自分がこれまで経験したこと、日々の活動のすべてが、お菓子という形になって現れる。

オ・グルニエ・ドール
西原 金蔵

■愛情を惜しみなく与えられ、礼儀作法を叩きこまれた幼少期

どんな幼少期を過ごしましたか。

西原氏:
岡山県の、山と小川と田園風景が広がる小さな城下町で育ちました。両親は兼業農家で忙しかったものですから、祖父祖母、3人の姉に囲まれ、幼少の頃はとても甘やかされて育ちましたね。

ただ、祖父が剣道の師範だったこともあり、躾や礼儀にはたいへん厳しい家庭でした。父親の前に行く時には必ず怒られる時で、敷居の上に正座させられて叱られ、これが痛いんです。やんちゃでしたから、近所の畑のスイカを盗んだりして、すぐにバレて張り倒されていましたね。それはもうしょっちゅう怒られてました(笑)

そういった厳しい躾はありましたが、幼少期は不満も不自由もなく、自由奔放に日々過ごしていたように思います。

でもいま思い返せば、小学校の4〜5年生の頃に、自分というものを意識し始めた気がします。なにかこう、かっこよくなりたいというか、両親の教えをしっかり守っていこうと。そういう自我が出てきたように思います。

強く心に残っている教えはありますか。

西原氏:
母親によく言われてきたのが、あいさつをしっかりしなさいということ。あとは「誠心誠意」というのが母の口癖でしたね。ほんとうによく言われました。耳にタコができるほど、事あるごとに「誠心誠意」と言われてきました。
でも、それが染み付いて、身になっているんだということを、今この歳になってヒシヒシと感じます。

祖父母、父母が厳しくも愛情を持ってきちんと指導してくれたことが、今の自分のベースになっているのだと自分が社会に出て大人になるに連れ感じました。

食についての影響を受けた経験について教えてください。

西原氏:
いま食に関わる仕事についていることの根底には、幼少のころに受けた食育があるのではないかと思います。兼業農家だったので、田んぼと畑で採れた、その季節のものを食べさせてもらっていました。初物を食べるときには、必ず作物の出来不出来などの話題が食卓に上りました。味覚の感じ取り方や、それをいかに表現するかといった味覚の土台が形成されましたね。

また、食事のマナーも幼少期に学びました。「ご飯を食べる時はしゃべってはいけない」といったことや、「おじいちゃんが席について箸を付ける前には他の家族は食事をしてはいけない」とか、厳しくしつけられていました。だから早く来て欲しくてお供え物などを手伝ったりしていました(笑)
目上の人を敬うことが、意識しないまま自然と身に着いていたと思います。

■ホテルの世界へ進ませてくれた、理解ある父

進路はどのように決めたのですか。

西原氏:
田舎の長男でしたから、自分に進路選択というのはなかったんです。継ぐというのが産まれた時からもう決まっていたんです。その時代はそれが当たり前でした。
「お竈(くど)の灰まであなたのものよ。」(※1)と、ずっと聞かされてきました。

※1:竈(くど)
竈(かまど)のうち、その後部に位置する煙の排出部のこと。そこに貯まる灰を指している。

反発することはありませんでしたか。

西原氏:
まったくなかったですね。それが当たり前だという認識でしたから、自分の意思でああしたいこうしたいというより、両親の思いに応えたいという気持ちでした。

自分のまわりの友達もそのような感じでしたし、私もそれほど嫌だということはなかったです。

それほどまでだったのにも関わらず、食の世界に入るきっかけはなんでしたか。

西原氏:
高校を卒業してからは、農業を手伝いつつ、父が勤務していた鉄鉱石を採掘する会社に勤務しました。

その会社の先輩に、喫茶店を副業でやっている方がいました。お店に遊びに行くようになり、そのうち自主的に手伝うようになって、それが楽しくてね。それがこの世界に入るきっかけになったんです。

田舎の大家族で育ったので人と関わるのも好きでしたし、行事ごとのたびに父親を手伝って料理をしていましたから、接客が比較的上手にできたんだと思います。

その先輩の妹さんが東京のプリンスホテルで働いていたということもあり、東京のホテルに勤務したいと思うようになりました。テレビかパンフレットかなにかで見た、都会の大人の世界というのがとてもかっこよく思えたんです。特にあこがれたのが、ホテルのバーでした。
ああいった「大人の世界」に自分も身を置きたいと思うようになったのです。

そこで、父親に東京に行きたいと相談しまして、だめだと言われることを覚悟で話したんですが、あっさり「いいよ」と。これまでお前は親の言うことに従ってきたんだから、好きにしてもかまわないと。

家業を継ぐのが当たり前という世界の中で育てられましたから、ある種家族への裏切りみたいなものですよね。ですので、父が了承してくれたことに驚きましたし、とても感謝しました。それが、21、22歳ぐらいの時です。

その後、ホテルに勤務することになったんですよね。

西原氏:
そうです。ただし、家から出るのはかまわないけれど、東京というのは許可がでなかったんです。
そこで、叔母が京都にいたのですが、父も叔母が近くにいるのであれば安心だということで、大阪のリーガロイヤルホテルに入社をし、京都のグランドホテル(旧名)に配属されました。そこでは3年間サービスウェイターをしていました。いま振り返ると、それがとてもよかったと思います。
というのは、ホテルのしっかりした接客サービスというのを学ぶことができたからです。

オ・グルニエ・ドール

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