イタリアの郷土料理を広めて、イタリア料理業界の活性化につなげたい

ペペロッソ(PepeRosso)
今井 和正

■高校の進路相談をきっかけに、料理人の道に進むことを決意

料理人を志したのは、いつからだったのですか?

今井氏:
僕が幼い頃、祖父がお金を稼げるくらい美味しいおでんを造る方で、料理も大好きになっていたのです。ただし本気で料理人になろうと考えたのは、高校の進路相談がきっかけ。大学か就職か選択を迫られて、今ならイタリア文化を学んでみたいと思うのですが、当時は大学に行きたいとは思えなくて。すると面談で先生から突然、「お前、野望はあるか?」と言われて。その言葉に衝撃を受けたんですね。

「野望があるなら、絶対に料理人か美容師か、車のデザイナーになりなさい」と。ふだん僕が好きで、夢中になれることを見抜いてくれていたのだと思います。

熱い先生ですね!先生の熱意を素直に受け止めて、調理師専門学校に進学したんですね。

今井氏:
先生から「料理人で勝ち組になりたいなら、辻調(辻調理師専門学校)に行け。その代わり、めちゃくちゃ厳しいぞ」とアドバイスされたのです。僕自身は本気でやるなら厳しい方がよかったので、辻調グループのエコール・キュリネール国立(現・エコール辻)に進学しました。

どんな学生生活でしたか?

今井氏:
忙しかったですね。自分で言うのも何ですが、当時は死ぬ気で勉強して、死ぬ気で働いてました。実家は千葉の四街道市だったので寮生活をしていたのですが、学校に行きながらアルバイトで1ヵ月にサラリーマンの初任給くらい稼いで、週2回くらいのペースで勉強のための外食をしていました。都心のレストランはもちろん、日帰りで静岡とか京都、大阪といったところまで…工夫しながらできるだけ交通費は浮かせて、あらゆるジャンルの店に行きました。

ご自身の専門分野をイタリア料理にした決め手は何だったのですか?

今井氏:
外食した先で、いろいろな店のシェフと話をさせていただくうちに、イタリア料理、とくに地方によって異なる個性豊かな郷土料理の話が面白いと感じたのです。もともと高校入試の社会で満点近くをとるくらい、歴史が大好きだったんですけど、学校でもイタリア料理の勉強をするうちに、どんどん好きになって。ヨーロッパ料理の歴史の始まりもイタリア料理ですし、そこから積み上げていこうと考えるようになりました。

■イタリア本場の郷土料理を学びたくて、イタリア人とともに働く

修業先は、どのように決めたのですか?

今井氏:
2005年当時、日本のイタリア料理界は、料理人の個性を打ち出したクリエイティブ系と、地方色豊かな昔ながらの郷土料理系という、大きく分けて2つの系統がありました。僕は、とにかくイタリア料理の歴史を勉強したかった。だから、後者の郷土料理系、しかもイタリア人がいる店の方がいいな、と思って入った修業先が東京・広尾の「イル・ブッテロ」。120席くらいある一軒家のレストランで、調理場だけで12、3人のスタッフがいて、半分ほどがイタリア人だったのです。だから共通言語はイタリア語。しかも当時は、洗い場はフィリピン人のスタッフで、英語しかわからないという状況で、いきなり2カ国を同時に勉強しなくちゃならない。凄く大変で、こんなことなら、すぐにでもイタリアに渡ればよかった、と思ったくらいです。

日本にいながらにしてイタリア人に囲まれた環境で、学ぶことも多かったでしょうね。

今井氏:
それがペアで組んでいたイタリア人が、なぜか料理は素人(苦笑)。だから、僕が教えなくてはいけなかったんです。でも僕だって専門学校を出たてで技術はないし、何よりもイタリア語でコミュニケーションがとれない。たとえば魚料理で塩が強すぎた時、下処理のマリネかソースか、どこが問題なのか伝えなくちゃいけないのに、それすらうまく話せない。

その上、仕事はすごく忙しく、当時未熟で若かった僕にとっては想像以上に拘束時間は長く感じられて、現実は厳しかった。店にはイタリア人のエグゼクティブシェフがいたのですが、現場を仕切っていたのは日本人シェフ。日本人シェフの方は所謂”職人さん”で駆け出しで若かった僕はぶつかることも多く、結果としては2ヵ月で一度飛び出してしまったんです。

今ではその日本シェフの方の厳しさは”愛”だっと感謝しています。辛いことから逃げないメンタルを育てられました。

2ヵ月で辞めてしまったのですか?

今井氏:
それでも、シェフには「半年後には必ず戻ってきます」と、自分の包丁セット一式を置いて出て行きました。仕事以外でやりたいこともあったし、何よりイタリア語が通じないのがジレンマだったので、一度、集中して勉強したかったのです。それで半年間、納得いくまで独学でイタリア語を勉強してから戻りました。

まだ18歳。いったんとび出した現場に戻るのは勇気が必要だったでしょうね。

今井氏:
自分で決めたことだったので、その点は大丈夫でした。何を言われても動じない決心がありました。戻ったら、周りも「あいつは約束を守った」という目で見てくれましたしね。半年ぶりに見た僕の包丁が捨てられずに綺麗に保管されていたのは、驚きでした。ぶつかり合ったシェフや周りの料理人達が、無知な若僧の当時の僕はそんな人だとは思っていなかったので…。でも、プロの料理人とは、そういうものなんだと身にしみましたね。僕もそうなりたいと思いました。

独学で身につけたイタリア語はさすがに流暢というわけではなかったけど、今度は単語だけはしっかり頭の中に入っていたので、どんどんコミュニケーションがとれるようになりました。気持ちも落ち着いて、何を言われても一生懸命、がむしゃらに仕事に取り組めました。

それから5年半、現場の各ポジションを回られたのですね。

今井氏:
尊敬するイタリア人シェフのおじいちゃんから「一つの店を2、3年で辞めてしまっては、その店の本当の魅力はわからない。経営面も勉強できるから5年間くらい働いた方がいい」という話を聞いて、それを信じてみようと思ったんです。数年で閉店する店も多いので、長く続けられる店の秘訣を知りたいという思いもありました。

「イル・ブッテロ」はレストランウェディングでも人気の店で、週末は多いときで1日に昼2組、夜2組も受け、2階でウェディングをしながら1階ではレストラン営業したりと、調理場はまさに戦場。わけがわからなくなるほど忙しかったです。それでも、大きな魚を1日30尾も40尾もおろすなど、この時期にものすごい量の食材を扱えたのはいい経験でした。おかげで調理の技術もスピードも身に付きました。

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