料理人とは、2時間で人を幸せにできる、最高の職業

麻布 かどわき
門脇 俊哉

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■「カウンターは僕のラボ」。お客さまが店を育ててくれた

「かどわき」をオープンしたのは40歳の時。麻布十番を立地に選んだのは、20代のころに暮らしたことがあり、土地勘が少しあったからだが、お客さまの開拓はイチからだった。「かどわき」のメニューは現在おまかせのコースのみだが、開業当初はお客さんを呼び込むために単品料理の店としてスタートしたという。

集客はどのような感じでしたか?

門脇氏:
いつも1日ひと組とかふた組くらいで、ほとんど来なくて。もう最初の月の売り上げ高を見た時は「やらなきゃよかった」と思いました。お客さまはいらっしゃらなくても店は開けなければいけないから、始発で千葉の自宅まで帰って、正午くらいにまた麻布十番に戻るという毎日。夏にオープンして秋になり、朝寒くて、「これはもう通えないな」と思い始めたころからお客さんが増えて3ヶ月で売り上げが3倍くらいになったんです。

売り上げが伸びたきっかけはあったんですか?

門脇氏:
特別なことは何もしていないんです。少しずつリピーターが増えて、年が明けたころに雑誌の取材が入り、あれよあれよという間に予約がいっぱいになりました。当時足を運んでくださったお客さまは今も来てくださっていますよ。

メニューをおまかせのコースに切り替えたのは?

門脇氏:
常連さんにおすすめを聞かれてお答えしたり、新しいメニューができたときに「ちょっと一品、いかがですか?」とお聞きしている中で、「すべておまかせでいいよ」とおっしゃる方が多くなり、だんだんみなさんがそうなって。そこで、単品のメニューをやめたんです。

食材の管理を考えておまかせのスタイルをとるお店は多いですが、お客さまのリクエストで自然発生的にというのは珍しいですね。

門脇氏:
うちの店はお客さまに育てられました。ワインリストにしてもそうでね。高価なワインを置いているわけではありませんが、ワインにお詳しい方がご覧になっても「すごいね」とおっしゃってくださります。実は、私自身はもともとお酒に詳しくなくて、オープン当初は申し訳程度に置いてあるようなものだったんです。

お酒は勉強したくても時間や費用に限りもありますしね。

門脇氏:
そうなんです。ところが、お客さまは「白、何を置いているの? 赤は?」なんてお聞きになるんですね。お恥ずかしい話、私は当初ボルドーとブルゴーニュの別もわからず、シャンパンにしても「味の差があるの?」というレベルで。それでもお客さんは当然「この料理に合うワインは?」とおっしゃるわけです。「いやあ、参ったなあ」と思い、勉強しなければということで、酒屋さんを開拓するうちにいいお店に出会いましてね。いろいろと教わりながらそろえていくにあたって、これまたお客さまの舌に鍛えていただいたんです。

麻布十番のお店にいらっしゃるようなお客さまは、日ごろからいいワインを飲んでいらっしゃりそうです。

門脇氏:
はい。ありがたいことに、抜栓料を頂いて、なおかつ絶対に勉強になるお酒しか持ってこないから、と私には高価で手が出ないようなお酒を持ち込んで、飲ませてくださる方もいらっしゃいました。お陰でワインやシャンパンの味を覚えることができたんです。

まさに、お客さまに育てられたんですね。ところで、カウンターのお店ですから、舌の肥えたお客さまに料理をお出しになる緊張感というのは相当でしょうね。

門脇氏:
それはもう、カウンターでしか学べないことをどれだけ勉強させていただいたことか。例えば、以前はお刺身にわざびとしょうゆを添えてお出ししていたのですが、箸の止まるお客さまが時々いらっしゃることが気になったんですね。

そこで訪ねたところ、「お刺身はお寿司屋さんで食べるから、なくていいよ」と。そのときに初めて、気づいたんです。お客さまはいろいろなお店でお食事をされていて、それぞれで専門的なものを食べている。うちの店に通い続けていただくには、うちだけにしかないものを出さなければと。

それからはお刺身を出すにしてもわざび醤油はやめて、例えば選び抜いた塩とわさびを添えて「ワインに合いますよ」という出し方をするようになり、「トリュフごはん」などうちならではのメニューも生まれました。

