目指すのは究極のおもてなしを叶える「一日一組」の店

まき村
牧村 彰夫

まき村

■目指すべき「日本料理の味」に出会い、料理の研究に邁進

「一日一組」で究極のおもてなしを目指されるほど、料理を突き詰められていらっしゃいますが、そうなったきっかけはなにかありますか?

牧村氏:
正直なところ、自分でも料理をここまで真剣にやるとは、思っていませんでした(笑)。料理が一番変わるきっかけになったのは、平成元年。忘れもしない、ちょうど「まき村」を始めた頃のことでした。赤坂「長谷川」の親方から電話がかかってきて、東京伊勢丹が食堂街を新装して「正月屋吉兆」が出店したから、開店したばかりの今なら京都からの板前がいるはず。料理はいいはずだから食べに行くようにと連絡をくれたのです。

実際に食べに行きました。そうしたら…あまりに美味しくて…お箸を落としてしまったくらいに。とにかく感動しました。鯛の白子椀、胡麻クリーム和え…とにかく全部。こんなに美味しい料理が世の中にあったのか!と思うほどの衝撃でした。女房とは、どんなに一生懸命やっても、自分がどうひっくり返っても、こんなすごい料理は作れないから、もうお店は辞めてしまおうと話したほど。吉兆が自分の店の隣に来たら、うちなんてすぐに潰れてしまうだろうな、とも思いました。

あまりの美味しさに打ちのめされたようでしたが、ご自身のお店は辞めなかったのですよね?

牧村氏:
確かに心底美味しかったです。そして自分が目指すところが見つかった!とも思ったのです。お店を辞めようとまで言っていたのに(笑)、絶対に追いついてやろうと決めたのです。それからは、築地の市場で吉兆の板前さんを見かけると、ずーっと後をつけました。どのお店で何を買っているのか、入ったお店全部で、吉兆さんは今何を買いましたか?と聞いて回りました。出汁昆布も、実際にお店の人に現物を出してもらって、自分の目でも確かめて。魚屋でも何を買っているのか片っ端から聞いて。値段も質も全て段違いでしたが、なんでもいいから盗めるものは盗みたい、そういう気持ちで追いかけていました。

もちろん出版された本はすべて購入して、毎月お店にも食べに行きました。南瓜の煮物でも、これと同じ味をつくってやるぞと意気込んで、徹底的に研究したりね。一番の味になんとしてでも追いつこうと必死になっているうちに、「まき村」の味もどんどん変わっていきました。

当時は「吉兆」を創業した湯木貞一さん(※2)がまだご存命の頃でした。湯木さんが実際にお店にはいなくても、何かピンと張った、緊張感のようなものがありました。ホテル西洋銀座(2013年に閉館)にあった「吉兆」にしても、いつ行っても驚かされるものがあったことをよく憶えています。

※2 湯木貞一(1901-1997)
日本料理の名料亭「吉兆」の創業者。茶懐石など日本文化の見識を料理に取り入れ、日本料理界の地位向上に貢献。松花堂弁当の発明者としても知られる。料理業者として史上初めて文化功労者となった。

牧村彰夫 まき村

■二人三脚の経営から、若い衆を育てるオーナーシェフへ

「たこ入道」時代はご夫婦ふたりでお店をされていましたが、「まき村」になってから、お店の運営や体制に変化はありましたか?

牧村氏:
「まき村」になってから、どうしても若い衆が3、4人必要になりました。私には彼らを育てる責任が生まれる、それと同時に、自分が作りたいと思うものをイメージ通りに作ってもらうことの難しさにも直面しました。当時は30歳頃だったので、若い衆には特に厳しかったと思います。かつては殴ったり蹴ったりも多くて。口より先に手が出ることもしょっちゅう。

今思えば、若い衆に任せることがなかなかできなかったのですね。性格にもよるとは思いますが、やらせると不味くなりそう…とつい思ってしまったり。若い衆が切った刺身を露骨に嫌がるお客様もいるので、信用していないわけではないけれど、自分が触らないといけないと思ってしまうものなのです。でも、任せてやらせないと育たないのも現実です。

若い方々をどうやって採用・育成してきたのですか?

牧村氏:
出身校である服部栄養専門学校から卒業生を毎年紹介してもらっていました。修業の途中で逃げる子もいっぱいいましたよ。「まき村」を始めたばかりの頃は、しっかり若い衆を育てる技量が自分にないことは痛感していたので、若い衆を居させるのは最長6年くらいにしようと思っていました。それくらいの期間であれば、次に入ったお店でまた教えてもらって、あと3年ずつどこか別の親方に教われば、きっと独立するだけの力を蓄えられるかなと。だから、うちを6年で出した時に、いい若い衆を育てたね、って出先で言われるようにはなりたいなと思っていましたよ。実際に目黒雅叙園をはじめ、様々なところに若い衆を出しましたけど、きっちり育てているねとは言ってもらえました。

現在も同様の教育方針ですか?

牧村氏:
今は若い衆が店に3人います。調理師学校も2年制が多いので、いまうちの店に来ている若い衆も、入店時から包丁がある程度使えて、知識も多くて、基本のレベルが上がっているなと思いますね。以前は、中学卒業後で何も知らない子に、まな板の前の立ち方から教えなければならなかったのが、いまはもう店でゼロから教えなくてもよいのですから。

私も、昔よりは若い衆に任せてやらせるようになりましたしね(笑)。自分がまるっきり触っていないものはお客様には出せないと思っているので、最終的には自分が触りますけれども。自分の店を大きくしていきたい志向の人であれば、考え方も違うでしょうけれど、私のようにどんどん店を小さくしていきたいと思っている場合は、結局そうなってしまいます。

まき村

まき村

お問い合わせ
03-3768-6388
アクセス
〒140-0013 東京都品川区南大井3-11-5 MAKIMURA BLD 1F
JR京浜東北線「大森」駅より徒歩12分
京浜急行「大森海岸」駅より徒歩6分
営業時間
月~土 18:00~22:00
定休日
日曜日、祝日の月曜日