自分の力で勝負しないとおもしろくない。和食から中華への転進。独立独歩を行く。

小熊飯店
梅本 恒久

■匠の味に惚れ込み、和食から中華に劇的転進

料理人を目指したいと意識し始めたのはいつごろでしたか?

梅本氏:
小さい頃から、料理を作ることと食べることが大好きで。幼稚園時代には母親の持っていたレシピ本を見ながら料理を作っていました。小学生低学年の時には「料理人になる」と決めていましたね。その夢は、小さい頃からずっと変わることがありませんでした。

料理人としてのキャリアスタートは日本料理で、途中で中華料理に転向されたとのことですが、転機はいつでしたか? 転進されたきっかけを教えてください。

梅本氏:
町田調理師専門学校で日本料理を専攻して、卒業後は京都が本店の「たん熊」で19歳から21歳まで和食料理人として修行をしていました。普段から評判の店を食べ歩きしていたのですが、ある店で出会った中華料理に衝撃を受けてしまって。和食に近い中華とでもいいったらいいのか……でも自分がいた和食の世界では考えられない初めての味でした。とにかく軽やかで、とっても美味しくて。食材の活かし方、油や酢の使い方にも感動しました。

あまりに強烈なインパクトで、初めて食べたその日にこの店で働きたいと決め、シェフに直談判しました。

運命的な出会いがあったのですね! とはいっても、大きな方向転換に迷いはなかったのですか?

梅本氏:
選択に一切迷いはありませんでした。実はすでに19歳の時に「25歳までには必ず独立してお店を持つ」と目標をもっていました。料理の世界では、やっぱり自分の力で勝負しないと面白くないなと。あえて「25歳」に設定したのは、歳を取ると大胆なチャンレジもできなくなるだろうと思ったから。とにかく早くからたくさんの経験を積みたい!と考えていました。

「たん熊」で修行を続けても、一人前になるにはまだ10年、20年かかる長い道のり。惚れ込んだ中華料理人に弟子入りして新しい世界に飛び込み、自分の夢をしっかり掴みたい!そんな強い決意があったのですね。

■中華料理のすべてを叩き込まれた3年半の一対一修行

この後24歳の時にご自身でお店をオープンされますが、中華料理で修行されたのは1店舗のみですか?

梅本氏:
私にとっての中華料理の師は、あの感動の味を作り出したシェフ・王(ワン)さん一人だけです。取材拒否のお店なので店名は伏せますが、都内の中華料理店では3年半修行しました。そこから独立してすぐに自分の店をオープンさせました。

中華料理に開眼させてくれた匠、シェフ・王さんはどんな方でしたか?

梅本氏:
王さんは、上海のフランス租界で育ったとても裕福な中国人でした。料理に感動して弟子入りを志願しましたが、味で受けた印象とシェフ本人のお人柄はリンクしていました。初対面の人には威圧的だと思われるようなところもありましたが、懐に入るとあったかい人でした。競馬の話なんかもする、フランクなところもあって。生き方を語る人でもありました。もう亡くなってしまいましたが……。

私に対しても最初からやさしくはなかったですよ。だから、気に入られようとすごく努力しました。たとえば、マダムからシェフが好きなものを聞き出して、それを買ってきてプレゼントしたり。気の利いた差し入れを持って行ったり。そんなことを積み上げているうちに、料理を教えてやろうという気持ちになってくれたんでしょうね。

だから、最初から教えてくれたわけではなかったんです。最初は「とりあえず来たら」とだけ言われて。実際に店に行くと、「あ、来たんだ」という感じ。お互いに様子をみながらでしたね。皿洗いから始めて、包丁を握らせてもらえるようになって、徐々に難しいことをやらせてもらえるようになりました。働き始めて1カ月ぐらい経ったころには、きちんと信頼関係が築けていたと記憶しています。

かなり濃いマンツーマン指導の毎日だったようですが、修行は厳しかったですか?

梅本氏:
お店に入ると普通はまず「下積み」の期間があると思いますが、私の場合はそれがなかったんです。私が店に入ったころ、王さんはすでに70代。しかもスタッフは私と王さんの2人だけ(笑)。ちょうど私が入る頃に、それまで在籍していたスタッフが辞められたので、入れ替えでした。

お店の客単価はひとり1万円くらい。アラカルトのお店でした。昼から仕込みをやって、夜営業は23、24時までと連日遅かったですね。でも自分の夢がしっかりあったので、辛くはなかったです。中華料理の経験がないのに、入っていきなり即戦力扱いをされたので、毎日大変でしたけれど……。でも、おかげで細かいことまで全て手取り足取り教えてもらうことができました。ほんとに、朝から晩まで王さんと一緒でした。

和食のバックグラウンドで中華に飛び込むと、戸惑うことも多かったと思います。和食はどれくらい通用するものですか?

梅本氏:
日本料理の修行で学んだことで一番役立っているのは、魚の扱い方などの基本ですね。日本料理は中華料理よりも魚の扱いが繊細ですから。「たん熊」で叩き込まれた基本は今でも活きていますよ。

中華は炒め物も難しいですが、フカヒレのような高級食材は一番上の立場の人がやるんです。それがやれるようになるまでには、だいぶ時間がかかったかな。フカヒレや海鼠(なまこ)といった乾物は、お店でしか練習できないですし、失敗が絶対にできない。料理の途中には、何度も王さんにチェックしてもらいました。食材の見極め方も、食材の入手元も、すべて王さんに教えてもらいましたね。

中華料理の基礎からすべてをシェフ・王さんに叩き込んでもらったのですね。今も影響を受けている教えや考え方はありますか?

梅本氏:
一番良かったのは、王さんが「技術よりも先に食べてから学びなさい」という考え方だったことです。それがすごくよかったと思います。

そしてなんといっても、王さんが作ってくれるまかないが素晴らしかったんです。まかないのために1日5品ほど作ってくれました。私が修行していた間の3年半、毎日ずっとそうでした。お店で出しているメニューよりもいい料理だったりして(笑)。お客様には出さないような選りすぐりの食材で作っていました。

好きだったまかないメニューは……うーん、難しいです。選べません(笑)。中華以外もとっても上手でしたから。パスタやパエリアも作ってくれて、そういったものも美味しかったです。

まかないは、マダムとシェフと私の3人、そして皿洗いのアシスタント1人、4人みんなでテーブルを囲んで一緒に食べていました。朝の仕込みをやって、昼営業はやらないので、夜の仕込みと、まかないの仕込みをやって……まかないの準備の方が忙しかったくらいです(笑)。まかないがこんなにすごいってことは、入店するまで知らなかったんですけどね。

小熊飯店

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