Foodion │ 一流シェフ・料理人のプロフェッショナル論。

フランス・日本の二拠点経営を行うシェフ。目指すは食を通した社会への新しい価値提供、あるいはレジスタンス。

KEISUKE MATSUSHIMA
松嶋 啓介
20歳で渡仏し、2002年12月、25歳の誕生日に南仏ニースで独立をはたした松嶋啓介氏。3年目には外国人としては最年少でフランス・ミシュランの星を獲得するという偉業を成し遂げ、10年間維持し続けてきた。2009年春には、東京・神宮前にもレストランをオープン。現在、ニースではビストロと魚介料理専門店を含めて3店、東京の1店を経営し、国内外から声がかかる企画や催事にも多数関わりながら、新店の計画も進行中だ。
 フランスと日本を頻繁に行き来し、多忙を極めるなかでも「仕事をつらいと感じたことはない」と言い、目標に向かって柔軟に軌道修正しながら突き進む。その尋常ではない発想と行動力を支えるのは、料理人の枠を超えた独自の哲学だ。

matsusima_0405

■フランスへ行くための最短の道を考えて修業先を選定

料理の道に入ったきっかけは?

松嶋氏:
子供の頃から、味噌や牛乳の味が変わると指摘するほど味覚には敏感だったんです。それで母から「そんなに味にうるさいなら料理でもしてみれば?」と言われ、料理に興味をもつようになりました。幼い頃に農業をしていた祖父のところによく遊びに行き、福岡で自然のままの素材の味を思い切り体験していたのも、幸運だったと思います。小学5年生のとき、コロンブスの伝記を読んで「僕もいつか日本を出たい」と思ったのが、フランス料理のシェフを志したきっかけです。そのときから、フランスには絶対に行こうと決めていました。

 

日本ではどのような修業を積まれたのですか?

松嶋氏:
僕は日本では、ほとんど料理の修業はしてないんです(苦笑)。料理の専門学校を出てから、とにかくフランスに行くための準備として、フランスの修業歴の長いシェフのもとで働きたいと考え、東京・渋谷にあった「ヴァンセーヌ」に入りました。シェフの酒井一之氏は当時、フランス料理研究会の事務局長も務めていて、フランスの地方料理について造詣が深い著名な一人。料理はもちろん、フランス修業についても学べることが多いと思ったのです。ところが、1年目の新人はサービススタッフからのスタート。料理はさせてもらえないから自主的に朝早くから調理場に入って仕込みの手伝いをしたりはしていました。その後、調理場にも入れたのですが、現場は完全に縦社会で先輩たちとは反りが合わないし、理不尽なことも多い。日本での料理修業では、当たり前のことでも僕には我慢できませんでした。

結局、1年半くらいで辞めてフランスに渡ってしまったので、酒井シェフから直接料理を学ぶ機会はほとんどなかったのですが、彼から「フランス人社会での生き方」を教えてもらえたのは大きかったですね。

とくに意識して独学で勉強したのがフランス語です。僕は現地の言葉を覚えないまま料理を覚えるなんて、不可能だと思う。酒井シェフからも「フランス語がわからないまま修業に行っても、フランス料理の文化の本質はわからない。そんなふうにはなるな。」と言われていました。酒井シェフ自身、フランス語がとても堪能でしたから説得力がありましたね。専門学校に入る頃には料理に使う用語はほとんど覚えていましたが、とにかく単語だけは誰にも負けないくらい覚えて、骨をうずめる覚悟でフランスに渡りました。

 

matsusima_0874

■フランス料理を理解するために、フランス人の感性を身につける

20歳そこそこで単身でフランスに渡るとは、すごい行動力ですよね。

松嶋氏:
子供の頃から、思い込んだら行動するタイプなんです。フランスでは日本と全然違って、すぐに厨房に立たせてもらえました。彼らは仕事が嫌いというか(苦笑)、やりたい人はやらせてもらえる、という感じ。
自分で言うのもなんですが、僕は手先が器用で飲み込みは早いほうなので、新しい店の厨房に入ってはその店のよい部分を吸収するつもりで、技術と経験を積み重ねていきました。数ヶ月から半年くらいで辞めることを繰り返しながら、3年で12軒くらいは回ったと思います。

 

不慣れな外国で環境が次々と変わるなんて、つらいことはありませんでしたか?

松嶋氏:
いや、まったく(笑)。むしろ新しい世界を体験できることは楽しかったですね。もちろん、物事がスムーズに進まないことはしょっちゅうでしたが、ずっとフランス料理を学びたくて現地に行ったわけですから、苦しいとかつらいとか感じることはなかったですよ。それに、だいたいどこへ行っても「ケイスケは面白いヤツだ。」と言ってもらえていたので、自分にとっては日本よりも水が合うと感じていました。

 

やはり語学が得意だったのが、役に立ったのでしょうか?

松嶋氏:
それはそう思います。それでも最初は単語を覚えただけではしゃべれなかったから、かなり一生懸命勉強しました。フランスに渡って1ヵ月くらいでなんとか会話ができるようになり、流暢に話せるようになったのは8ヵ月くらいたった頃でした。現場でいい仕事を回してもらうためにも、フランス語が話せたほうが絶対に有利だとは思います。
そうそう、現地で仲間を作る上では、下ネタをきちんとしゃべれる、みたいなことも大事なんです。このネタなら、僕は本を書けますよ(笑)。

僕がフランスになじめたのは、フランス人になりきろうという気持ちが強かったこともあると思います。今も昔もフランスでは日本人がたくさん修業していますが、そこまで思っている人は少ないんじゃないかな。外国に行くと日本人は集まりたがるけど、パリで日本人コミュニティに入ってどうするの?と聞きたい。せっかくフランスにいるのに、彼らの世界に入って吸収できるものはしていかないと、もったいない。フランス人の気持ちや考え方がわからなければ、フランス料理は理解できないと思います。

フランス人のシェフと付き合うとわかるのですが、彼らは、料理だけでなく、政治やスポーツなど幅広く、話好きな人が多くて面白いんです。今年の3月末にモンペリエの三ツ星レストラン「ジャルダン・デ・サンス」がいったん閉店することになった時も、その店で修業経験をもつ40人くらいが一堂に集まって閉店記念パーティを開いたんですが、楽しかったです。ほとんどが有名なシェフになっているメンバーばかりで…そういった横のつながりは今でも大切にしています。

 

フランス人になりきるために、語学以外でとくに勉強したことはありますか?

松嶋氏:
日本にいる間は、カルロス・ゴーン氏の経営書やフィリップ・トルシエ監督の自叙伝など、日本に関わりの深いフランス人の本もよく読んでいましたね。もちろん料理に関する本も読んでいましたけど。
フランス人が何を考えているのか、彼らの思考回路や日本人をどんなふうに見ているのかに、興味があったので、調べることは意識していました。それは結果的に、フランス人の感性に近づくだけでなく、フランス人のお客さまが何をしたら喜んでもらえるのかなど、そういったことを考えるうえでも役に立ちました。

KEISUKE MATSUSHIMA

お問い合わせ
03-5772-2091
アクセス
東京都渋谷区神宮前1-4-20  パークコート神宮前1F
東京メトロ千代田線「明治神宮前駅」より徒歩10分、JR山手線「原宿駅」より徒歩10分
営業時間
11:30~15:00(L.O.13:30)
18:00~23:00(L.O.21:00)
定休日
無休(年末年始休暇/その他臨時休業除く)
求人情報
ACCELAIRE

New Interview