自分がこれまで経験したこと、日々の活動のすべてが、お菓子という形になって現れる

PATISSERIE AU GRENIER D'OR(オ・グルニエ・ドール)
西原 金蔵

西原金蔵 PATISSERIE AU GRENIER D'OR(オ・グルニエ・ドール)

■「アラン・シャペル」のシェフパティシエとして、世界最高峰の舞台で腕を振るう

その後はどうなったんですか。

西原氏:
私にも完全に火がついていました。あのシャペル氏に声をかけられて断れるわけがないですよね。それにもっと自分の可能性を広げるためのチャレンジをしたいと思いました。本当は会社の研修という形でフランスに行くのが一番スムーズだったんですが、それは会社としては難しかったようです。

その時はもう私にも家族がありましたから、ビザのことや収入の事をクリアにしておきたかったので、日本と同じ条件で働かせてもらえるのなら退職し、ぜひ行きたいと個人的に手紙を出しました。

すぐに返信があり、フランス側での手続きは済ませておいた、日本でビザの手続きをしてビザがおりたら、家族も安心して来なさいと。

実際には、ビザを獲得するまで半年かかりましたが、無事渡仏することができました。私の後に、家族もフランスへ来たのですが、子どもはすぐにビザが降りるんですね。ですが妻のビザというのがなかなか降りなくて結構大変でした。

「アラン・シャペル」本店はいかがでしたか。

西原氏:
幸福なことに、「アラン・シャペル」本店にシェフというポジションで呼んでもらえたので、一度目の渡仏とはまったく違う立場で仕事ができました。

素晴らしい経験をさせてもらいました。あの「アラン・シャペル」ですから、世界中からお声がかかり招待されるんですね。

私はシェフパティシエとして必ずシャペル氏に同行していましたから、その国の最高のレストランで、最高の料理でもてなされるシャペル氏にあやかることができたのです。

一度目の渡仏とは全く違いますね!

西原氏:
まさに飛び級です(笑)。

一度目の渡仏は、本当に下っ端の作業員です。お金もないですから、コーヒー一杯飲むのも躊躇しましたし、節約のために地下鉄に乗らず歩くほど貧しい状況でしたからね。

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■ルセットを超えるためには、誰のために作るのかを意識することが必要

「アラン・シャペル」本店での最大の学びはなんでしたか。

西原氏:
アラン・シャペルの料理哲学そのものを身近で学べたことですね。

それはまさに、「ルセットを超えるもの」(※4)でした。

※4 シャペル氏の著作『新フランス料理 料理ルセットを超えるもの』(原著『La cuisine, c’est beaucoup plus que des recettes』)日本では音羽和紀シェフが翻訳を手がけ、1982年に柴田書店より刊行されている。

ルセットとは、調合(レシピ)のことですが、お菓子は科学と言われるぐらい、決められた配合、決められた作り方があって、「決められたことを決められたように再現するというのがお菓子作りである」という考え方がベースにあります。

目分量ではなく、きっちりと量り、きっちりと決められた手順で作ることが良しとされます。
そこに、アラン・シャペル氏の「ルセットを超えるもの」という料理哲学が、私の中で融合しました。
お菓子作りで絶対視されているルセット。それを超えるためにはどうするのか。その思考です。

シャペル氏からは「その基本から抜け出せなければルセットを超えることはできない」と、ほんとうによく言われました。「脱出しろ」と。
シャペル氏に出会わなければ、いまもルセットをなぞるだけの菓子職人であったと思います。

調理はお客様に満足していただく物語の一部でしかありません。
そもそも誰のために作るのか。その人のためにどういった食材がいいか、どのようにして良い素材を手にするのか。「誰」というのをとにかく意識しろと。

なぜかというと、ミオネの「アラン・シャペル」本店には、世界のグルメが集まってくるからです。毎日世界中のVIPがひっきりなしに来るんです。
想像できますか?すごかったですよ、来店する車も高級車ばかりですし、映画俳優から、ピカソの娘さんまで幅広い方が来られましたからね。

ですから、決まったものを作るだけではいけない。毎日、この方々のために何を作るのかというテーマを要求され続けます。

ルセット(レシピ)を与えられるわけではないので、最大限イメージを膨らませて想像し、自分で構築しなければいけません。
その時にシャペル氏が、この時期にはこういう食材がある、過去にこんな美味しいものを食べた…そうやって色んな思い出を私に話し、私のイメージを最大限広げることを手伝ってくれました。

日々、頭がパンクするんじゃないかというぐらいお菓子を頭の中で創造していましたね。夢でもお菓子作りをしている、それくらい追い込まれながらやっていました。

西原氏の、フランス料理の素地はどのように形成されたのでしょうか。

西原氏:
辻調理師専門学校で、フランス文化のなんたるかというのを学んだことが活きましたね。

17世紀ぐらいに書かれた、フランス料理の起源について書き記された「Cuisine Artistique: Études De L’école Moderne. 」という料理書があるのですが、学生時に辻校長からこういったものがあると聞いていたんです。フランス料理におけるバイブルのようなものですね。

PATISSERIE AU GRENIER D'OR(オ・グルニエ・ドール)内装

この本を私も欲しい、なんとしても手に入れようということで、一度目の渡仏でその本を探しました。どうにか手に入れ、そしてその本に、飾り菓子のことが記されていたのです。

要人をもてなす為の食事ですから、料理にしても菓子にしても、豪華ですよね。

フランスのコンクールで賞を獲ったのは、実はこの本の飾り菓子を再現したお菓子です。当時は作ると言っても独学でしたし、お金もなかったので、自分なりに工夫し試行錯誤を重ねていました。しかしそれによって、自分の”スキル”として身に付けることができたのだと思います。

環境がしっかり整っているより、なにか足りないという状況の方が、スキルを身に付けるにはいいかもしれませんね。この経験によって、私のパティシエとしてのベースが出来たのではないかと思います。

このフランス料理の起源にもなっているこの飾り菓子を再現するのは大変ですから、現代ではここに記されているものを目にする機会はまずありません。

だからこそ、私はシャペル氏に、これをプレゼントしようと。私の境遇を救ってくれたお礼として、私なりの心遣いをさせて頂いたのです。

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