美味しさだけを追求することが、食に携わる人間の仕事ではない

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坂本 健
cenci(チェンチ)坂本 健

cenci(チェンチ)坂本 健■素材の魅力を引き出すのが、イタリア料理と日本料理の共通点

ご出身は京都ですよね。どのようにしてイタリア料理に興味を持つようになられたのでしょうか?

坂本氏:
はい、出身は京都・伏見です。家で料理を作ることを大切にする、ごく普通の家庭に生まれました。学生時代はサッカーに明け暮れ、大学に行くまでは料理の仕事をしたいとは思っていませんでした。そんな僕が料理に興味を持った理由は、海外で知り合ったイタリア人の友達の影響です。

大学に通っていた時、毎年夏休みになるとロンドンに旅行したのですが、そこで知り合ったイタリア人の友達が料理を作ってくれました。カルボナーラやリゾットといった一般的な料理だったのですが、スーパーで売っているただの素材が「こんなにもおいしいものになるのか」と驚きました。

化学調味料を全く使わず、素材と塩とオリーブオイルだけで仕上げた料理の味に、ちょっとしたカルチャーショックを受けたぐらいです。イタリア料理に興味を持つようになったのはそこからです。

そこで、笹島保弘シェフがいらっしゃった「イル・パッパラルド」に入店されるわけですね。

坂本氏:
当時から笹島シェフ(※注1)はテレビにたびたび登場されていて、ぜひ「イル・パッパラルド(※注2)」で働かせてほしいと何度も足を運びました。でも最初は空きがなくて雇ってもらえませんでした。たまたまベーカリー部門に空きがあって、サービス担当として雇ってもらえたのは、本当にラッキーでした。

※注1:笹島保弘
「もしイタリアに京都という州があったら」をコンセプトにするイタリアレストラン「イル・ギオットーネ(http://www.ilghiottone.com/)」のオーナーシェフ。テレビ・雑誌等でも活躍中。

※注2:イル・パッパラルド
京都東山七条にあるイタリア料理店。薪窯で焼くナポリピッツァと季節の食材を使った料理が特徴。http://www.ilpappalardo.com/

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料理の道をスタートするのにあたってご苦労があったんですね。

坂本氏:
半年ほど経ったころ、キッチンに空きができてようやく正社員として働くことができたのですが、当時の私は魚もさばけないような腕前で、周りの人からは「しょせん大卒」と言われ、ずいぶんと悔しい思いもしました。料理の世界では学歴なんて関係なくて、実力がすべてです。いろいろ言われましたが、逆に反骨心が芽生えてきて「やってやろう」という気持ちになりましたね。

笹島シェフからは、どんなことを学んだと思われますか?

坂本氏:
当時の笹島シェフの料理というのは、非常にクラシカルなイタリア料理でした。海外から取り寄せた本場の食材を使って見事な料理を仕上げていらっしゃいましたが、ある時から方向性が大きく変わったと思います。そのきっかけになったのが、京都の老舗料亭「菊乃井」の三代目ご主人・村田吉弘さん(※注3)の存在です。

※注3:村田吉弘
ミシュラン三つ星和食料亭「菊乃井」三代目主人。日本料理や京都文化に関する著書多数。2012年「現代の名工」厚生労働大臣表彰、2013年「京都府文化賞功労賞」受賞、2018年「文化功労者」受賞。

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和の料理界の重鎮から影響を受けたというのは、意外なお話ですね。

坂本氏:
村田さんがおっしゃったのは「輸入食材なんていらない。せっかく京都にいるんだから、京野菜を使いなさい」という教えでした。そこから笹島シェフの料理は、京野菜を使ったイタリア料理へと変わっていきます。私も河原町にある「露庵 菊乃井」に伺って、京野菜の使い方をいろいろと教えていただきました。
ちょうどその頃、イタリアン精進料理という本の撮影があり、自分達なりにいろいろ研究をしてみて、動物性の食材を使わないイタリア料理に挑戦しました。

本当に良い素材というのは、水で煮るだけでも十分においしいのです。旨味を足すだけが料理でないことを実感し、1つの素材からいろんなおいしさを引き出す料理方法を学んだことで、逆に料理の奥深さを知ったように思います。

坂本さんから見て、笹島シェフとはどんな存在ですか?

