レストランサービスは世界一楽しい仕事。この魅力を若い人たちにも伝えたい

レストラン アロム
岡部 一己

レストラン アロム 岡部一己&スタッフ
写真:店舗提供

■料理人とサービスマンの新たな関係が業界を変える

ところで、独立を意識したのはいつ頃だったのですか?

岡部氏:
「ドン・ピエール」の支配人時代に、常連のお客さまに「岡部君、独立しないの?」と声をかけられてからですね。その後、たまたま独立の準備を進めていた「ル・ブルギニオン」の菊地美升シェフに立ち上げスタッフとして誘われ、新店舗オープンに関われることに魅力に感じて、二つ返事でOKしました。

「ル・ブルギニオン」では、支配人として招かれたのですよね。

岡部氏:
はい。菊地シェフは、表参道にあった人気のフレンチ「アンフォール」の元シェフで、独立自体が注目されていて、さらにスタッフにコンクール受賞歴が豊富なソムリエールもいて、最初から話題性充分の店でした。

メディアの取材も毎日のように受けていて、僕はシェフとソムリエールという二大看板を生かすにはどうしたらいいか、いつも考えていました。実際はサービスも調理場もスタッフはほぼ初めて顔を合わせるようなメンバーだったので、最初はオペレーションがうまくまわらなくて大変でしたけど、オープン早々から常に満席で、経営は順調でした。

その間に並行して、独立の準備もされていたのですか?

岡部氏:
そうです。だからこそ、給与計算はじめ会計士さんや銀行とのやりとりや資料づくりなど、経理関係の仕事は全部やらせてもらいました。「面倒なことは僕がやるので、シェフは料理に専念してください」と言って(笑)。そういったお金の流れや仕組みを勉強させてもらえたのは、ありがたかったですね。

菊地シェフは「岡部が言うことはお客さまが言っているのと同じだから、何でもやるよ」と言ってくださる方でしたので、居心地はよかったですね。それまでのオーナーシェフと言えば「料理さえよければお客は来るんだ」という職人タイプが多かったけど、菊地シェフ以降は、ギャルソンやソムリエと二人三脚、三人四脚でやっていこうとするオーナーが増えて、レストラン業界全体が少しずつ変わっていったように思います。

レストラン アロム 岡部一己

■独立と華々しい成功、そして撤退と2億円の借金。……波乱に満ちたレストラン経営

それから3年ほどで独立されました。計画はスムーズに進まれました?

岡部氏:
いやいや、スムーズではないですよ(苦笑)。資金集めも大変でしたし、スタッフもなかなかそろわなかったり……でも、最終的には、僕がやりたかったフランス料理店が実現できそうな理想的なメンバーが集まり、2002年10月に東京・麹町に「オーグードゥジュール」をオープンさせました。

最初のうちは全然集客できなくて、資金繰りをどうしようとか、そんなことばかり考えていてつらかったですね。「ブルギニオン」では開業当初から満席でしたから、状況はまったく違っていました。1日1組しかお客さまが来ないなんて日もあり、すぐに経営者としての厳しい現実を思い知りました。

そんな時期もあったのですね。危機はどうやって乗り越えたのでしょう?

岡部氏:
1ヵ月ほどして『東京レストランガイド』で突然1位をいただいたんです。今でいう「食べログ」みたいなレストラン口コミサイトだったので、発表された夜から予約の電話が鳴りっぱなしでした。そこから快進撃が始まり、すぐに年末まで満席になって……。

ただ、こうなると今度はきちんとお客さまにサービスできているか不安になって、年明けには30席を26席くらいに減らしました。売上げを多少落としてでも、とにかくいい料理とサービスが提供できるように努めなければ、と言い聞かせていましたね。

その後、次々と新店をオープンされて、勢いがありました。グループ内に星を獲った店舗も複数ありましたよね。

岡部氏:
最初は支店をオープンするつもりはなかったのですが、予想以上に実力のある料理人やサービスマンが集まってしまった。そんな、彼らの活躍の舞台を用意したいという思いが強かったんです。それが、出店を重ねることに繋がりました。各店に入るシェフには厨房の設計から希望を聞き、料理の内容や原価率の管理も一任していました。店ありきというよりも、シェフありきでの出店だったんです。

僕は基本的に寂しがりやなんで、スタッフに辞めていかれるのが嫌だった。だからこそ、2004年には日本橋、2007年には代官山、東京駅前の新丸ビルへと出店が続きました。でもふり返ると、この新丸ビルへの出店が一つのターニングポイントだった。

あれ以降、数々の大きな商業施設から出店のオファーをいただいていました。「天狗になってはいけない、地に足をつけていないと」と人から言われていたし、自分でもそう思っていたつもりだったんですが、動き出せば何とかなるという傲りがあったんでしょうね。

経営者としての欲が出てしまった…?

