イタリアの郷土料理を広めて、イタリア料理業界の活性化につなげたい

PepeRosso(ペペロッソ)
今井 和正

厨房で生地をこねる今井和正 PepeRosso(ペペロッソ)

■尊敬するシェフと一緒にイタリア全土の郷土料理を探求

5年半の間に本来の目的だった、イタリアの郷土料理についても知識が深まりましたか?

今井氏:
それが「イル・ブッテロ」で働いていたイタリア人は、ほとんどがトスカーナ地方かナポリ地方の出身で、店のメニューもトスカーナ料理とナポリ料理が中心だったのです。イタリアには20州あるわけで、勉強すればするほど他の地方料理も学びたくなってしまって。それを掴むために、次に門を叩いたのが同じ広尾の「インカント」でした。

選んだ理由は、いろいろ食べ歩いた中で、もっとも私がやりたいと思っていたことを具現化していた店だったから。イタリア修業歴が豊富なシェフの小池教之さんは、当時からイタリア全土の郷土料理を徹底的に研究して、メニューに反映されていました。オーナーソムリエの竹石航さんはイタリアワインを知り尽くしていて、他のスタッフも全員が30代以上のベテランぞろい。今思えば、まさに少数精鋭部隊でしたね。

最初は「20代の若手は採らないから」と断られたのですが、何度も熱意を伝えて、最後には店の近所に引っ越して、見せられる誠意を最大限にアピールしました。ちょうどサービスマンに欠員が出たタイミングで、入店することができたのです。

執念ですね。でも、調理場に入れないことに抵抗はなかったのですか?

今井氏:
いや、むしろサービスマンも経験したかったので、ちょうどよかったです。きちんとネクタイを締めて、サービスマンとしての所作や言葉遣いも教えてもらえましたし、何よりもイタリアワインを思う存分学べたのが幸運でした。

「インカント」は、イタリア全土のワインをグラスで提供していて、竹石さんは質問すれば何でも教えてくれたので、最高の環境でしたね。1年ほどして調理場に入れるようになった時も、実はもっとサービスマンを続けたかったくらいです。

サービスマンの仕事も楽しかったのですね。

今井氏:
もともと料理人なので、素材や料理について他のサービスマンとはちょっと違う解説ができたし、さらに自分も好きな歴史的な背景や文化などの話も盛り込むと、お客さまに喜んでいただける手応えを感じていました。お客さまもイタリア料理が大好きでマニアックな方が多いから、盛り上がるんですよね。

調理場では、いよいよイタリア全土の郷土料理を学べたのですか?

今井氏:
本当に、毎日が濃密な日々でした(笑)。「インカント」では調理場のことを「ラボ」と呼んでいて、シェフの小池さんは、より洗練されたおいしい郷土料理をめざして、つねに全力を尽くして研究するような人。調理機器も最新設備がそろっていて、真空調理や低温調理など、新しい調理技術を学ぶのも初めて。

それまで焼くとか煮るとかイタリア人がフィーリングで培った調理技術を勉強してきたので、それを科学的に解明できるようになって、最新調理の良い面も悪い面も実感できました。

また、それまで料理書を参考に半信半疑で作っていた郷土料理の理解も深まり、さらにおいしく突き詰める作業のくり返し。毎日が楽しくてたまりませんでした。一つのメニューを出すのに、多い時は1年くらいかけて試作し続ける。ラボに入って1年後には、料理人メンバー3人が各自で課題をもって料理を研究し合っていて、チームとしてもとても充実していました。

先ほど、現代のイタリア料理はクリエイティブ系と郷土料理系の二つに大きく分かれるという話が出ましたが、どちらかというとクリエイティブ系にも聞こえます。

今井氏:
クリエイティブ系でも郷土料理系でも、新しいおいしさを生み出そうというベクトルは一緒だと思いますよ。長く親しまれてきた郷土料理は、同じレシピに見えても時代に応じて変遷を遂げています。

食材も食べ手の嗜好も変わるなか、伝統と革新をくり返さないと料理は廃れてしまう。今は、生産者の努力によって、野菜、肉、魚介、あらゆる食材のレベルが上がっている時代。だから同じ料理でも、食材に見合った調理技術の研究が必要。郷土料理に関して言えば、味や形を変えるということではなくて、本質を突いた意味での原点を理解し、分解し、再構築していくイメージですね。

