大事なのは、どれだけ料理の探求に人生をつぎ込むか

中国菜 火ノ鳥
井上 清彦

■パンづくりで目覚めた料理人への道。「中華だけはイヤ」だった。

オープンから3年。中国…特に北京の古典料理にこだわり、本場中国のお客さまからも支持されているそうですね。中華の道へ進むと決めたのはいつ頃ですか?

井上氏:
もともと料理人に興味を持ったのは、高校時代にパン屋でアルバイトをしたのがきっかけです。パン作りがおもしろくて。卒業後もそのまま働いていましたが、本格的に料理を学びたくて専門学校へ。和洋中と習って、やるなら洋食だなと決めていました。当時、中華料理は心にも留まっていませんでしたね。むしろ中華だけはイヤだなと。

そうなんですね!専門学校でも、中華を希望する人はなかなか少ないと聞きますが、なぜなんでしょう。

井上氏:
イメージ的なものが大きいかもしれないですね。特にその頃は、洋食や和食ダイニングのような、スタイリッシュな器にキレイに盛りつけて…というのが流行っていました。一方で中華は、落としても割れないような白いお皿にボンっと盛る…みたいな。

なるほど…。そこから一体どんな心境の変化が?

井上氏:
洋食希望で入社した最初の就職先で、「人手が足りない」とオーナーに頼み込まれ、中華部門に駆り出されまして…半年だけという条件で引き受けたのですが、実際にやってみると楽しくて、のめり込んでいきました。

見習いからのスタートでしたが、割と早い段階から鍋を担当させてもらえ、チャーハンやビーフンなんかをつくっていました。

タレは仕込み済みのものを使っていましたが、鍋のふり方や火の通し方で味に差が出る世界で、全て自分次第で決まる。それがおもしろいなと。

約束の半年も過ぎて、オーナーから「戻っていいよ」と言われたのですが、「いや、このままやらせてください」と。結局トータルで3年ほどいました。

もともと半年だけというところから、中華の道に進むことを決断されたわけですね。そこからは?

井上氏:
本格的にイチから学びたいと思って、神戸にある十数席ほどの店へ移りました。食べ歩きをしたり情報を集めたりしていく中で見つけたお店で、「募集していますか?」と電話で問い合わせて入店しました。
シェフが福建人の方で、広東料理と福建料理を融合させたような料理を出していて…スタッフも全員中国人で本土経由で日本に来た人ばかりでしたので広東語を皆使っていました。

コミュニケーションは、日本語ではないということですか?

井上氏:
基本は広東語でした。シェフと奥さんだけはごくわずかに日本語を話すのですが片言でしたから、テレビ出演の時も字幕が入っていましたよ。広東語以外はほぼ通じなかったので、一言も日本語を発しない日もありました。

すぐに「はじめての広東語」という本を買って勉強。まずは簡単なあいさつと、「いる」「いらない」「足りる」「足りない」「欲しい」「欲しくない」「あと1個」といった調理場で必要な動詞を集中的に覚えていきました。あとは料理名さえ分かれば、やることは同じなので、すべての言葉を理解できなくても回していけますからね。

■その後の料理人としての方向性を決定付けた、古典料理との出会い。

そのお店で学んだことで、今も生きていることはありますか。

井上氏:
そこで働いている方が古典料理の本を持っていて、その料理にすごく感動して…。そこからですね、私が伝統的な料理に夢中になっていったのは。

例えば、この店の看板メニューでもある、広東の四大名物の一つ「百花鶏」。鶏の中身を全て抜いて、海老のすり身を詰め込んで蒸し焼いた料理ですが、スケールが大きい。なかなか普通は出てこないアイデアだと思います。

当時はそれぐらい、料理にお金がつぎ込まれていたことの表れです。宮廷料理をルーツとする古典料理には、総じてそういう魅力があると思います。

古典料理にアレンジを加えた料理を提供する、「火ノ鳥」の今のスタイルが生まれるきっかけとなったお店だったんですね。そこでは何年ほど?

井上氏:
2年ほどだったと思います。社会保険などもなくて給与も低かったので、このままでは将来が不安だと。自分の店を持たない限り、年収が変わらないぞと。拘束時間も長かったですし休みが月2回ぐらいで、週3回ぐらいは帰れない日もありました。

それは…業界の中でもなかなかですね。次に選んだのはどういうお店ですか?

井上氏:
次は法人経営のお店ですね。全国に複数レストランを経営していて、その中の祇園にある北京料理中心の店に転職しました。

広東料理は、前菜担当はずっと前菜、鍋は鍋以外しない…と専門性を極めていくスタイルですが、その店は人手が足りていないこともあって、すべての持ち場を任されました。特に苦労した思い出はなくて、前菜一つとっても広東料理と北京料理は、味付けも盛り付けも違って、新しい料理のジャンルや仕事を知れる楽しさがありました。

その頃には、中華でずっとやっていくという気持ちも固まっていたので、もっとたくさんのことを吸収して上達したいと東京へ出ました。

東京では、どんな学びが?

井上氏:
北京出身で、中国料理の最高位・特級厨師の孫さんがオーナーシェフを務める中國名菜「孫」や、そのお弟子さんが開いた「源亭輪」などで修業させてもらいました。

今の料理のスタイルというのはほとんどそこで決まったようなものですね。孫さんや「源亭輪」の主人・出口さんは、自分にとっての師匠。お二人の背中を見て、店のベースとなる北京料理の知識はもちろん、仕事との向き合い方を学びました。

中国菜 火ノ鳥

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