坂本氏:
私と笹島シェフは、ある意味で正反対のタイプです。私は調理に関するいろんな技術を蓄積していって、その技術を使って最終的な形を作り上げます。一方の笹島シェフは、完成形から料理を作っていくタイプ。最初に「こんな料理を作りたい」というイメージがあって、それをどうやって形にしていくかを考えていきます。インスピレーションやアドリブに長けているまさに天才肌の料理人で、普通なら「この食材とこの食材の組み合わせには無理がある」と考えるところを可能にしてしまうような人です。

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着地点から料理のプロセスを構築していくというのは、発想力に優れていなければできないやり方ですね。

坂本氏:
そのおかげで、私も発想力をずいぶんと磨かせていただきました。笹島シェフがアイデアをポーンと現場に投げて、私たちスタッフがあれこれ試行錯誤をし、最後の最後にシェフが調整をします。笹島シェフの教えの中でも特に意識するようになったのが、塩加減です。
素材の風味を引き出す料理では塩加減がとても大きな影響力を持つだけに、塩を利かせる・控える技術の大切さを学びました。笹島シェフの料理には、一皿の中に塩が利いている部分と控えている部分が同時に存在します。その絶妙なバランス感覚が、他の人間には真似できない料理を作り上げているのだと思います。

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■高価な食材を奪い合うより、料理人の個性を皿の上に表現する

やがて笹島シェフ自身のお店である「イル・ギオットーネ」に移籍されますよね。

坂本氏:
笹島シェフが作りたい料理を実現するには、雇われシェフのままでは限界がありました。「イル・パッパラルド」のオーナーともよく話し合った結果、笹島シェフの独立に私もついていくことになりました。新しい店の名前は「イル・ギオットーネ」です。

「イル・ギオットーネ」での経験は、現在の仕事にどんな風に活かされていると思いますか。

坂本氏:
独立から1年ほど経つころには2番手を任せてもらい、10人ほどのメンバーを使ってキッチンを回していました。東京への出店の際にも笹島シェフと交替で現場に立つなど、店舗や組織を動かしていく仕事を経験させていただきました。京都と東京ではお客様が期待することも違います。東京というまったく新しい場所で店を経営する大変さも学びました。
立地の違い、手に入る食材の違い、一緒に働くスタッフのマインドの違いなど、当時経験したことは今の仕事にとても役立っています。最終的には11年ほど笹島シェフのもとで働かせてもらって、自分も独立する道を選ぶことになりました。

cenci(チェンチ)内観

そうした経験を経て、現在の「cenci」を立ち上げることになるわけですが、どんな思いでこのお店を作られたのでしょうか。

坂本氏:
独立を伝えて1年ほどで退職、そこから1年ぐらいの準備期間がありました。その間に経験したことや出会った方々の影響が大きかったと思います。それまでの私の料理観は、いかにおいしいものを作るかでした。ですが、独立までの準備期間中に、いろんな生産者のもとを訪れたんです。

店作りもこだわりました。デザイナーは使わずに、大工の棟梁、鉄加工のアーティスト、庭師など職人が自ら表現したいことと僕の要望をかけ合わせ、協働して作り上げました。
例えば、僕は天井の高い店にこだわりたかったのですが、店内にユンボが入らず、天井の高さを出すためにみんなでスコップで地面の土を掘りました。
棟梁から、僕が一緒に現場作業をやるといざこざが起こりやすいといわれたため、僕は現場を手伝う事は極力避けて、外仕事に集中しました。その代わりに、現在のチェンチのマネージャー文屋と、スーシェフがスコップを握ったりしながら、一年間の店づくりに関わってくれました。

