地元や家族から得たパーソナリティを料理の原点とし、世界に発信する

HOMMAGE(オマージュ)
荒井 昇

■26歳、勢いのまま地元浅草で開業

日本に戻って来られたのは何歳のときですか?戻ろうと思った理由は何だったのですか?

荒井氏:
「ラ・フニエール」では6ヶ月働いて、その後も違うお店を紹介してもらって、しばらくフランスにいる予定だったんです。でも家庭の事情で帰らなくてはいけなくなって、25歳で帰国しました。

ただ、帰ってきても働きたいと思えるお店がなかったんです。当時は、せっかくフランスに行ったのだから、日本の空気に慣れてしまいたくないという気持ちが強くありました。留学しても戻ると日本ナイズされてしまう人たちをたくさん見ていたので、自分はフランスから帰ってきたそのままのテンションでお店をやりたいと思い、開業を決意しました。築地でバイトをしながらお金を貯めて準備して、26歳のときにオープンさせちゃいましたね。

26歳とは早い独立ですね!フランスでの経験も含め、それまではずっと現場の仕事をされてきていましたが、店をやるとなると、経営や食材管理など、これまでと違う知識やスキルが必要になったと思います。経験があまりない中でお店を始めることに不安はなかったのですか?

荒井氏:
正直そこまで頭が回っていなかったんですよ(笑)。「やりたい」が先で、経営がどうのという難しい話は考えられていませんでした。開業するにあたって作らなければならなかった事業計画書の書き方も、誰に相談すれば良いかもわからず、苦労しましたね。

地元の浅草で開業されたわけですよね。浅草って今でこそ、おしゃれでグローバルなイメージもありますが、当時「浅草でフレンチをする」というのは結構なチャレンジだったと思います。勝算はあったのでしょうか?

荒井氏:
それが、全く何も考えていませんでした…。理由としても、地元だからというそれだけ。だから、最初3年くらいは全くダメでした。本当にヒマでお客様と言えば地元の知り合いが中心でね。

宣伝のしかたもわからないし、日本には師匠と呼べるシェフもいなかったからメディアを紹介してくれるようなコネクションもない。「ただお店をやっている」というだけの状態でした。

当時はレストランはインターネットではなく紙で探すものだったので、何かに載らなければ、地元以外の人に知ってもらう術がなかったんです。

3年ぐらいして、変化が見られたのですか?

荒井氏:
何か大きなきっかけがあったわけではありません。地元のお客様の口コミが、少しずつ少しずつ広がっていき、3年目に日の目を見た感じです。雑誌や料理評論家に噂が広がったようで、テレビの取材を含め露出する機会が一気に増えました。

うまくいかない3年は長かったと思いますが、「これをやっていれば必ず結果は出る」と、信じているものがあったのですか?

荒井氏:
信じていたのは、自分の才能や可能性ですね。結局、自分はできると思い込むしかありませんでした。本当にできるかはわからないけれどお店は始めてしまったし、自分の可能性を自分で拡げていくしかないと思い、日々の仕事に取り組んでいました。

お店に来たお客様からは評価されていたということでしょうね。そこから、噂を呼ぶことができた、一番の要因は何だったと思われますか?

荒井氏:
当時のお客様からは、「圧倒的にコストパフォーマンスが良い」というお声をいただいていました。フランス現地と比べても遜色のない料理を作りたいという気持ちはずっと持っていたので、すごく手は込んでいました。

だから、フレンチを食べ慣れている方からは、「この値段でこんなことをやっているのはすごい」と驚かれていました。

提供していた値段からすると高い食材は使えなかったので、少しでも安いものを探し回りました。そして、それらの食材でいかに美味しく作るか、魅力的に仕上げるかということを常に考えていました。

なるほど。ただ、素材で勝負できないところを手間暇で埋めるということは、料理人としての腕は、かなり磨かれたのではないでしょうか。

荒井氏:
そうですね。年齢も若く、勉強しなければならないことが多かったので、古典料理を自分なりに再現してみたり、新しい技術を試してみたり、お客様を実験台にしていたようなところはありましたね。とにかく、「自分の作りたい料理を作る」というスタンスだけは崩さずにやっていました。

■真のレストランを目指しリニューアル、星獲得へ

2009年の9月に、オープンから9年で現在の場所に移転されたようですが、何か心境の変化があったのですか?

