくシンプルに伝えないといけない」と。

彼女のレストランはどんな様子でしたか?あなたにどのような影響を与えたのですか?

ペレ氏:
彼女のレストランは、私の最も忘れられないレストランの一つです。店に入ると店内には誰もいませんでした。すべてのテーブルが空いていました。 そこで既に、近代主義であり、必要最低限のシンプルさがうかがえました。

店内はセメントで塗られており、少し空港のような雰囲気を感じました。グラスもなく、カトラリーもなく、何にもない。席に着くと、彼女が必要なものを全て持ってきました。素晴らしい。この体験が私に大きな影響を与えたのは間違いありません。「ウルトラバイオレット」においても、お客様が席に着いたときに、テーブルセットするこの方法を取り入れています。

また彼女は盛り付けの時においても、実に自然でナチュラルな彼女の感覚で盛り付けるのです。
当時は幾何学的な盛り付けが主流で、ロブション氏もそのような料理をつくっていました。
いまでこそ彼女のスタイルは受け入れられていますが、彼女の美学はその時代においてあまりにもモダンで前衛的でした。

この料理の進化が、私に大きく影響を与えました。自分が料理で何を表現したいのかを改めて考えさせられるきっかけとなりましたね。味のコンビネーションを探ることや、新しいテクニックやコンセプトなどを磨き上げる必要もありますが、それ以上に、自分の考えを整理しいかにシンプルに表現できるか、を考えることが大切なんです。

シンプルさを大切にはしていますが、それはミニマリストということではありません。
これからも何度も失敗すると思いますが、私は挑戦し続けます。

あなたの料理に共通していることは、本物志向であるということですね。

ペレ氏:
たしかにそうですね。私はシンプルなものが好きです。何も加えない、何も取り除かない、というのが好きです。私はこの考えを「ウルトラバイオレット」のMenu Cで表現したかったのです。例えば、コース料理の中に海老と海老の殻に見立てたもので構成された皿があります。
海老と海老の殻は見た目はとてもシンプルなのですが、この料理の中では二種類のコントラストを味わうことができます。まず、海老の甘みと海老の殻の酸味(甜菜ベースの飴細工)のコントラスト。それから海老と海老の殻の食感のコントラスト。たった二つの食材で、これだけ深みのある味わいを表現することができるのです。

本質主義はミニマリズムではありません。多くの食材を使うこともできます。しかし私はあまり多くの材料を使わず、複雑な味わいを表現することが好きなのです。

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画像提供:Ultraviolet

◼学生時代と料理の道へ進むと決めたこと

話が変わるのですが、パリでシェフをされる前は、料理学校には行かれたことはあったのでしょうか。

ペレ氏:
両親の希望もあり私は大学に通い、数学に関する勉強をしていました。ですから私は理系のバックグラウンドを持っています。また同時にラテン語とギリシャ語、それに文学も学んでいました。いまではすっかり忘れてしまいましたが(笑)
ですから料理人としてのキャリアのスタートは遅かったです。

入学する段階で、自分が将来何をしたいのかまだ分かっていませんでしたし、どのようなことが求められるかもわかりませんでした。学生生活とは、世界に何が存在するのか学び、仕事として何が出来るのかを考える時期なのだ思います。
当時選択する職業として、私は3つの仕事に興味がありました。一つ目は、スポーツ。興味はありましたが、残念ながらあまり得意ではありませんでした。2つ目は、写真。そして、3つ目は漠然と料理。なんとなく、料理に向いているような気はしていました。
ただ当時はまだ働きたくなかったので、就職ではなく進学の道を選び、3年コースを選択し、化学と物理学が得意だったので、それらを学ぶことにしました。

また親の離婚もあり、自分自身で進路を自由に選択しようと考えていました。その当時、私の夢はスポーツの指導者になることでした。だから、スポーツ指導者のコンペのためにトレーニングを受けようとしていました。
しかし、それをトレーニングを学ぶための入試に落ちてしまいました。団体競技のスコアは良かったのですが、体操と水泳が弱かったのです。私の積み重ねてきたトレーニングは生かされず、ぶざまに落っこちたのです。
水泳では、水の中へジャンプし、水中深く潜り、反対岸まで50m泳ぎそしてプールの中でジャンプし、プールの底まで潜り、最後にフリースタイルに戻る、という試験内容でした。反対岸に着いた時には、私は息切れしてしまい何もかもダメでした。何を間違えたか、私は隣のレーンに入ってしまったのです。
左側にいた対戦相手のぶつかってしまったのです。彼はとても怒っていました。もちろん私はその試験に落ちましたし、彼までも、つまりふたりとも試験に落ちたのです。
もしその試験に受かっていたら、違う人生を歩んでいたかもしれないですね。

では、スポーツを諦めてから、代わりに料理の世界を選んだのですか?

ペレ氏:
幸運なことに、私は滑り止めにホテルスクールを受けていて、彼らは私の願書を受け入れてくれました。入学できることを知るまで、私はひたすらオムレツを作る練習をしていました。なぜなら、そのホテルスクールに行っていた友達がオムレツの実技練習が重要だと教えてくれたのです。つまりスポーツスクールのように入試かコンペか何かあると思って必死になって練習していたんですね。しかしそんなものはなく、ただ学校は願書を受け入れてくれた、ということです(笑)

そして、あなたの話で有名な人参と水との出会いはそこであったんですね。

ペレ氏:
そのホテルスクールで初めて私を指導した先生はとても賢い男性で、私が知っているこれまでの男性の中で、一番賢い人でした。

初めて会った時、彼は人参と水の入ったグラスを3つ用意していました。1つ目のグラスの中の人参は細かく刻んでありました。そのため、水は濃いオレンジ色でした。2つ目の人参は、切ってあり、水は薄いオレンジ色でした。3つ目の人参は、丸ごと入っていて、水は無色でした。
その3つのグラスを使って、彼は液体と固体の変化について長い時間をかけて説明しました。彼は化学をとてもよく理解していて、そこで私は、料理は様々な分野の知識を積み重ね、新しい世界を広げていくのだと確信しました。

学んでいた化学ともリンクし、理解を深めました。今でもなお、それが面白くてたまりません。自分の母に向かって何度も「これはまさに私がやりたかったことなんだ」と言ったことを記憶しています。その時からずっと、私の料理への情熱が冷めたことはありません。

多くのシェフが他のシェフとの出会いについて語りますが、この人物こそ、私の料理への情熱を目覚めさせてくれた人です。20歳の時でした。

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