目標に向かって強い信念と行動力で突き詰めていくAUTODIDACTE(独学者)

Restaurant La FinS(レストラン ラ フィネス)
杉本 敬三

Restaurant La FinS(レストラン ラ フィネス)

■倒産寸前のレストランを立て直し、自分が作りたい料理を表現

最後にシェフを務めたアルザス地方の店は、すでに閉店していると聞きました。どのような事情があったのですか?

杉本氏:
そもそも僕が入店したときに倒産寸前の店だったのです。バブル時代を引きずった建物は老朽化が激しく、最大80人も収容できるのに、毎日の客数はほぼ一桁で、25席以上埋まるのが月に一度くらいというひどい有様でした。

それでも、万全な態勢でいたいというオーナーの意向から、料理人は常時12、3人が待機。だから、人件費が高すぎて、売上も赤字続きでした。それを何とか立て直してほしいということで、僕も店の経営に踏み込むことになったんです。

まず、収支をせめてトントンにして、少しずつ利益を積み重ねていこうと、収容を半分の40席にして毎日25席を埋めることを目標とし、そのぶん料理人を3分の1減らして4人体制にして人件費を減らそうと説得しました。

すると半年ほどで常に30席以上が埋まる店になり、売上も黒字に転換。きちんと利益が出ればオーナーは喜ぶわけですから、それ以降は、すべて僕の自由にやらせてもらえました(笑)。

次に、一つ星でもあまり使えないような高級食材、たとえばトリュフやブルターニュ産のオマール・ブルーを使って、僕がより作りたい料理を出せる戦略を打ち出しました。

具体例で言うと、たとえば客単価40ユーロとすると、ふだんの食材は原価約25%の10ユーロですが、ここに原価8ユーロのオマールを足して、プラス10ユーロで売ろう、と。

つまりオマール分だけは原価80%に設定することで、クチコミで「あの店は高級食材が安く食べられる」という評判を広め、客数を伸ばすという戦略です。狙いは的中し、1年後には人気のレストランになっていて、ずっと満席が続く状態になっていました。

結果としては、経営的にも優秀な店になったのですね。

杉本氏:
それなのに、その店が閉店に至った理由は、僕の帰国と同時にオーナーも変わったからなんです。

実はオーナーは以前から店を手放すつもりだったのですが、倒産寸前の頃は買い手が見つからなかったという事情がありました。そこで、僕の帰国が決まってあらためて売りに出したところ、今度は利益が充分に出ている店だったので1週間で売れたのです。元値以上の価格でね。フランスでは、お店の値段は、それまでの売上や利益から算出されます。だから、こういうことが起きるんです。

その後、新しい店になって、半年で閉店してしまいました。フランスでは店舗の売買はよくあることなので珍しい話ではないのですが、思い出の店がなくなってしまったのは少し寂しいですね。

今思うと、申し訳無かったのが、自分が帰国をする際にお別れパーティを開いていただいたのですが、それが地元の新聞で記事にされてしまったんですよね。それが、客足を遠のかせる一因になってしまったのかもしれません。

杉本敬三 Restaurant La FinS(レストラン ラ フィネス)

■独立後苦戦するものの、若手料理コンクール出場が突破口に

フランスや海外での独立は考えなかったのですか?

杉本氏:
12年間フランスで生活したので、外国はもう充分(笑)。アルザスの店では思う存分、フランス人相手に自分の料理を作れましたし、次は日本で勝負したいと思ったのです。

東京の新橋という立地を選んだ理由を教えてください。

杉本氏:
2011年2月末に帰国し、物件を探し始めた矢先に東日本大震災に遭ったので、落ち着いてから探し直して見つけたのが現在の場所でした。最寄り駅からの距離や物件の広さなど、条件はいろいろありましたけど、一番こだわったのが「安全性」。

