[New] Foodionでのインタビューが書籍になりました!

料理をするということは、自分の人生を語ること、 自分のストーリーそのもの

Astrance
パスカル・バルボ (Pascal Barbot)

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■シェフではなく、料理人になる。多くのことを学んだ、実り多い学生時代

どんな幼少期を過ごされましたか?

バルボ氏:
私はフランスの中心部、オーヴェルニュ地方のヴィシーの近くの出身なのですが、いつも家では美味しいものを食べていて、お父さんは庭で野菜を作っていたし、私も学校から帰ると農家に牛乳や卵をもらいに行っていました。

地域に密着した暮らしをしていて、木いちごを摘んだり、インゲンをとったり、ウサギや鳩も育てていました。狩りも身近なものでした。いつも、フレッシュで最高に質のいい食材ばかり食べていました。キノコ採りをしたり栗を拾ったりして過ごすことで、季節を肌で感じ、季節というものをちゃんと学ぶことができました。

料理をする上で季節を知るのはとても大切なことだと思います。お母さんはシンプルだけどとても美味しい家庭料理を作っていましたし、私は美味しいものやフレッシュな食材を使った料理が大好きでした。テロワール(terroir 郷土、地方)とその食材を使うということに惹かれたのです。

そのため、私の家族でレストラン業界にいた人は誰もいなかったのですが、料理の道に入ることにしました。この道へ入る者の多くは、世代から世代へ、父から子へ、そういった業界でしたので、珍しいことです。

どのように料理人としてのキャリアをスタートされたのですか?

バルボ氏:
今ほど料理番組などがある時代ではありませんでしたから、レストランというもの自体あまり知らなかったので、まずは学校で学ぶことにしました。14才でも料理を学べるヴィシーのホテル専門学校で4年間学びました。

しかしレストランのシェフになることを目標としたことは一度もありません。私がなりたかったのは、美味しいごはんを作ること。食材を大切にして、いいものを作る料理人です。

どのようなお店で修業しましたか?

バルボ氏:
学校にいる間は、 ヴォルカン・ドーヴェルニュ自然公園内(Parc naturel régional des Volcans d’Auvergne)の小さなレストランで研修しました。そこは自然が豊かでカモシカやモルモットなどの動物が保護されていて、火山があって、地域に密着した料理を出していたんです。コック・オ・ヴァン、クレープ、ブフ・スナッケ、トリュファード、ラ・パシャッドゥ(coq au vin, crêpes, boeuf snacké, truffade, la pachade)など。

ミッシェル・ブラ(Michel Bras)からそう遠くないところです。フランスのちょうど中心にあたる場所で、豚、キャベツ、じゃがいも、ベーコンなど、大衆的な料理を食べる貧しい地域です。観光客とはいってもフランス人が多くて、お金をかけずキャンプを楽しむような、高級ホテルなど一軒もない場所でした。

そこにある、パトロンや奥さんを含め全員で5、6人の小さなレストランで、コック・オ・ヴァン、プリュノーのプンティ(pounti au pruneau)など、クラシックなフランス料理を学ぶことができました。

パリでも「マクシムズ(Maxim’s)」で研修をしました。パリに来たのは初めてでした。そして、ピュイ=ド=ドーム県のクレルモン=フェラン(Clermont Ferrand)にある一つ星レストラン「クラヴェ(CLAVE)」でも研修しました。ミシュランガイドについても、星つきレストランについても何も聞いたことがなかったので、いろいろなスタイルのところで働くことができて良かったです。

14才、16才の頃だったので、人生というものを初めて知る頃で、街、いろんな生き方の違い、会社というもの、仕事など、いろいろなものについて知ることができてとても貴重な経験でした。

16才でいろんなものに出会うことは大切です。大都会ではコーラもパンも牛乳も簡単に買える一方で、田舎では自転車を6キロ漕いで村までパンを買いに行く生活をしている人がいる。そういう生活の違い、生き方の違いは、料理の勉強の一部になりますし、教養の一部でもあります。こういうことも含め全て勉強でしたね。

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■ロンドンでのレストランと、ニューカレドニアでの兵役で広がった世界観

専門学校を卒業してからいまに至るまでのキャリアについて教えてください。

バルボ氏:
専門学校を出てからは、ロンドンでフランス人シェフがいるレストランオープンを手伝いに行きました。お客さんは皆イギリス人。トリュフなどはみな、フランスのランジス市場から運んでいました。

そこは当時日本の会社が経営していて、ヨーロッパで初めて一つ星をとりました。「レ・サヴール(Les Saveurs)」というレストランです。そこのシェフは、ジョエル・アンテュネス(Joel Antunes)。今はアメリカにいて、かつては「トロワグロ(Maison Troigros)」や「ポール・ボキュース(L’auberge du Pont de Collonges – Paul Bocuse)」などにいたシェフです。タイのバンコクにもいたシェフなので、アジアの醤油やナンプラーなどを使っていてとても面白かったです。

その後、兵役をしなければならない期間が1年半か2年ほどあり、ニューカレドニアに駐留する海軍の船の上で料理を作りました。フィジーやトンガなど、たくさん見て回りました。大変な任務だったけれど、本当に興味深い経験でした。

例えば、生魚をレモンとココナッツとニンジンで料理することを学びました。セヴィチに近い、タヒチ風の魚料理とか言われるものです。地面に穴を空けてバナナの葉をしきつめ、火を焚き、石を火に入れて石の上で魚を焼くという伝統的な方法も学びました。とても興味深い技術や、味、フランスにない野菜、バナナの木、バニラの畑、パイナップル畑にも行きました。

その後、私はインドネシアにしばらく滞在し、旅行者としてたくさん旅行しました。日本やニュージーランドにも行きました。たくさん味見をして学びました。

そのあと、パッサール氏(Alain Passard)と5年間「アルページュ(Arpège)」で働きました。93年から98年です。そのあとオーストラリアに2年間行き、シドニーのレストランで働きました。

そして2000年にアストランスをオープンしたのです。

私の経歴を見たら、理解するのは簡単だと思います、専門学校、ロンドン、ニューカレドニア、グランメゾン、オーストラリア、そして「アストランス」です。そんな自身のいきさつもあって、いろんな国の料理からインスピレーションを得るのが好きです。なので、バニラやパイナップルといったものを使うことに私は抵抗がありません。

Astrance

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