PepeRosso(ペペロッソ)内装

■創業30年以上の歴史あるイタリア料理店を引き継ぐ

「インカント」を辞めたのも、入店して5年半くらい後でしたね。

今井氏:
小池さんとはずっと一緒に仕事をしたかったのですが、支店の計画などもあり、店を取り巻く状況も変わろうとしていて、僕自身、今後どうしていきたいかと考えるようになりました。そして、「イタリアの郷土料理を守る遺伝子」を日本でもっと増やしたい、郷土料理を楽しむ裾野を広めたいと思ったのです。それがイタリア料理業界の活性化にもつながるだろうし、そのために、僕が「インカント」の外に出て行く意味はあるのではないか、と。

2015年7月には東京・三軒茶屋の「ペペロッソ」のシェフに就任しました。

今井氏:
数カ月間はイタリア料理関連のイベントや他の店の手伝いをするなど、いろいろな可能性を模索しながらそれまでの経験を生かして活動していました。そんななか、ペペロッソの改革案件の話がありました。

「30年以上続く老舗のイタリア料理店で、オーナーが変わるのを機にメニューも含めてすべて自由にリニューアルしていい。店の経営も運営も任せる」というお話でした。

それまで三軒茶屋はほとんど知らないエリアでしたが、調べてみたら渋谷から東急田園都市線で2駅と近いし、都心からのアクセスもいい。若い人が多い町ですが、私の考える本格的なイタリアンは馴染みのないエリア。でも、逆にチャレンジしがいがあるとも感じました。この場所でイタリアの郷土料理を根づかせられれば、不毛の地でも普及できる可能性が広がるわけですから。「インカント」では経営や広報活動も勉強もさせてもらえたので、店長も兼ねた総料理長というポジションに不安はありませんでした。

屋号を変えなかったのは何故ですか?

今井氏:
現オーナーが、日本のイタリア料理の一時代を築いた先代オーナーと友人で、彼の思いが詰まった屋号は守ってほしいという希望だったのです。考えようによっては、地域の方に長く愛された店の思いを継承するのもいいのかな、と思って受け入れました。屋号はそのままでオーナーやシェフが変わるなんて、イタリア現地のレストランでもよくあることですしね。

リニューアル工事は1週間だけ休業して行いました。古い調理場の設備はほぼ全部、最新のものに入れ替えて、店内は昔の面影を少し残して…。イタリア料理店は、高級店の「リストランテ」とか気軽な「トラットリア」などいろいろ呼び方がありますけど、ここは、もっとも大衆的な食堂を示す「ターヴォラ・カルダ」の雰囲気にしたくて、よりカジュアルで明るいデザインに改装しました。限られた予算の中で、ただ、真っ当なイタリア郷土料理を楽しめる空間を目指しました。

友人のイラストレーターには、メニューブックの表紙や壁などあちこちに、イタリアらしいカラフルなイラストを描いてもらったんですよ。また、少しずつ作家ものの器や上質なカトラリーやグラスもそろえています。そういった細かな部分で感じるストーリーが、店の魅力にもつながると思います。

前の店のメニューは、いっさい見なかったそうですね。

今井氏:
先入観を持ちたくなかったんです。だから、ランチもディナーも「旬のイタリアの郷土料理」をコンセプトにゼロから作りました。昔から変わらない郷土料理ではなく、今、まさにイタリアで提供されている郷土料理がテーマです。おそらく、スパゲティやピッツァのような定番のイタリア料理しか知らない方にとっては、初めて見る料理ばかりではないでしょうか。なかでも郷土色豊かで親しみやすい「手打ち生パスタ」には力を入れていて、常時14種類以上はそろえるようにしています。

完全に新しい店に生まれ変わったわけですね。地元の方は驚いたのでは?

今井氏:
しばらくは昔と同じ店だと思っていらっしゃる方も多くて、最初の1年間は苦労しました。「前の簡単なメニューの方がよかった」「手打ちパスタじゃなくてスパゲティはないの?」「イタリア語のメニューがわからない」「店が明るすぎる」など、いろいろ言われましたしたけど、メニューはぶれずに郷土料理を出し続けました。1000円の安いビジネスランチはやめて、コースはランチ約3000円から、ディナー約5000円からに。

最初のうちは「値段が高すぎる」と、全然お客さんが来ない日もあったけど、それでもぶれずに一生懸命やり続けていたら、しだいに「また来るよ」「おいしかった」とおっしゃってくださる方が増えました。

PepeRosso(ペペロッソ)外観

PepeRosso(ペペロッソ)

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