また、壁やエントランスにレンガを使いたいと思っていたところ、滋賀県のしがらき焼きで有名な「信楽」で、陶芸の学校の窯を借りる事が出来る事を職人伝いに知りました。
そこで、みんなで掘った土を再利用してレンガを2500個作成し、中庭とエントランスの「ねじりまんぽ」に使いました。

他にも、職人が秘蔵で隠していた天然樹木を分けてくれ、その職人のクリエイティビティを活かした内装づくりをしてくれたりもしましたね。

こうして店作りの過程で出会ったみなさんと一緒に、それぞれの土地でその仲間達とテーブルを囲み、食材や料理、その土地の文化などを話しているうちに食を囲む楽しさに気づいたと思います。

「楽しむ料理」というのが、目指すべき形ということですね。

坂本氏:
感性を研ぎ澄まし、洗練されたおいしさを追求することももちろん大切ですが、私の店では食を囲むことで何か楽しい体験、おもしろい経験ができたらいいなと考えるようになりました。生産者の人を身近に感じられるような、そういうことを料理で表現できたらいいのではないか。難しく考えず、楽にシンプルに料理を楽しむことが、「cenci」が目指す姿です。

cenci(チェンチ)テーブルセット

一つの料理が作られるまでにある生産者の思いや料理人の気持ちも、食べる人に伝えていきたいというスタンスですね。

坂本氏:
できる限り環境によい食材にこだわりたいと思っています。大量生産の食材を使うことには少なからず抵抗があります。

大きな規模で物事を動かすと、どうしても負荷も大きくなってしまいます。無駄になる食材も増えますし、どこかでほころびが生まれ、いずれは破綻してしまうのが目に見えています。そういう意味でも、手作りにこだわっていきたいですね。

たとえ規模は小さくても、同じ思いを持ったコミュニティが数多くあれば、大きな影響力を発揮できます。無理なく今の自分たちにできることをやるほうが、結果的に継続性も高くなるはずです。

現在は、東京に有名な料理店や料理人が集中する傾向にあります。地方で活動することに、どんな意味があるとお考えですか。

坂本氏:
東京と地方のどちらがいいとか悪いとか、そういう話ではありませんが、地方は地方なりに自信を持てたらいいと思います。東京への一極集中が疑問視されていますが、私がいる京都でも問題を感じています。
京都は海外からの旅行客をはじめ、いろんな人が集まってきた影響から、市場にある良質な食材がどんどん流れ込んでいる状況にあります。料理人同士で食材の取り合いになって、希少食材の価格高騰が止まりません。たしかにマーケットは活性化されているのですが、こうした状況に未来はないと思います。私たち料理人は、高価な食材を奪い合うのではなく、個性を発揮する料理を作ることに、時間とエネルギーを割くべきではないでしょうか。

食材の豪華さではなく、料理人ありきで魅力ある料理を作ることが、持続的な発展につながるということですね。

坂本氏:
料理には、料理人の考え方、育ち、生き様が現れます。高価な食材を使わなくても、あるいは見た目に派手な料理を追求しなくても、料理人が技術を磨けば十分に魅力ある料理は作れます。皿の中に見えるものが変われば、きっと地方のレストランの見られ方も変わっていくと思います。

cenci(チェンチ)坂本 健
■すべての料理が4番バッターである必要はない

「地産地消」への関心が高まるなど、地元の食材を使うお店が増えていますが、「cenci」では京都の食材にどんなこだわりをお持ちですか。

坂本氏:
一般的に言う京野菜というのは夏と冬に取れるものです。現在では、端境期でも収穫出来る品種も作られていますが、「cenci」では京都以外の野菜もたくさん使っています。たまにお客様から「今日の料理には京野菜が少なかったね」と言われることがありますが、そういう時にはきちんと理由をお話させてもらっています。

