■理想の店はシンプルでおいしい立ち食い寿司屋
今後「新ばし しみづ」をどのように進化させたいですか?夢はありますか?
清水氏:
今49歳で、来年50歳になります。僕は結婚していますが、子供がいないので後継はいません。うちの親方も「仕事は弟子が継ぐ」と言っていましたが、「暖簾を継いでも仕事は継げない」というように、店の味も変わって当然だと思っています。
食べていくために仕事をしているから、なかなか許されないのですが、理想はありますよ。できるかどうかわからないので、あくまでも夢ですけどね。
その夢、理想のお店像をぜひ聞かせてください。
清水氏:
銀座の並木通りあたりの入り口に、小さな立ち食い寿司屋をやってみたいですね。気の利いたおつまみも何もなく、一人前3000円くらいのセットを出すスタイルで。飲み物はビールとお茶だけ。そしてあえて冷凍マグロを使ってね。仕事をきっちりすれば、意外に冷凍マグロもいけるんですよ!
出勤前の水商売のお姉さんとかポーターのお兄ちゃんが、車を待っている間にビールちょうだいって立ち寄って、ささっと握ってあげる気さくな感じで。なんでここの寿司は冷凍マグロなのにこんなに美味いんだろうなあ〜って言ってもらってね(笑)。ミシュランの星を獲るとかよりも、そういうのが良い。
なんと粋な立ち食い寿司!それにしても、ミシュランの星を意識したことはまったくないのですか?
清水氏:
ミシュランは高嶺の花の存在だったから、星がつくことには憧れや尊敬の気持ちがありました。『Bacchus(バッカス)』という雑誌でパリの三つ星シェフのジョエル・ロブションを特集していた記事で「人生で最大の喜びは星ひとつ獲ったことです」というロブション氏の言葉を読んで、ミシュランってそれだけすごいんだなと印象に残っていました。
ミシュランが東京に上陸した時にお声がけいただきましたが、さすがにその時には、僕もついにここまできたかと思って感慨深かったです。
そうだったんですね!掲載されれば認知度も上がり、お店としては願ってもないチャンスになりますね。
清水氏:
親孝行もできて、商売的なメリットもあると思いましたが、いろいろと考えた末に、ミシュランに電話して「店をゼロからまた積み上げていきたいのでお断りさせてください」と星を撤回しました。
掲載をお断りされたのはなぜですか?
清水氏:
うちの店のカウンターの(寿司ネタを書いた)文字は、てんぷらの「みかわや」のご主人が書いてくれたものです。ミシュランから連絡をいただいた当時は、そのご主人に「お前たちの世代の飲食店はレストランのガイドブックが情報発信してくれて、媒体もたくさんあって、いいよなあ。俺たちが店をオープンさせた時は半額チケットでも出さないとお客さんが来てくれない時代だったよ」と言われたことが、ずっと引っかかっていて。
ちょうど、僕も商売を一から見直して、また積み上げていかないといけないなあと襟を正すような気持ちでいた時期で。メディア取材も一切お断りしていたんです。それで、ミシュランについても、白紙にしてもらいました。
寿司屋は寿司を握って食べてもらって、お勘定してもらって、それで生活していく。そこにやりがいなど付属品としていろいろ付いてくるけれど、基本はそれだけなんです。それを体現したかった。
外野に惑わされず、基本に立ち返るためにも、寿司を握り続けることに実直にこだわり抜きたいということでしょうか。
清水氏:
僕の親方の親方にあたる浅草柳橋の「美家古鮨」の親方が、ある有名料亭の息子さんの結婚式スピーチで「財界政界の方たちを前に水を差すようで申し訳ないけれど、おたくも定食屋も、どこも同じ<食べ物屋>として電話帳に書いてある。そこを勘違いしちゃいけないよ」と語ったことがあります。
スターでもなんでもない。偉いわけでもない。自分がやりたいことの邪魔になってしまうと考え、取材もミシュランもお断りしました。アウトローなのかもしれませんが、僕は単純に、この精神を体現したいと思っているんです。
(聞き手:齋藤理 文:池水みと 写真:刑部友康)