[New] Foodionでのインタビューが書籍になりました!

責任の取れない人間に自由はない。自らの名を冠した店を持つことのリアル

西麻布 き久ち
菊池 隆

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■素材本来のおいしさをお客さんに知ってもらい、驚きをもたらしたい

「き久ち」の料理はおまかせのコース2種類。仕入れた素材に合わせて料理の内容を決めるため、コースの構成は常に変わる。また、お客さんが訪れる頻度によって同じ料理を出さないよう配慮しているため、同じコースでもお客さんごとに別の料理を出すことも多い。素材が一緒でも調理法を変えたりと、営業中は頭も体もフル回転だ。

素材に合わせて料理を考える。まるでジャズのアドリブのようです。

そんな洒落たものではないんですけどね(笑)。先に献立をきちんと決めて計画的に素材を仕入れた方が経営面での効率はいいと思いますが、発想が広がらない。それよりは河岸で仕入れた「これは」と感じた素材をストックしておいて、それをどう料理しようかと考えた方が自分も頭を使って楽しいですし、時には思いもよらないアイデアが生まれたりもします。

「はじめに素材ありき」という姿勢を徹底されているんですね。

「献立ありき」ですと、例えば、大根が手に入らない時にカブを代わりに使おうということになったりするんですね。でも、カブはカブであって大根ではない。材料には代用ということがなくて、僕は基本的に何でも主役にしてあげたい。カブだったら、大根にはないクセのなさを生かそうと、丸ごとをじっくり炊いてお出ししたりします。椎茸や万願寺とうがらしといった焼き物のあしらいとして使っているものも、主役にできないかな、と考えますね。

「何でも主役」って、面白いですね。

どう考えても主役にはならないものもありますが、存在感は出してあげたい。そのために、素材は時期によって何がおいしいかを見極めます。例えば、冬にハリハリ鍋を出すなら、年中ある水菜でなく、寒くなるとおいしさの増す大株になる水菜を使ったり…。コースの最後にはお一人分ずつ土鍋でごはんをお出ししますが、月1度のペースでお米の品種も変えています。素材本来のおいしさをお客さんに知っていただくのが自分の役割だと思っているので、「苦手な食材だったけど、なぜか食べられる」「お腹いっぱいなのに、つい食べてしまった」と驚いていただいたりすると、料理人冥利に尽きますね!平静を装いますけど、内心小躍りしています(笑)。

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■まっさらの状態の時に、本物に触れられる店で修業した方がいい

「き久ち」と同じビルにあるご実家の家業はクリーニング店。共働きで外食の機会が多く、子どものころからプロの料理人の世界を垣間見ていた。小学校高学年からは忙しい母を手伝って台所に立つようになり、常に料理に興味はあったが、この世界に入ろうと決めたのは、高校を卒業する1か月前だ。

卒業の1か月前に決めたとは意外です。

高校に入学した頃は大学に行くつもりだったのですが、真面目に勉強しなくて(笑)。卒業を間近にしてとにかく進路を決めなければということで、料理かなぁと考えました。うちは両親が共働きで夕飯の時間が遅かったので、小腹を満たすために冷蔵庫にあるもので炒め物を作ったりして、遊びに来た友人たちと一緒に食べていたんです。それで、友人たちに「おいしい」とほめてもらったのが嬉しかった。正直なところ、料理以外にやることがなかったというところもあるんですけどね。

最初の修業先は山梨にあった料亭「穂積」。どのようなご縁でお入りになったのですか?

父の修業時代の取引先に永田町の料亭があり、同世代のよしみで当時父と仲良くしていただいていた板前さんがいまして。赤坂「きくみ」の料理長を長年務め、現在は「乃木坂 神谷」店主の神谷昌孝さんです。父に「料理人になりたい」と話したところ、神谷さんの連絡先を調べてくれてお話をうかがいに行き、「穂積」を紹介していただくことができたんです。この世界では調理師学校に行くよりも、少しでも早く現場に入って経験を積んだ方がいいというのが神谷さんのアドバイスでした。

ちょうどバブル真っ只中。華やかな生活を送る人も多かった時代に、厳しい修行の世界に入って戸惑いはありませんでしたか?

こんなもんなんだろうなと思っていたので、抵抗はありませんでした。業種は違えど実家がサービス業だった影響が大きいかもしれません。また、子どものころから外食先で料理人さんの仕事を見ていて、おぼろげながら厳しさは感じていました。休憩時間も取らず働くイメージでしたので、「穂積」に入って「10分休憩してきて」と言われ、「10分も休めるんだ」と驚きました(笑)。

「穂積」で2年修業した後、2007年に「き久ち」を開業されるまで、赤坂「佐藤」や赤坂見附の「壺中の天」など複数のお店で修業されていますよね。修業先はどのようにお選びになったのですか?

最後に修業した店以外は、自分の意思では選んでいません。ある日突然、神谷さんから「こういう募集があるけれど、どうだ」とお話があって、その時にお世話になっているお店の了解を得て次に行かせてもらうという感じです。人によって考えはさまざまですが、僕の場合は、ある程度修業を積むまでは与えられた環境で目の前のことをやって学べるだけのことを吸収していくしかないと思っていました。

現在の菊池さんに最も影響を与えた修業先はどこでしたか?

どのお店でもたくさんのことを勉強させていただきましたが、最初に修業した「穂積」の影響は大きかったと思います。「穂積」は次の間があるような昔ながらの料亭で、技術はもちろん、お椀に霧を吹くといった作法まで懐石料理の基本をしっかり叩き込まれました。食材もいいものを使っていましたし、器も今では手に入らないものがたくさんありました。週に1回茶道教室に通わせてもらったり、時間のある時には器の金継ぎの技術も教わったりと、料理以外でも本物に触れることができた。厳しさはもちろんありましたが、その後に困ることがなかったのは「穂積」で修業できたお陰です。何の知識も経験もないまっさらの状態の時に、本物に触れられる店で働くというのは本当に大事だと思いますよ。

西麻布 き久ち

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03-6313-5599
アクセス
港区西麻布2-17-17
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18:00-21:30
定休日
日曜、年末年始