料理は仕事ではなく人生をかけて情熱を傾けるもの。それだけの価値がある

白 Tsukumo
西原 理人

■憧れつづけた「嵐山吉兆」への入門。そして10年の修行

いよいよ憧れの嵐山吉兆へ就職されたわけですね。

西原氏:
何が何でも「吉兆」に入門する思いで、他には目もくれませんでした。もし採用枠がなかったとしても翌年の採用を待つつもりでしたし、それでもダメなら店の前に座り込んででもお願いする覚悟でした。幸いにも新店ができるタイミングで、従妹から採用があると教えてもらいました。

従妹には採用をどうこうする権限はありませんでしたが「入り方なら教えてやる」と、いろいろとアドバイスしてくれました。三代目の若主人に手紙を書いて、面接をしてくださいとお願いしたのですが、その内容もかなり重たいものだったと思います。「夢も希望もすべて吉兆に捧げます!」という感じですね(笑)。

僕としては、相当な決意を持って面接に伺ったのですが、三代目主人の徳岡邦夫さんはびっくりするほど気さくな方でした。緊張して座敷に上がり、用意いただいた座布団をよけて座ったところ「足を崩して楽にしてね」と。「いえ、そういうわけにはいきません」と答えたら「そんなに固くなられると、話もできなくて困るから遠慮しないで」とおっしゃいました。

それでも僕は緊張していました。あらかじめ質問されることを予想して、答えもしっかりと用意していました。志望動機とか、将来のこととかです。ところが三代目から受けた質問は「食べ物は何が好き?」と、とっさに「ナスです!」と答えたところ、笑って「食材か~」と言われました。

「君はとてもまっすぐな性格だね」と好意的に受け取ってくださったのですが、そこからのお話が非常に魅力的で楽しいものでした。
「じゃあ、ナスをどうやって食べるのが好きなのかな。ナスと言ってもいろいろ食べ方がある。焼くのか、蒸すのか、揚げるのか。ソースや餡をかけて食べるのか。考えることはたくさんある。どのお皿に盛り付けるのか、部屋の設えはどうしようか。料理人は食材のさらにその先のことを考えなくてはいけない。」というお話です。

完全に圧倒されました。時間も忘れて三代目の話に聞き入ってしまいました。
面接の最後には「本当はこの場で言ってはいけないんだけど、君は採用するから。春からはうちで働くつもりでいてね」と言われて、本当にうれしかったです。そうして翌年の3月から「嵐山吉兆」で働かせていただくことになりました。

それから10年をかけて修業されるわけですが、10年でどう成長したと思われますか?

西原氏:
「嵐山吉兆」では、料理以外のことにも重点を置く大切さを学びました。具体的には、茶道、書道、華道などです。修業の始まりは、法被を着てお客様の靴を管理する下足番や庭掃除、店で使う青竹箸などの竹を竹林から切り倒してくる仕事、鍋磨きなどがあります。一言で言えば雑用ですが、仕事はいくらでもあり、休日にも掃除をするため店に出てくるような生活が続きました。

出汁のひき方を教えてもらえるわけでも、魚の捌き方を教えてもらえるわけでもありません。ただ単に「嵐山吉兆」で働けば、一流の料理人になれるという考えは大きな間違いです。

もちろん当時の吉兆といまの吉兆では若手の育成方針は真逆というぐらい違うのですが、そのことに気づかずにいると、いつまで経っても仕事は雑用雑務をさせられるだけ。となってしまいます。

もちろん辞めていく若手もいました。でも、僕はそんな仕事も決して苦にはなりませんでした。手を止めて休む時間も、寝る間もない生活でしたが、むしろそれが喜びだったと思います。

そうこうしているうちに5年ほどが経ち、その頃には後輩もたくさん入っていました。造り場と焼き場も経験させてもらい、吉兆での環境にも慣れ、ちょっとした自信も芽生えていたのだと思います。でも客観的に見れば、まだまだ修行は道半ば。嵐山吉兆の代名詞である八寸や味の要となるような大切な仕事は一切手がけていませんでした。

そんな時期、ある農家さんの畑で、他の日本料理店で修業中の同世代の料理人と会ったことがあります。彼が言うには、自分はそろそろ修業を終えて次のステップにいくところだと。普通にやっていれば、入門から6年で一通りの仕事を経験するのが一般的だと言うのです。

それを聞いた時、5年もやっていて、まだ修業の半分も終わっていない僕は一体何をやって来たんだろうと大きな不安が広がりました。自分はいまだに青竹で箸を作ったりしているのに、そんな状態で満足してしまっている。後輩の前で偉そうな態度を取り、まさに井の中の蛙です。どうしようもないぐらい同世代のライバルたちと差がついていると思うと、体が震えてきました。

ちょっとしたカルチャーショックを受けたわけですね。

西原氏:

