目指すのは究極のおもてなしを叶える「一日一組」の店

まき村
牧村 彰夫

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■TVドラマで見た板前のカッコイイ姿に憧れて料理の道へ

料理人を志したきっかけは?

牧村氏:
実家は神奈川県の川崎大師のあたりなのですが、寿司屋をやっていました。代々続くような寿司屋ではなくて、母親が店舗を借りて、寿司職人を雇って切り盛りするような小さな店でした。猫の手も借りたいくらいの忙しさだったので、小学生のころから飯台を洗っていました。勉強するんだったら出前に行けっていつも言われて、店を手伝わされていました。

小さいころから和食は身近にありましたが、料理人になりたいと思った一番のきっかけは、『前略おふくろ様』(※1)というTVドラマでした。萩原健一が演じる主人公が板前で、その職人姿がカッコイイなって。足袋に雪駄に白衣姿。料理が大好きだから料理人を目指したのではなく、ただ単純に見た目の格好良さに憧れただけなので、不純な動機だったと思います。

※1『前略おふくろ様』
1975年から1977年まで日本テレビ系列の金曜劇場で放送された人気ドラマ。東京の下町・深川の料亭を舞台に、萩原健一演じる、照れ屋で臆病で人見知りの青年が、板前の修行をしながら成長していく姿を描いた。倉本聰脚本、萩原健一主演。

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■とにかく自分の店を早く持ちたかった修行時代

料理人としての修行はいつスタートされたのですか?

牧村氏:
高校卒業後、服部栄養専門学校に1年通いました。当時は今の専門学校に比べると実習も少なかったので、調理もあまりやらなくて。1年間の学生生活だけではあまり何も身につかなかったというのが正直なところ。料理人としてのイロハは、お店に入ってからすべて身につけていきました。

最初に入ったお店は?

牧村氏:
19歳の時に、赤坂の料亭「長谷川」に入店しました。親方がびっくりするくらい真面目な方で。万歩計の歩数が毎日同じになるくらいに、きっちりしていて。それまでの自分は相当な不良で、板前姿がカッコイイからという理由で料理人を目指すくらいの奴だったのですが、この親方に感化されて、急に真面目になりました。親方は何も言わない方なのですが、背中を見ていると襟が正されるような、そんな方でした。

毎日朝5時には、誰よりも早く調理場に入って、冷蔵庫の下に魚を隠していました。というのも、仕入れた魚をそのまま冷蔵庫に入れてしまうと、当たり前ですが、先輩たちがやってしまう。冷蔵庫の下に気づかれないように隠しておかなければ、誰よりもたくさんの魚を触って、量をこなして、経験値を上げるなんてことはできなかったのです。これは調理場の先輩に理解のある方がいたので、やらせてもらえたことでした。

すごいですね。貪欲に努力を積み重ねていかれたようですが、「長谷川」での修行はどれくらいの期間続けられたのですか?

牧村氏:
「長谷川」では、雇われ社員というかたちで雇用していただきましたが、8年で店を出ました。追い回しで鍋磨きなど2、3年やって、その後に焼場、揚方…4年目で煮方にはなっていたとは思います。でも、やはり修行期間が長く、10年やっても何もできないのでは、と思うところもあった。焦りもあったのか、とにかく当時は、自分の店をやりたくてしょうがなくて、死に物狂いになっていました。最終的には、8年ほどの修行で「長谷川」を出て、27歳から自分の店を始めました。

まき村

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