岡部氏:
そうですね。丸ビルで終わりにしておけばよかったのですが、2010年秋に羽田空港の国際旅客ターミナルビルに支店を出してから歯車が狂い始めてしまった。一時期は8店舗まで増えていたのですが、東日本大震災の影響もあり、資金繰りやお店の撤退のタイミングなど経営者として判断ミスが重なりました。

うまくいかない店が出てくると、どうやってその店をカバーするか、ということを考えますよね。でも、実はそのことが、他のうまくいっている店に負担をかけてしまう。その結果、うまくいっている店までおかしなことになっていくのです。

気がつけば信頼していたシェフたちは独立していき、それぞれのシェフの個性が色濃く残った店を次の世代にうまく引き継ぐことができなかった。結果、すべてを手放すことになり、最終的には2016年12月に負債総額2億円で自己破産しました。

周りの方々にもご迷惑をかけましたし、つらい選択でした。後進のために話すとしたら、経営者として一番の反省点は、出店したことよりも退店の時期を決断できなかったこと。店がまわり始めるのは最低でも半年、長くても1年。でも、その先が見えなければ1、2ヵ月で撤退の判断をすべきでした。

レストラン アロム
写真:店舗提供

■100%の料理を200%にして出すのがプロの技術

大変なご経験でしたね……。ここ数年は、どのようなお仕事をされていたのですか?

岡部氏:
以前からレストランサービスのコンサルティングの仕事はさせていただいたので、東京・池袋の「パリの朝市」や大崎の「ラ・クール・ド・コンマ」など、フランス料理店でギャルソンやサービスのトレーニングなどをしていました。サービスとしての仕事に立ち返りました。現在は神楽坂の「レストランアロム」で総支配人として勤めています。

この店は、「ラ・クール・ド・コンマ」と同じ株式会社ヴィノラムというワインの輸入業者がオーナーで、社長とは「ドン・ピエール」時代からのおつきあい。まだオープンしたばかりの新しい店なのですが、シェフもソムリエも実力のあるスタッフが集ったので、これからが楽しみなんですよ。

サービスのトレーニングについてお聞かせいただけますか?

岡部氏:
サービスの知識や技術は、もちろん言葉で教えないといけないと思いますが、僕はまず最初に仕事を通じて「喜び」や「楽しさ」を感じてもらうようにしています。くり返しになりますが、何よりも指導する側の100の言葉より、お客さまの1つの言葉が心に響きますから。そこをスタートに、こうすればもっとよくなる、もっと喜んでいただけるよね、という流れにして次の段階につなげます。

だから若いスタッフには、なるべくお客さまとの会話に巻き込んで、多くの機会を経験させるようにします。たとえば古くから知り合いのお客さまには、あえて若いスタッフを紹介し、僕はさりげなく離れて、そのまま会話をつなげてもらうようにするんです。

レストラン アロム 岡部一己

お客さまとの直接のやりとりが、一番の勉強になるわけですね。

岡部氏:
そのとおりです。ただし残念なことに、お客さまと会話すると怒られると思っている若い子が少なくない。支配人から「お前、何いつまでもしゃべってるんだ」なんて言われてしまう、と。

だからこそ、僕は会話好きのお客さまにこそ、若い子をつけたほうがいいと思います。そこを任せられるぶん、ベテランのスタッフは自由に動き回れて仕事が楽になりますしね。僕は人見知りなので、お客さまと話すより、レストランを円滑にまわすことの方が好きなので、そう思います。

サービスでもっとも大切なことは「距離感」です。テーブルごとにひとりひとりのお客さまの心地いい距離感があるはずで、それをいかにうまくとるかが、この仕事の醍醐味でもあると思うんです。経験を積めば、自ずとその感覚は身につきます。そのためにも、たくさんのお客さまとに接することが一番のトレーニングになると思います。

サービスと調理場のスタッフは、実は仲がよくないという現場の話も聞きます。その点はどうお考えですか?

岡部氏:
僕は調理場に対しては、一歩ひきますね。料理人がいなければ、サービスマンの仕事も成り立たないですから。

ギャルソンにとって料理やワインは、いいサービスをするためのアイテムに過ぎません。いいアイテムをそろえるためには、料理人に気持ちよく料理をつくってほしいから、そこは気をつけます。理不尽なことを言われても、できるだけ受け流すようにして(苦笑)。

当然、100%の料理を作ってくれれば、僕は200%の状態でお客さまにお出ししますよ。そこはプロとして大前提。そうすれば、料理人との信頼関係も築けるんです。

レストラン アロム 岡部一己

最後に、今後の目標、夢をお聞かせください。

岡部氏:
まずは、この「レストラン・アロム」を素晴らしいお店にしていきたい。神楽坂という土地では珍しく、深夜までやっているレストランなんです。僕はここを、「大人のテーマパーク」みたいなところにしたい。いろいろな大人のワガママをかなえられるようなね。そういうのが好きなんですよ。

最近は、お客さまがお行儀よくなってしまったというか、ワガママなご要望が少ないのがちょっと残念ですね。この店はワインショップも併設しているので、そんな個性も生かしていろいろな仕掛けも打ち出していく予定です。夜中の2時まで営業しているので、0時から食べられる夜メニューも検討中です。レストランは食事をするだけではなく、もっともっと楽しめるところ。お客さまもスタッフも、皆が楽しいと思える店にしたいですね。

それと、僕は経営者として一度は失敗しました。ですが、もしチャンスがあれば、もう一度チャレンジをしたい。もう48歳になるので、30代で独立したときのような時間はないから、なるべく早送りで頑張ります。

最後に。僕はギャルソンは世界一の仕事だと思っているので、その面白さはもっと若い人たちに伝えていきたい。料理人もそうですが、飲食業ほどお客さまに喜んでもらえる仕事はないですよ。たくさんの若い人が目指したくなる、そんな業界になるように、いちサービスマンとして、尽力していきたいと思います。

(聞き手:齋藤 理、文:村山 知子、写真:清水 知成、店舗/料理画像:店舗提供)

レストラン アロム 内観
写真:店舗提供

レストラン アロム 外観

レストラン アロム

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