荒井氏:
お店が手狭になっていたこともありますが、自分自身が次のステップに進みたいと思ったのが一番の理由です。ビストロ的な雰囲気から、もう少し「レストラン」の料理にしていきたいという気持ちがあったんです。9年間やってきた中で学べたことも多かったので、その経験をもとに、最初の開業とはまた違う気持ちで再スタートさせたいと思いました。

最初の開業とリニューアルするときで、一番変わったところは何でしたか?

荒井氏:
スタッフに対する考え方ですかね。お客様が増えた後も少人数で店を回していたので、忙しいときにはスタッフにきつい対応をすることもありました。一人で店をやっていた時期もあるので、「別に辞められても何とかなる」くらいに思っていた部分も正直ありましたしね。

でもあるとき、僕が作りたい料理やお店の方向は、僕一人ではできないということに気付いたんです。スタッフを育てなければ、と。

それで、移転に伴いスタッフが増えたこともあり、新しいお店では料理もチームで作るという形に変わっていきました。

一人で何でもできると思っているのと、良いスタッフがいないと良い料理が出せないと思っているのでは、周囲への接し方は、全然違いますよね。

荒井氏:
お店が生き延びていくためには、もっと上のクオリティへの変化を求められていることも感じていました。お任せのオーダーが増えてきたり、それに伴って価格帯も変えたり、食材も良いものを入れるようになったり。

自分のやりたい料理と、お客様の求める方向性が一致して、自然とお店としてクオリティを上げる方向に流れたような気もします。

リニューアルにあたって、何かコンセプトはありましたか?

荒井氏:
ビストロではなくレストランにしたいということと、地元の浅草をひとつの地方として捉え、そのテロワールを料理の中で表現していきたいということを考えました。

でも最初は、前のお店の面影を残しつつスタートして、お客様も結構入っていたので、急には変われなかったんです。単価は変わりましたが、やはりビストロ的な名残はありました。

ところが、2011年の東日本大震災で状況が一変しました。震災直前までは昼も夜も満席続きだったのに、震災後は浅草から人が消えて、本当にお客様が来なくなってしまいました。

そのときに、「このまま今のスタイルを続けていくのか、それとも本当にレストランとしてお店を作っていくのか」という岐路に立たされました。「本当にやりたいのはどちらなのか」と自問自答したときに、数をこなすより、高いクオリティを提供するレストランにしたいという答えが出ました。それで、ミシュランの一つ星を店のみんなで目指すことを決めました。

本当はミシュランの星にこだわっていたわけではなかったのですが、スタッフと共通のゴールを設けないと、ただ頑張ろうと言っても、みんな何に向かって頑張るのかわからないと思ったんですよね。だから「ミシュラン一つ星」というのを目印というか、頑張る目的にできればという気持ちでした。当時はどうすれば獲れるのかも全然わかっていませんでしたけどね(笑)。

お店を真のレストランにするために、具体的にはどのようなことをされたのですか?

荒井氏:
ドレスコードを設け、席数も30から20まで減らしました。実際に、服装がそぐわないお客様の入店はお断りしました。そうした変化に、最初はクレームの電話がかかってくることもありました。元々いらっしゃった地元のお客様の多くは、残念ながら、そうした変化をきっかけに離れていってしまいました。

それでもレストランの在り方を考えました。例えば極端ですが、誕生日や記念日をレストランで祝おうと思って来ている人と、短パンにタンクトップでふらっと来た人が隣り合わせになったとき、どちらを取るのかということです。

限られた席数にどんなお客様を迎え、何を提供していきたいのかを考えたときに、特別な場として使っていただけるお店にしたいと。レストランは、お店としてその選択をしていかなければ、結局ついて欲しいお客様もつかないと気付きました。

地元のお客様からクレームが来たり、変わったなと思われたりするのは、辛くなかったですか?

荒井氏:
それはもう、めっちゃ辛かったですよ!まさに、地元なわけですから。

それで、お客様が入らなくて、お金が回らなくなっていた時期もありました。それでも何とかみんなで頑張って、結果的にはその年に一つ星を獲得したんです。今振り返ると勝負の年でしたが、当時はそんな認識もないくらい、どうしたら良いかわからないまま必死にもがいていました。

だから、夏くらいにミシュランから「ガイドブックの対象になっていますので、取材させてください」と電話をもらったときには、すごく嬉しかったですね。それがなかったら、正直今どうなっているかわかりません。

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