食を通して、喜びの輪を広げる。 起点は「人」であり、すべてはそこから始まる

神楽坂 石かわ
石川 秀樹

神楽坂 石かわ

皆でそろって食べるまかない飯。

■スタッフへの思い。嫌な思いをしようと思って日本料理の世界に入ってくる人はひとりもいない

2009年に初めてミシュランの三ツ星を獲得。思わず、泣いた。「星をいただいたからといって、仕事への姿勢に変わりはありません。うれしかったのは、何よりもお客さんやスタッフが喜んでくれたこと」と石川氏は振り返る。

2015年には姉妹店の「虎白」も三ツ星に選ばれ、「蓮」も二ツ星に。「虎白」は小泉さんが、「蓮」も石川さんのもとで修業を積まれた三科さんが料理長を務めていらっしゃいますね。

石川氏:
ありがたいですね。スタッフが育ち、彼らの活躍の場をと「虎白」、「蓮」を出店しました。「石かわ」は私を含め3人で始めましたが、現在、スタッフ数はその10倍近く。しかも、最近は長くいてくれる人が多いんです。

3店合同の誕生日会や海外への社員旅行などスタッフ間の交流も活発のようですね。

石川氏:
誕生日会は祝われる側が「みんなに何かお返しをしたい」ということでいつからか芸を披露する慣わしになったのですが、みんな気合いが入り過ぎてしまって(笑)。仕事に支障が出てはいけないので、毎月開催だったのを隔月にしました。

行事も盛り上がるのですが、毎日の夕礼もうちの特徴かもしれません。業務の連絡や報告をするだけでなく、ちょっとした読書会をやるんです。

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日々の夕礼は欠かさない。業務連絡だけでなく、読書会の時間があるのが特徴的だ。

読書会とは、珍しいですね。

石川氏:
本を読むのは大事。良書を読む、というのは料理に限らず、人としての心を整えるための、大切な教育の一つだと考えています。今は読書会をしていますが、以前は自分の夢や趣味などテーマを決めて話したり…。スタイルは変化していますが、自分のことをみんなの前で話すということをここ10年くらいやってきました。

日々忙しくしていると、ともすれば調理場とホールの関係はコミュニケーションが不足してお互い自分中心に動いてしまう。そういうことを絶対に避けたくて、あれやこれや考え、2年目くらいから始めたんです。お互いが、相手を作業をするロボットではなく、心を持っている存在なんだ、ということを意識できるように。

2年目ですか。かなり早くからやられているんですね。当時、人材育成に課題をお感じになっていたんでしょうか。

石川氏:
その頃、若いスタッフが半年おきくらいにコロコロ変わってしまう時期があって。この世界も向き不向きがありますし、各々に事情もありますから、辞めた子を悪くは思いません。

ただひたすら悲しくて、そのたびに私は大泣きした。スタッフが辞めるといつも。

だって、彼らの夢を潰したのは私なんだから。誰だって嫌な思いをしたくてこの世界に入ってくる人はいないはず。どんな人も、夢や希望を持って入ってきてくれるのに、それを潰してしまった、と。

でも、泣いてばかりいるわけにはいかない。そこで、スタッフに喜んでうちにいてもらえるようにいろいろなことをやるようになったんです。

確かに、読書会や誕生日会だけでなく、海外研修に行ったり、社員寮を用意したり、社内報の発行もされていますよね。石川さんご自身が経験されてきた徒弟制度の世界とはずいぶん違うように感じます。

石川氏:
日本料理の徒弟制度には理不尽な面もありましたが、良い面もありました。親方が家族のように弟子の生活や職の面倒を見てくれましたし、親方や兄弟子たちとの交流から対人関係の機微も学ぶことができた。理不尽な面自体も、今では理不尽こそが人をたくましく育てると思っています。

私は、そのいいところは残しつつ、さらにいいシステムをつくりたい。料理もお店づくりも、今までにないことをやりたい。それこそが仕事の意義だと思っているんです。

口はばったいのですが、うちの店にお客さんがなぜ来てくださるのかというと、料理にせよ、器づかいにせよ、奇抜ではないけれど、どこか今までにないものだからなんです。今までありそうで、なかったもの。そういうものをつくっていきたいんです。それを継続的にするためには、スタッフや、業者さんが喜んで働ける環境をつくらないと。