京野菜だけにこだわらないというのは、ちょっと意外な答えでした。

坂本氏:
旬から外れた産地の食材にこだわらなくても、日本にはおいしい食材が至るところにあります。「地産地消」という言葉は、聞こえはいいのですが、良いことばかりではありません。

地方に行けば、旬の野菜がさばききれないほどあって、地元だけで消費できない分が大量に廃棄されている事実があります。せっかくの食材ですから、地元以外でもどんどん消費すればいいのです。私たちがそうした食材を使えば「地産外商」のお手伝いにもなって、お互いによいことばかりです。使いたいものを使えるのであれば、決して地元産だけにこだわる必要はないと思います。

cenci(チェンチ)

そうした京都以外の食材や食文化にも、日ごろから情報収集をされているということですね。

坂本氏:
店の経営は大切ですが、利益だけを追求するために料理を作っているわけではありません。時には臨時の休業日を作って、スタッフみんなで食のイベントに参加したり、興味がある土地や場所にスタッフと足を運ぶようにしています。

昨年もちょうど、「リストランテナカモト」の仲本 章宏さん、「レストラン モトイ」の前田元さん、「NATIVO」の太田哲雄さん、「フロリレージュ」 川手寛康さんと共に、アンデスの麓にあるクスコで開催されたイベントに参加してきました。

セントラル」のビルヒリオシェフが出したアンデスの麓高度3500メートルにある「ミル」というお店で、川手さんとのコラボの予定がありそのお手伝いでした。
みんなでランチを頂いた後、そこからのインスピレーションで料理を考えるというゲリライベントだったので、結果みんなで一品ずつ作ることになりました(笑)

古代種の食材と地元の水だけを使った伝統料理を食べさせてもらったり、コーヒー農園の一族の方に直接コーヒーを淹れてもらったりして、普段の生活では決して得られない経験しました。その時に学んだのが、レストランがあるべきポジションです。
おいしさだけを追求することが、食に携わる人間の仕事ではないと痛感しました。

具体的に言うとどんなことでしょうか。

坂本氏:
一言で言うと、食べることのありがたみを知ったということです。決してきれいごとでは言い表せません。今の日本の食に目を向けてみると、いろいろと考えるべきことがあると思います。誤解を恐れずに言わせていただけば、消費しきれないほどの食が溢れかえっている今の日本の食事情は異常です。どれだけの食材が日々無駄になっているのか、食に関わる人間として今のままではいけないと感じることは少なくありません。

美食を追求するあまりに、いろんな弊害があるということは、長年にわたる問題ですね。

坂本氏:
毎日満腹でなくても構わないと思います。私たちには、もっと丁寧に生きていくことが求められているような気がしてなりません。高価な食材や美食を追い求めるのではなく、体が喜ぶような料理を提供することも、私たち料理人の仕事です。もちろん、食べておいしいのは当然ですけどね。

cenci(チェンチ)坂本 健

最後に、「cenci」をどんなレストランにしてきたいとお考えですか。

坂本氏:
料理には、料理人の個性が現れるというお話をしましたが、料理人のこだわりが先走ってしまってもいけません。あくまでも食べてくださる方のための料理を追求するべきです。そういう感覚を失わないためにも、私たちが作る料理は最初にサービス担当のスタッフに試食してもらっています。

コース料理の完成度を高めるのは、全体のバランスです。全部の料理が4番バッターである必要はありません。だからこそ、お客様目線のサービススタッフの意見を大切にします。
「スプーンで食べる料理ばかりだった」とか「最後には噛むのに疲れてしまった」というスタッフの意見は、自分では気づかなかったことを教えてくれます。料理人が好きな料理を作って気持ちよくなるのではなく、スタッフみんなの力で、食べる方が居心地のいい店を作っていきたいですね。

(聞き手:菊地 由華、文:上田 洋平、写真:岡 タカシ)

cenci(チェンチ)外観

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Lunch:12:00-13:00(L.O.)/15:00(close)
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