本当のことは、自分が経験してみないと分からない

ごだん宮ざわ
宮澤 政人
ごだん宮ざわ 宮澤政人

ごだん宮ざわ 宮澤政人

■導かれるまま進んだ料理への道

料理の道に進もうと思ったきっかけは何でしょうか?

宮澤氏:
もともと両親が寿司店を経営していたんです。その影響もあって、小学校の作文では「将来は料理人になりたい」と書いてました。中学校に入ってからは店の手伝いをしていましたし、逆にサラリーマンってどうやったらなれるんだろう?といった感じでした。そのため、自然に高校3年生の進路決定でどこかのお店に入って修業する、ということで決まりました。

料理の専門学校に進もうとは思わず?

宮澤氏:
店の手伝いをずっとしていたので、料理の専門学校に行くという選択肢はありませんでした。親に負担をかけることに気兼ねもあったので、相談もしなかったと思います。高校を出てからの就職先も、父が市場の人から紹介してもらった店で働かせてもらうことになったので、いち早く現場で学びたいという気持ちのほうが強かったです。

ごだん宮ざわ 宮澤政人

お父様はやはり将来的には店を継いで欲しいと?

宮澤氏:
初めはそう思っていなかったみたいです。父に料理の道に進みたいと話をした時に、意外だったのですが「サラリーマンがいいんじゃないか」と言われました。でも、最終的には、「料理の道を目指すなら、まずは皿洗いを3年くらいする覚悟で行きなさい」とお店を探してきてくれたので、僕もその心つもりで入店させてもらいました。

最初に入られたのはどんな感じのお店だったのでしょうか?

宮澤氏:
地元神奈川にある寿司割烹店で、100人くらい入る大きな店でした。10人くらいの料理人が働いていて、中学校を卒業してそのまま入店している料理人が多かったので、僕の先輩には年下もたくさんいました。

入店した当初は父の言っていた「皿洗いを3年くらいはする覚悟」でいたのですが、実家を手伝っていたこともあり、 それなりに包丁が使えたようで色んな持ち場を任せてもらえるようになりました。それはそれでよかったのですが、このままで本当にいいのだろうか?という漠然とした思いがありました。

ごだん宮ざわ 宮澤政人

■恋焦がれた京都で、思わぬ挫折

その漠然とした思いは解決されたんですか?

宮澤氏:
半年くらいたった頃、たまたま京都に行く機会がありました。その時、祇園の町を見た瞬間「なんだここは!僕は京都に来なきゃいけない!」と猛烈に思ったんです。そこからは京都のことで頭がいっぱいになって。すぐにでも京都で修業がしたくて、父に相談したんです。怒られるかなと思ってましたが「行ってみたらいい」と言ってもらえました。そこでお世話になっていた店を1年で退職させてもらい、京都に行く決意をしました。

京都には何か伝手があったんですか?

宮澤氏:
まったくなかったです(笑)。今思えば無謀以外の何物でもないのですが、京都のお料理屋さんにいきなり「僕を雇ってください。何でもします!」と直談判したんです。やる気さえあれば大丈夫だろうと自信もって行ったのですが、対応してくれた女将さんに不審がられ、なんとか店の大将に会わせてもらうことはできました。しかし「お前みたいな横着者、知らんわ!」「普通は誰かに紹介してもうとか、そういった信用が大事。出直せ」と言われました。
一大決心をして気負っていただけに、ショックでした。それで結局、一旦神奈川に帰ることにしたのです。

戻られてからはどうされたんですか?

宮澤氏:
神奈川に戻ってからは、懐石料理のお店で働かせてもらいました。小さな店だったので大将と2人で料理を仕上げるお店でした。その大将が器に詳しい方で、色んなところに連れて行ってくださり、本歌(※1)と言われる物の素晴らしさを学ばせてもらいました。

京都で働くことは諦めていなかったので、行く先々で「僕は京都で働きたいんです」という思いを語りました。ただひたすら京都の空気を感じたくて、深夜バスに乗って毎月京都に通いました。それから2年ほどが経ち、ようやく京都ホテルオークラを紹介してくださる方が現れ、念願の京都での修業を始めることができました。

※1:本歌
器や茶器には、起源または基準となる作品があり、それを本歌という。

ごだん宮ざわ 内装

■料理人として歩む道を照らしたお茶との出会い

やっと念願がかなったわけですね。

宮澤氏:
入店してびっくりしたのが、京都ホテルオークラでは、みんなお茶を習うんです。「なんで男がお茶を習うんだろう?」と初めは思ってましたが、お茶があってお花があっての料理なんですよね。当時は、そういった日本料理の伝統文化を全く理解していませんでした。
ここで学んだお茶の作法や設えといったことが、客人をもてなす心や精神の拠り所として、僕に大きな影響を与えてくれました。そこから茶器や器にも興味を持つようになり、もっとお茶についても深く学びたいと「柿傳」で修業させてもらえることになりました。

「柿傳」では仕事よりもお茶のお稽古が大事とされているんです。たとえ営業日であっても、お茶の習い事がある時は仕事を休んで行くことが許されていました。それほどお茶を重要視されていたんです。
そういった自分の経験もあり、いまうちのお店ではスタッフ全員お茶を学んでもらっています。

そのときで何歳くらいだったんですか?

宮澤氏:
22~23歳くらいです。「柿傳」では常に感動というか、自分が求めているものがありましたから、毎日勉強で仕事が楽しくて仕方なかったです。「柿傳」は茶事の出張懐石料理をお出ししてましたので、行く先々で美術館でしか見られないような本物の茶器や器を扱っていました。本歌と言われるものを実際に目で見て触れることができるという、すばらしい経験をさせてもらい、これだ、自分が求めているはこれだ!という感覚がありました。

これが自分自信の目覚めといいますか、初めは器の勉強ができたらいいな、というところからスタートしたのですが、もう大好きになってしまったんですね。美しいもの、本物に触れていたい。抑えられないほどの衝動がありました。

もうこの世界にはまり込んでしまったんですね、この頃にはご自身で店を持ちたいと?

宮澤氏:
18歳で修業に出る時、30歳には店を持ちたい、という漠然とした目標を持っていました。ただ、具体的どういうお店を持ちたいかのかは分かっていませんでした。
そんな思いが常に頭の中にあった23歳の頃、奈良県にある「温石」というお店に食べに行きました。

そのお店では、当時15,000円位までのコースで、出されるすべてのお料理にさりげなく名器が使われていたのです。それも初めて伺う23歳の若者に対してのもてなしです。道具の扱い方も分からないかも知れないのに…。
大将の心意気と覚悟に胸を打たれ、ようやく望んだお店を見つけたと思いました。「こんなお店が持ちたい」と自分の進む道がカチッと決まった瞬間でした。

この時に感じた思いを基盤に自分自身を造って行こうと思いました。今でもその信念を持って日々精進しています。

ごだん宮ざわ 外観 表札

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