Foodion │ 一流シェフ・料理人のプロフェッショナル論。

常に課題を持ち、その答えを探し続ける
9年連続ミシュラン三ツ星。高みを駆ける料理人の成長哲学

カンテサンス
岸田 周三
フランス料理店「カンテサンス」をオープンした翌年に、33歳にしてミシュラン三ツ星を獲得。現役最年少(2007年当時)の三ツ星シェフとして話題となった。以来、9年。岸田氏の料理は国籍を問わず多くの人々を魅了し続け、「カンテサンス」は毎年三ツ星に輝いている。若くして才能を開花し、驚異的なパフォーマンスを発揮し続けている岸田氏とはどのような人物なのだろう。

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■行儀がいいだけでは、雑用係で終わってしまう

共働きの母を手伝って料理を作り、家族から「おいしい」と言われたことが原点。小学校の卒業文集には「料理人になりたい」と書いた。19歳で名古屋専門料理学校を卒業後、最初に就職したのは三重県の志摩観光ホテル「ラ・メール」。当時の総料理長・高橋忠之氏は、少年時代からの憧れの存在だった。

 

高橋料理長を知ったのは、何かきっかけがあったのですか?

岸田氏:
母親が図書館で借りてきた、第11代目帝国ホテル総料理長・村上信夫さんと高橋料理長の対談を中学時代に読んだんです。「料理長とは何ぞや」というテーマの本でしたが、特に印象に残ったのが、高橋料理長の姿。29歳の若さで料理長に就任し、地元の素材を追求した料理で「ラ・メール」を世界的に注目されるレストランに成長させたと知り、すごいなあと。その後、家族旅行で志摩を訪れ、「ラ・メール」のフランス料理を実際に食べたんですね。すると、やはり…

 

おいしかった?

岸田氏:
それまでに味わったことのないおいしさでした。高橋料理長にもお会いでき、言葉は交わしませんでしたが、その存在感に憧れましたね。「いつかここで働こう」と心に決めました。

 

専門学校在学中は夏休みの1か月間、「ラ・メール」でアルバイトをされたとか。印象的なできごとはありましたか?

岸田氏:
アルバイトは全国から集まっていたのですが、彼らの意識の高さに刺激を受けました。担当したのは皿洗いや掃除といった雑用がほとんどだったのですが、ある時、魚の下処理をやらせてもらう機会があったんですね。僕たちにしてみれば、食材に触れるチャンス。魚の取り合いになり、「なんでケンカしてるんだ!?」と叱られました。そのくらいみんなハングリー精神があったんです。

 

学生時代から、「自分の仕事は自分で取ってくる」という姿勢があったんですね。

岸田氏:
料理人の世界は競争社会。口を開けて待っているだけで餌を運んできてくれるような親鳥がいるわけではないことは、アルバイトをしながら肌で感じていました。ただおとなしくしていたり、行儀がいいだけでは、雑用係で終わってしまう。後に残るのは、面白くない思い出だけです。技術というのは「覚えたもの勝ち」で一度習得できれば、奪われることはない。それだけのものを身につけるには、学ぶ機会を自分から貪欲につかまなければなりません。そういう意識は「ラ・メール」で働き始めた時にはすでに持っていました。

 

 

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■30歳でシェフになるには、今、何をすべきか

「ラ・メール」では、自身の地元・東海地方の食材を大切にした地域色の強いフランス料理を学ぶことができた。半面、扱う食材に偏りがあり、技術の引き出しが増えないことに焦りを感じた。上京の必要性を感じ、休日のたびに東京の店を食べ歩いて「ここで働きたい」と思ったのが、恵比寿「カーエム」だ。

 

「カーエム」で働きたいと思った理由は?

岸田氏:
当時は独創的な料理を作るシェフが注目されていた時代でしたが、「カーエム」のシェフ・宮代潔さんが作るのは教科書から抜き出したように、基礎を大切にした料理。「ラ・メール」での4年間、高橋料理長のカラーが強い料理だけに触れてきた僕に足りないもの、学ぶべきものがそこにあると考えたんです。そして、何より料理がおいしかった。少しフランス料理を学んだ人なら作り方の想像がつく古典的な料理で、同じメニューを出す店はたくさんある。それにも関わらず、宮代さんの料理がおいしいのはなぜか。その理由を知りたいと思いました。

最初に「働かせてください」とお願いした時には、「空きがない」と断られてしまったのですが、僕は「空きさえ出れば雇ってもらえるよね」と楽観的に考えるタイプ。諦めきれず、日を置いて志摩から電話して食い下がったところ、「数ヶ月待てば空きが出るかもしれない」と教えてもらえ、2か月後に働き始めました。

 

すごいですね。断られたら、「別のお店で働こう」と考える人も多いのではないでしょうか。

岸田氏:
多いかもしれません。ただ、職場選びは、人生を変えるほど大事なことだと僕は思うんです。この業界はどの職場も大変だし、どのシェフも厳しい。つらいこともあるはずです。そういうときに、「有名店だから、ここでいいだろう」というような理由で、さほど思い入れのない店で働いていたら、うまくいかないことを環境のせいにして「あの店に行けば、もっと認められるかもしれない」と逃げてしまいがちです。でも、「どうしてもこの店でなければダメだ」「絶対にここをやめてはいけない」と思える店を選べば、踏ん張りがきく。だから、店選びに関してはすごく慎重でした。

 

当時、将来の目標はどのように定めていましたか?

岸田氏:
いずれはシェフになって、自分の料理を作りたいという気持ちは、料理人を志した時から持っていました。では、それがいつなのか。常に心にあったのは、「30歳で料理長にならなければ先はない」という言葉です。フランス料理のシェフになるからには、フランスでの修業はしたい。フランスに3年行くとすると、30歳でシェフになるには27歳までにはフランスに発っていなければなりません。では、27歳までに何をすべきか。料理はもちろん、遅くとも26歳までにはフランス語も勉強しなければ…と、逆算して「今、何をすべきか」を常に意識していました。

 

目的意識がすごくシャープですね。

岸田氏:
人間というのは目標もなく努力することは不可能です。目標は具体的であればあるほどいい。また、大きな目標を持つだけでは、日々に流されてしまいがち。大きな目標と小さな目標を併せ持ち、ゴルフでいうショートホールのようなものをたくさん作ることが、なりたい自分になるための近道なのかなと思います。

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