後にご説明しますが、石井さんから頂いた一通の手紙で前向きになることができ、心の壁を乗り越えれました。料理を教えてもらえない焦りに対して、どうすればいいのか考えて辿り着いたのが 、自ら出向きその道のプロに学ぶことです。店で魚の捌き方を教えてもらえないなら、魚屋さんに行って教えてもらう。そうして河豚取扱免許を取得しました。野菜の扱いを学びたかったら農家の方に教えて頂く。この行いがNYでの成功に繋がりました。

店の仕事をやりつつ、休日に時間を作って魚屋さんや畑など沢山の所に通い、身につけたい技術・知識を教えて頂きました。一流店で修業をすれば、一流の料理人になれるわけではないということに気づいたのです。

僕の修業時代の話ですから、今は違うかもしれません。むしろ、下の人間が仕事をできていない責任は、指導する上の人間にあると言われるような時代です。きちんと情報の共有があり、人を育てる環境になってきています。しかし、学ぶにおいて、受け身であることと、自らつかみに行くのでは全く違います。

また、私の個人的な経験としてお話しますが「怒られた方が得」という意識で仕事をしていました。ある時、余熱を取らないままご飯にラップをかけておいてあったことがあります。それを見た先輩が僕を呼びつけて「なんてことをするんだ!」と怒られたのです。

それもそのはずで、そんなことをすればご飯がすぐにダメになってしまいます。しかし当時の僕はそんなことも知りませんでした。

でも、ラップをかけたのは僕ではありません。お手伝いの女性がされたことだったのですが、僕は「すみませんでした。以後気をつけます。」とお詫びしました。

してはいけないことだと知らなかったので、僕としては1つ賢くなれたという気持ちだったのですが、その様子を見ていたお手伝いの女性が、後から血相を変えて僕に謝りに来てくださいました。「さっきはすみませんでした」と恐縮した様子でしたが、僕は全然気にしもしませんでした。

すると先輩が僕を見つけて「あれはお前がやったんじゃなかったのか」とびっくりされました。確かに僕ではなかったのですが、大切なことを教えていただけたので嬉しかったです、と答えると「俺はお前みたいなやつを待っていたんだ」と言ってくださったのです。

この方が後々僕の人生に大きな影響を与える石井義典(※1)さんです。

石井さんからは「どんどん怒られていけ、人の失敗も自分のものにするぐらい貪欲に吸収していけばいい」と叱咤激励を頂きました。
職場では「怒られたもの勝ち」なんです。自分の失敗はもちろん、誰かの失敗であっても、大切なのはそこから何を学ぶのか。怒られなければ分からないことも多いわけですから、どれだけ失敗を自分の成長に変えられるかが大切です。そういう姿勢をいろいろと教えて下さった方でした。

料理の世界に限らず、働くすべての人に共通する学びですね。

西原氏:
怒ってくれる人、厳密には叱ってくれる人がいるというのは、本当に幸せなことだと思います。
私が嵐山吉兆に入門した時は、大御主人の湯木貞一氏もご存命で大将の徳岡孝二氏、料理長の石原仁司氏(現”未在”御主人)、若御主人の徳岡邦夫氏を筆頭にそうそうたる先輩方々がおられ一流の仕事をされていました。
叱られながらも一流の方々から放たれる空気感を身をもって体感出来た事は僕の料理人生に置いてかけがえのない財産になりました。

石井さんとはその後もいろんな形でご縁が続きました。石井さんは元々海外で仕事をする目標があって、しばらくすると店を辞めて大使館や領事館で働く公邸料理人になられました。今はロンドンで料理人としてご活躍されています。

つらいことがあったり悩んだりしていた時、海外にいる石井さんに手紙で相談したことがありました。僕から見て石井さんは、世界という大きな海で自由に泳いでいる存在(天然鯛)。一方の自分は、養殖の鯛のように感じていました。情けない自分が嫌になるという思いを伝えたところ、石井さんからはそんなことはないという返事がジュネーブから届きました。世界と言っても岩場に隠れている人間もいて、場所が問題ではないのだと。たとえ今は生けすの中にいたとしても、大海原を目指してもがいているお前の方が俺は好きだぞ、と励ましてくださったんです。

思い返してみれば、「嵐山吉兆」にいた10年間で一度だけ吐いた弱音でしたが、石井さんのアドバイスで吹っ切れることができたと思います。今の自分にできることをしよう。そう思ってからは、自分から何でも学ぶ気持ちになれて、茶道も華道も書道も料理以外のこともどん欲に身につけました。その時に身につけた力というのは、今の自分の店にも大いに生かされています。あの時に他の店に転職していたり、楽な道を選んでいたりしたら、今の自分はなかったと思います。

※1:石井義典
嵐山吉兆にて副料理長を経験した後、スイス・ジュネーブ、アメリカ・ニューヨークにて公邸料理人を歴任。2010年、ロンドンにて懐石レストラン「UMU」総料理長就任 ミシュランガイド二つ星。

白 Tsukumo

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