料理は仕事ではなく人生をかけて情熱を傾けるもの。それだけの価値がある

白 Tsukumo
西原 理人

■軽井沢、ニューヨーク、そしてロンドンへ

その後についてもお聞かせください。

西原氏:

10年を区切りにお世話になった「嵐山吉兆」を卒業する決心をしましたが、当初は次の道は何も決まっていませんでした。そんな時、軽井沢で蕎麦の名店にして更に懐石の要素も取り入れたいという方がいらっしゃって、料理長を探しているとのことでした。若い成長株に手伝って欲しいというお話を受けて、華道の先生、そして石井さんが推薦してくださったのが自分でした。

正直修行半ばの僕がいきなり料理長というのは、荷が重いと思いました。でも華道の先生から「できない人に、こうした話は回ってこないの。できる力があるからこそ、声がかかったんよ」とアドバイスをいただきました。一生懸命に背伸びをしたらいい。そうすれば、次の道が拓けるからという教えを受け、軽井沢「東間」に行かせていただく決意をしました。

自分に課した店のコンセプトは、土地の食材を使った蕎麦懐石。軽井沢には海がありませんから、山と川のものを使った料理に統一しました。ところがそれが大変です。「嵐山吉兆」のように極上の京野菜が使えない上、海の魚も使えません。相当悩みましたが、東間ご夫妻のサポートを受けながら、料理長としての役目を務めさせていただきました。

さらに2年後、軽井沢からニューヨークに活躍の場を移されたと聞いています。

西原氏:
軽井沢の東間にいた時、京都の生麩老舗店の社長さんとお付き合いさせていただいていました。もともとは、僕が「生麩(なまふ)」について詳しくなりたいと思って、嵐山吉兆時代に製造現場などを見せていただいた生麩専門店「麩嘉(ふうか)」の社長・小堀周一郎さんです(※2)。

多くの料理人がいる京都でも、生麩の製造現場を見学にきた人間はそうはいないと言って、懇意にして下さいました。

また社長とはラクビーの話で大変盛り上がり、僕は高校の頃、練習量では全国でもトップレベルのラグビー部で3年過ごしたこともあって、その高校を知る社長からとても好意にしていただいたのです。

蕎麦懐石の東間でも、そば粉を使った生麩を一緒に作らせていただくなど、ずっとお世話になりました。

その小堀さんが、本物の日本文化を海外に伝えるため、精進料理の店をニューヨークにオープンするとのことで、僕に白羽の矢を立てて下さりご連絡いただいたのです。
石井さんの顔が横切りました。僕も石井さんのように海外で自分の力を試したいと、二言目に「やらせてください!」と返事しました。「もうちょっと考えてからでもええよ」と言ってくださったのですが、気持ちは抑えられませんでした。

妻と結婚したばかりでしたが一緒にニューヨークへ行いき、立ち上げから参加させていただきました。食材の調達から、メニュー開発、精進料理もそもそも作ったことがなかったので、これもゼロから勉強です。

振り返ればばこの経験が自力をつける経験となったのですが、当時はもう、とてつもなく大変でしたね。観光や遊びに興じることもなかったですし、そういう余裕もまったくなく、次々に発生する課題や問題に向き合うという日々でした。

※2:小堀周一郎
京生麩専門店「麩嘉」7代目。創業は江戸時代後期。京料理に欠かせない食材である生麩を作り続け、老舗料亭との付き合いが深い。2009年には、ニューヨークに精進料理レストラン「嘉日(Kajitsu)」をオープン。2011年にミシュランガイド二つ星を獲得。

中でも一番苦労されたのは、どんなことでしたか?

西原氏:
何もかもが日本とは違い、思うようにできませんでした。英語はできない、現地に仕入れのコネもない、精進料理の経験もないという状況です。ニューヨークでは日本のような野菜はまったく手に入りません。その一方で魚だけは一流のものが手に入るのです。週に何便も日本からの空輸があって、ニューヨークの寿司屋はレベルが高いと言われている理由です。しかし、僕がやるのは精進料理の店ですから魚は使えません。それに日本からの野菜は原則輸入禁止でした。

出汁をひくにしても精進料理は鰹が使えないので大変苦労しました。試行錯誤しながらメニューを考えていくのですがなかなか思うようにいかず、毎日ヘロヘロになっていました。ただ、野菜の扱いに関しては、京都の畑での日々軽井沢での経験が生かせました。軽井沢には高原野菜が多く、洋物の野菜が豊富にあったのです。その時の経験をもとに、ニューヨークで手に入る野菜を上手く使って何とか「嘉日(Kajitsu)」をオープンさせることができました。

経営が軌道に乗るまでは、トライアンドエラーの繰り返しです。いろんな人のアドバイスを聞く中で決めたのが、日本人向けの店にはしないこと。あくまでも現地で評価される店づくりにこだわりました。

アメリカでは、無名シェフの料理には高いお金を払ってもらえません。ましてや精進料理という馴染のないジャンルですから、簡単に上手くいくとは思っていませんでした。

ニューヨークで当時僕のサポートして下さっていた現地在中のコーディネーターさんから「成功する自信はあるのか」と尋ねられて、「成功する自信はありません」と答えました。でも続けて言ったのが「成功するまでやり続ける自信はあります」という言葉。その言葉通りに、石にかじりついてでもやり続ける気持ちでした。