うちは、テーブルとカウンターがありますが、カウンターは僕のラボみたいなものでしてね。ここでで出してお客さまの反応が良かったものしか出しません。テーブル席のお客さまに食事の後に感想をうかがっても、みなさんお優しいから「おいしい」とおっしゃるんですよ。でも、カウンターでのお客さまの表情ほど正直なものはありません。おいしいときはね、あれこれおっしゃらないです。「うまいね」って、それだけなんですよ。

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■料理人の世界は画家や小説家と同じ。完成するまではひたすらやるしかない

2006年には、麻布十番内で移転。店舗面積は1.5倍になったが、客席は4席増えたのみ。「調理場を広く充実させて、より質の高い料理を提供したい」という夢をかなえた。遠くから足を運ぶお客さまも増え、「ミシュランガイド」でも7年連続星を獲得している。しかし、良いことばかりではなかった。「そんなときに、弟子はひとりとして辞めず、お客さまは逆に応援にきてくださった。人はあたたたかいなと思いました」と門脇氏は静かに振り返る。

オープンから16年。お弟子さんも育ってきたでしょうね。

門脇氏:
二番手で店を支えてくれている弟子はうちで働きはじめて8年になります。頑張ってくれていますよ。

「こういう人と働きたい」という採用基準のようなものはありますか?

門脇氏:
いたってシンプルです。私が料理に打ち込む姿に共鳴して、料理人として必要なことを一生懸命覚えたいと思ってくれているかどうかですね。私は料理しか教えられないですから…。「有名店だから働きたい」「ただ技術を盗みたい」と考えている人は、働きはじめればすぐにわかりますよ。そういう人は私の見えないところで手を抜くんです。やはり、ちゃんとした人は「この時間までに終わらせておけよ」と声をかけると、私がその場にいなくても真剣にやります。ただ、面接ではなかなか見抜けない。

みなさん、そうおっしゃいます。

門脇氏:
やはり、仕事をしている中で、本人がどうあるかという風景が大切。それを見ないとわかりません。面接で「命をかけてやります」と真剣な表情で言って、初出勤の翌日に来ないということもあります。確かに料理人の仕事は体力的に大変だったり、「定時でさようなら」とはいかないところがありますから、「こんなはずではなかった」と感じる人もいるのでしょう。労働時間が長くなりがちですしね。ただ、料理というのは「決まった時間やれば、おいしくできる」というものではありません。画家や小説家と同じで、費やした時間が大事なわけではない。完成するまではひたすらやるしかない。

絵は「8時間描いたから、完成」というものではありませんが、料理もそうなんですね。

門脇氏:
「質の高い料理を作りたい」という思いさえ強ければ、多少のことは気にならないですし、料理人の仕事は実は条件も悪くないんですよ。技術は現場で学べるし、制服支給でクリニング代や洋服代もさほどかからない。まかないもありますから、食いっぱぐれもありません。

何より、料理人ってすごく幸せな仕事だと私は思うんですよ。いろいろな方がお客さまとしていらっしゃって、たくさんのことを教えてくださる。さらに、お金をいただいているにもかかわらず「ごちそうさまでした。ありがとうございました」と言ってくださるんです。

その言葉を聞くと、いつもうれしいなと思うんです。カウンターに立っていますとね、お客さまのその日の気分みたいなものも伝わってくるんですよ。「今日もお元気だな」とか「落ち込んでいらっしゃるのかな」とかね。でも、ご来店されたときに少し元気のない方も、2時間のコースが終わるころにはリラックスしたいい表情をされているんです。喧嘩をされたのかぎこちない雰囲気のご夫婦が、料理を楽しんだ後は仲睦まじくお帰りになったりね(笑)。

2時間で人を幸せにできるなんて、こんないい職業はない。年を重ねるほどそう感じるんです。なんか、偉そうなことは言えないですけど、ぜひ若い人にもこの喜びを味わってもらえたらなと思いますね。

(聞き手:齋藤 理、文:泉 彩子、写真:刑部友康)

麻布 かどわき

お問い合わせ
03-5772-2553
アクセス
東京都港区麻布十番2-7-2
地下鉄麻布十番駅
営業時間
18:00-1:00(L.O.23:00 ※土曜 22:00)
定休日
日曜、祝日、ゴールデンウィーク、8月中旬、年末年始