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定期的に発刊する社内報には、社員だけでなく、関連業者の紹介なども。社員やその家族などに配布している。

■大事なことはどの仕事も同じ。きちんと自分を整えて、きちんと相手に喜んでもらう

「石かわ」の開業から13年。飲食店を10年続けることは簡単なことではない。経営者として心がけてきたことを問うと、石川氏は「喜びの輪を広げていくこと。スタッフが楽しく働けて、それによってお客さんが喜び、業者さんも喜んでくれる。焦らず、じっくりと、健康な循環を作っていきたい。利益優先で不健康なことはしたくないんですよ」と真剣なまなざしになった。

飲食業は競争が激しく、ともすれば利益に目が向きがちですよね。

石川氏:
利益優先にすると、結局、利益を生まない。私の好きな経営者がよくおっしゃっていて、共感する言葉があります。利益は、「うんこ」だと。

「うんこ」って生きていく上でなくてはならない要素ではあるけど、それを目的にしてしまうとおかしな人生になりますよね?いいものを作り、喜ばれる活動をして健康な会社になれば、自然と適切な利益が「排泄」される。創業以来うちには数字の目標は一度もないんです。
開業後数カ月の苦しかった時期、お客さんが来なくても食材だけはいいものを仕入れ続けました。いらっしゃるお客さんが1日におひとりでも、そのおひとりに喜んでもらうにはどうすればいいかを小泉君と一緒に考え抜きました。

「石かわ」が今あるのはたくさんの方に支えられてのことですが、この12年間利益よりも喜びを大切にしたからでもあると思うんです。だから、スタッフの教育でも大事にしているのは、きちんと自分を整えて、きちんと相手に喜んでもらうことの大事さを伝えること。料理人に限らず、どんな仕事でも大事なのはそこだとおもうんですよ。私自身も体験学習してようやくわかってきたのですが…。

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体験学習ですか。

石川氏:
もうね、50歳を超えた今も日々の体験で学習しています。

独立した時も自分が何のために店をやるのかというと、世の中のため、世の中に貢献したいという思いはあったんですよ。だけど、現実はそうはうまくいきません。貢献といいながら、やっぱり自分の欲の方が強く出てしまったりね。

それを体験学習で少しずつそぎ落としてきたら、不思議なことに、近年は食に関してのさまざまな頼まれごとが増えてきました。料理専門学校の教育会議に呼ばれたり、地域活性の一環で地方にオープンする店の監修・コーディネートをしたり。映像のプロの方達と、日本の情景を世界に伝える映像プロジェクトにも協力しています。

もちろん、厨房に立つ時間を大事にしているのでたくさんのことはできませんが、スタッフの協力も得て社会のお役に立てることはやりたいと思っています。

日本料理の国際的な普及に関してはどうお考えになっていますか。

石川氏:
急ぐ必要はないことだと考えています。本物は長い年月のうちに自然にしっかり定着していくものだと思いますから。その前に、日本料理をやる若い人たちをしっかり育てていくのが私の役割だと思っています。うちにはほとんど毎日海外からのお客さまが数組来て下さいますから、まずはそのお客さまが満足してくだされば、「日本料理は素晴らしい」と自国で伝えてくださるでしょう。

また、長い目で見て、私たちの世代だけでなく、うちの店で育った人たちがいつか海外に出ていくようなことがあれば、そこを起点に本物の日本料理が広がっていくかもしれませんよね。

いろんなものをコントロールしようとすると思うようにいかないもの。今になって、すごくそれを感じます。いいものをそのままで出していく。私は私でできることを実行していくだけ。

食を通して、喜びの輪を広げていく。それが大きく、国を超えて、世代を超えて「日本料理って素敵だな」と広がっていけばいい。「起点は人」だということを忘れず、ゆっくり、じっくりとね。

(聞き手:齋藤 理、文:泉 彩子、写真:刑部友康)

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