そしてミシュランガイド二つ星店へと成長させたわけですね。

西原氏:
結果的にそうなりましたが、自分としては本当にいろいろと悩んだ時期でした。精進料理というのは、淡味といわれる淡い味を楽しむものです。でも、その味わいというのは本当に淡く、人によっては感じ取れないものでもあります。

私たち日本人なら分かっても、海外の人には分からないかもしれない。そうなると味付けを濃くする必要があるのですが、果たしてそれが正しいことなのかどうか。誰にとっておいしい料理にするのか、料理人ならみんな悩む点だと思います。

僕が出した答えは、自分を基準にすることでした。自分を信じてこそ、自分の料理ができます。もちろんお客様をまったく意識しないというわけではありません。しかし、自分という軸をお客様によって変えるということはしないということを決めました。このスタンスは「白 Tsukumo」でも変わっていません。

ある時、日本からビジネスマンの方が店にいらっしゃいました。日本料理も精進料理も、わざわざニューヨークに来なくても日本でいくらでも味わえます。ところがその方がおっしゃったのが「この店の料理は日本にもどこにもないからね」という言葉です。聞いた時は本当にうれしかったですね。料理人として自分の中に芯を持つことが、どれだけ大切なのかを実感しました。

「嘉日(Kajitsu)」ではどれくらい仕事をされていたのでしょうか?

西原氏:
任期は3年でした。これは最初から決まっていたことで、小堀社長としては「嘉日(Kajitsu)」の料理長は、若い料理人が育つ舞台にしたいという思いがあり、任期を設けていたのです。私の後は素晴らしい料理人の方々が活躍され、今は四代目。熾烈を極めるニューヨークのレストランですが「嘉日(Kajitsu)」はいまも存続しています。

その後の僕はというと、妻と2人でロンドンに行きました。目的はひとつ、石井さんと一緒に働くことです。17年前に交わした何気ない会話「いつかまた一緒に働こうな」この言葉を現実にする為でした。

石井さんは料理だけでなく、イギリスの魚の流通レベルと高めようと、いろんな活動をされていました。遠く離れた漁師さんの処に足繁く通い寝食を共にし、さらにはポルトガルの漁師さんのところまで行って一緒に漁をして、鮮度の高いまま流通できるよう様々なノウハウを教えておられました。活〆(神経締め)の方法が正にそれにあたり「鮮魚の流通に革命を起こすんだ(Fish&Chips revolution)」と頑張っていらっしゃいました。本当にすごい方です。

■奈良に求めた日本料理の源流

そしていよいよご自身の店である「白 Tsukumo」をオープンされます。

西原氏:
最初は東京で独立する気持ちがあったのですが、奈良に来るたびに魅せられて、最終的にこの場所に導かれました。奈良は本当に素晴らしい土地で、これからもずっとここにいたいです。京料理とは違うものを追い続けていきたいと思っています。

日本料理には「先付け」「椀物」「蒸し・焼き・揚げ」といったカテゴリーがありますが、そのようなカテゴリーに囚われずただひたむきに自分の料理を追求していくのが僕のスタイルです。

料理人を目指した頃は、世界一になることが夢でした。でも、料理は上にも横にも広がっていくものです。そう考えると世界一はないということに気づきました。料理はとてつもなく深い世界で、上に登るだけが答えではありません。時には、原点に立ち返ることも必要だと思います。

懐石料理というものは、茶懐石から発展したものです。そして茶懐石の原点は精進料理にあります。日本料理の文化は京都にあり京都が繁栄する前に奈良の繁栄があり、多くの起源が奈良にはあります。そんな神秘性を感じる奈良でいろんなことを感じとって、自分なりの料理で表現していくことがこれからの目標です。

西原さんにとって、料理とはどんなものですか?

西原氏:
幸せを与えてくれた存在です。よく「休日は何をしていますか」と聞かれるのですが、僕にはオンとオフの境界がありません。いつでも仕事のこと、つまりは料理のことを考えています。もちろんそれがいいことだとは言い切れませんが、少なくとも僕にとって料理というのは単なる仕事ではなく、人生をかけて情熱を傾けるものであり、それだけの価値があります。

以前、海外のメディアから取材を受けた時に「夢は何ですか」と質問されました。その時に答えた言葉が「I’m in the dream」。僕は今、すでに夢の中にいるのです。大好きな料理の世界に入って、いろんな出会いに恵まれ、素晴らしい経験をたくさん積んできました。そして今、自分の夢を叶えた場所に立っています。

ニューヨークで「嘉日(Kajitsu)」を立ち上げた際には、毎日疲れ果てて1人では歩けず妻に支えてもらいながら家路につきました。妻にもたくさんの苦労をかけて、1人で泣いている姿を見たのは1度や2度ではありません。それでも料理の道を歩んでこれたのは、この道しかないという思いがあったからです。

目の前の道がどんなに険しくても、どんなに大きな山が立ちふさがっても、僕たちは前に進むしかありませんでした。でも、いろんな苦労を経験したからこそ、大好きな奈良で料理をしているいま苦労を感じることなんて何もありません。僕たちはとても幸せです。そんな幸せをくれたのが、料理だと思います。

(聞き手:市原 孝志、文:上田 洋平、写真:逢坂 憲吾)

白 Tsukumo

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