地震や火事などの非常時に、スムーズに非難できる非常口が2つ以上あるかなど、安全な動線が確保できているかどうかを見極めました。当初は銀座も考えていたのですが、そういう物件がなかなか見つからなくて。

一方、ビジネスマンが多い繁華街というイメージが強い新橋は、フランス料理店向きではないことはわかっていましたが、東京駅や羽田空港からのアクセスもいい。徒歩数分で銀座エリアですし、これから国際化がますます進むなか、幅広い層のお客さまを迎えるにも悪くない場所だと思ったのです。

店舗面積は50坪と広く、ホールは曲線を多用した贅沢な空間ですね。

杉本氏:
店舗デザインとしては全く合理的な空間ではないですね。でも、フランス人は、ふだんの生活は質素で合理的ですが、高級店などで贅沢な時間を過ごしたいときは「合理化された部分は見たくない」という考え方が根本にある。

僕は自分のフランス料理を作るためには、1人のコース料金2万円以上をイメージしていたので、空間づくりにはその点を重視しました。

壁は直線を生かした方が工事費を大幅に削減できるのですが、あえて間接照明を仕込んだ壁面造作の壁を設け、入口からホールまでわざと遠くなるように廊下を確保しました。

高級ホテルのロビーのように、一見、無駄と思えるような空間こそ、本当の贅沢を感じるものですからね。また、トイレと厨房の水回りを離したり、車椅子が入れるバリアフリーのトイレを完備するなど、フランスでは法律で定められている当たり前の設備にもこだわりました。おかげで開業資金は想像以上にかかってしまいました。

独立当初から経営は順調だったのですか?

杉本氏:
とんでもない!最初の2年間は赤字で、2000万円あった運転資金はほぼ使い切ってしまったくらいです。開業後、つくづく感じたのが、日本人のお客さまに対して「考え方が甘かった」ということでした。

フランスで12年修業したと言っても、僕は有名店では修業していないし、研修先や短期間働いた三つ星レストランの店名を出すのもおかしいので、しませんでした。

でも日本人のお客さまは思っていた以上にブランド好きで、有名店の修業先や師匠の名前が出せないシェフの店には、なかなか足を運んでくれないと思い知りました。

そんなとき、突破口となったのが、若手料理人のコンクール「RED U-35」への出場でした。ちょうど35歳を迎える直前だったので、年齢的にも最後のチャンスになるからと、周囲の方々がすすめてくださったのです。

見事に優勝され、料理業界では注目を集めた出来事でした。その後、お店の状況は変わりましたか?

杉本氏:
それはもう、すごく変わりました(笑)。そもそもコンクール出場の目的は、店の宣伝や新規顧客開拓のためでもあったので、効果は想像以上でしたね。また、コンクールに出場してもう一つよかった点が、完全週休2日をより有効に使えるようになったことです。

優勝を機に、食のイベントなどで全国各地からお声がけいただくことが多くなり、これまで知らなかった食材に出合える機会が増え、人脈も広がりました。

経営が厳しくても完全週休2日にこだわってきたそうですね。

杉本氏:
なぜかと言えば、レストランを離れた仕事もできるようにするためです。

僕がこれまで料理人として成長できたのは、高校時代から開いていたレストランイベントや出張料理などの活動がとても大きな部分を占めてきました。厨房以外の場所で、お客さまと一対一で向き合い「おいしかったよ」「頑張って」などと直接言っていただけることが、とても励みになったし、皆さんに育てていただいたという実感があります。

だから独立して店を構えても、今後の成長のためには店の営業以外の時間をとるのが不可欠だと思っていました。

完全週休2日のおかげで、時間のかかる取材やイベント、遠方への出張も可能ですし、今も3ヵ月くらい先まで予定はびっしり。よい刺激を受けますし、料理の発想の幅もますます広がっていると思います。

Restaurant La FinS(レストラン ラ フィネス)内観

Restaurant La FinS(レストラン ラ フィネス)

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日・月曜