[New] Foodionでのインタビューが書籍になりました!

お金も評価もただの結果。それを目的にしてはいけない。

京料理 たか木
高木 一雄

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■料理人だった祖父の姿に憧れて。

この世界に入られたきっかけはありますか?

僕の大好きな祖父が料理人だったのですが、家に遊びに行くと築地に買出しへ行ってお寿司を握ってくれたり、釣りに連れて行ってくれて釣れた魚を料理してくれたり…、すごく可愛がってくれたんです。そんな大好きで尊敬していたおじいちゃんの姿を見て、幼稚園の頃には「大きくなったら料理人になる!」と決めていました。母も料理好きで、僕が中学生の時に自宅で料理教室をはじめたのですが、生徒さんが200人くらいいましたね。そして父はホテルマンだったので、家に料理人が遊びに来ることもあり、そんな時には母が手料理でもてなして…という環境で育ちましたから、物心ついた時には料理を仕事にしようという気持ちがありました。

実際に料理の道に入ったのはいつ頃でしたか?

本格的に修行に入ったのは大学4回生の時でした。僕の師匠は、母が習いに行っていた料理教室の講師もしていて、京都の老舗料亭「京大和」の料理長でした。子どもの頃から親に連れられ、よく店に食べに行っていたのですけど、その師匠が「料理の勉強は大学を出てからでも遅くない。大学で学んでそれでも料理人になりたいと思うのならば、うちの店に修業に来ればいい」と言ってくれていたのです。そして大学に入ったのですが、大学生活がつまらなくて(笑)。友達は沢山できましたが、彼らが話すことといえば女の子のこと、車のこと…そういう普通の話ばかり。僕は母の料理教室を手伝うようになっていましたし、若い専門学校の子が料理店で修業している姿を目にして…すごく焦りました。そこで師匠の所へ行き「大学辞めるから修行させてください」と言いに行ったんです。でも師匠に「大学も通えないお前が料理の修行を続けられるわけがない。ちゃんと大学を卒業してから来い」と怒られました(笑)。

その後、在学中に「1年間大学を休学して英語を学ぶためにイギリス留学したい」と相談した時は「日本料理は必ず世界へ出ていく時が来る。とてもいいことだからぜひ勉強してきなさい」と言ってくれて…。僕はまだ十代で、師匠の言葉の意味を解っていなかったのですが、師匠は日本料理がいずれ世界で認められることに気づいていたのです。

そしてイギリス留学から戻り、4回生の頃には学校も週1程度で良かったので、晴れて修行させてもらえることになりました。当時は大卒で料理人を目指す人は少なかったので、同年代のスタッフがみな先輩で…修行時代のことは辛すぎてもう忘れました(笑)。とにかく大変で85kgあった体重は、修業に入って62kgになっていました。

修行生活はどんな感じでしたか?

最初に北の「大和屋」で4年間修業し、その後「京大和」に移り2年間修行しました。そしてその頃に3人目の子供が生まれたこともあり、「今のままだと給料が少なくて生活できない」と師匠に相談したところ、「じゃあホテルの調理場へ行ってこい」という話になりました。

ホテルで働くことでお金は今までよりもらえたのですが、ホテルの調理場の仕事に全くやりがいを感じられなかった。せっかく修業した結果がこれなのか…僕はこんな目先のお金をもらうために修業してきたんじゃない、と悩みました。そこで半年ほどで「ホテルを辞めさせてください!」と師匠に土下座して、「京大和」の調理場に戻らせてもらいました。ホテルは休みも週休二日で待遇は良かったんですが…このままここにいたら料理人としてはつぶれると思いました。180kmを出せる力が無いと、平均100kmでは走れない、というか。修業は、一線を越えられるかどうかが、とても大事。あの時そのままホテルにいたら、今の僕は無かったと思いますね。

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■一流の仕事の素晴らしさを再確認。

ホテルと料亭ではそんなに仕事に違いがあったのでしょうか?

ホテルに一度出されて、僕の気持ちは本当に変わりましたね。これは今、修業している若い子達に伝えたいのですが、最初からいい店に修業に入ると、最初はすごく感動するのですが、1年もすれば慣れてしまって、全てがあたり前になってしまいます。食材も器も普通の店では使えない上質なものでも、毎日見ているとそれが特別だと感じられなくなってくるんです。

僕はホテルに出してもらって、自分が今までいかにいい料理をさせてもらっていたのか、良い食材を触らせてもらっていたのか、良い器を使っていたのか…ということに改めて気づかされたんです。そして師匠に頭を下げて帰らせてもらってからが、本当の意味での修行のはじまりだったと思います。それからは仕事への意識も大きく変わりましたので、1年後には煮方になり、2年後には2番手になり…という感じでした。

出戻った以上は師匠が出ていけというまで、師匠についていく覚悟でした。そして師匠が年齢的な理由で引退することになりましたので師匠と一緒に店を辞め、10年間の修行生活が終わりました。これを「総上がり」と言うのですが、料理長が辞める時に弟子も一緒に辞めるという形で…僕が31歳の時でした。

修行を終えてからはすぐに独立されたのですか?

相談をしたところ、妻は「休みと安定のあるホテルに勤めてほしい」という意見でした。そこでホテルの仕事を探してみたところ、そこそこのポジションで呼んでくれるところもあったのですが…やっぱり僕は料理屋をやりたい、と思ったのです。

そのとき、昔一度、芦屋で仲良くさせてもらっていた器屋のオーナーさんに「私と組んで一緒に料理屋さんをやらないか?」と誘われたことを思い出しました。再び訪ねて行ったところ「実は器屋を辞めようと思っているから、この場所を使って自分の店をしたらどう?」と言ってもらって…。芦屋駅近くの8坪ほどの土地に、4人がけのテーブルとカウンターで全部で10席の小さな店をオープンすることになりました。

店をオープンされていかがでしたか?

最初は知り合いがいっぱい来てくれるのですが、2月にオープンし4月からGWにかけて知り合いがひと通り来た後に…誰も来なくなりました(笑)。僕自身に何の計画も無く、チラシをまいた訳でも無かったのでとても困りましたが、3月に来られたお客様のひとりがグルメ雑誌のライターをしている方で、雑誌で紹介してもらえたのです。それをきっかけに他の雑誌にも取材に来てもらえて、だんだん口コミで広がっていった感じでした。

京料理 たか木

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