Foodion │ 一流シェフ・料理人のプロフェッショナル論。

料理にサプライズと喜びを。寄り道を経て学び続ける料理人。

靭本町がく
今川 岳
大阪・本町駅からほど近く、靭公園の南にその店はあった。暖簾をくぐると、無垢の木でしつらえられたカウンターが並び、海の幸・山の幸など贅をつくした旬の食材が人々を出迎えている。「靱本町がく」は、オープンわずか半年でミシュラン一つ星を獲得した実力派だ。料理の世界に飛び込んでわずか10年、36歳で独立を果たした日本料理界の寵児は、どんな人生を歩み、何を目指すのか。店主・今川岳氏にお話を伺った。

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■大学中退から一転、「崖っぷち」で飛び込んだ料理の世界

どうして料理人になろうと思ったのですか?

今川氏:
小さいころから料理人になる!と決めていたわけではないんです。専門学校などにも行っていません。僕は元々、大学で土木建築系の勉強をしていました。大学を中退して、さあ、何をやろう?と考えましたが、中途半端で辞めてしまったので学もなく、資格もなかった。その時に母に連れられて「天神坂 上野」で食事をして、「料理っておもしろそう」と思ったのがきっかけです。母(料理研究家・今川れい子氏)が料理教室をやっていたこともあり元々料理は好きでしたし、親からのアドバイスもありましたから、料理のことも和食のことも全く知らない状態で26歳の時にこの世界に飛び込みました。「天神坂 上野」は従業員の空きがなかったので、紹介をいただいて二代目のお店である「㐂川(きがわ)」で働き始めました。

 

26歳でこの世界に入ったなんて、なかなか珍しいですね。

今川氏:
そうですね。やはり入ったのが遅かったので、年齢的に後がないから、料理を放り出したら自分に何があるんだよ!と思っていました。今思えば、崖っぷちだぞという意識が良いモチベーションになったのだと思います。
漠然と独立したいなとは思っていたので、10年くらいやったらできるようになるだろうから10年は「㐂川」でやろうと決めていました。

 

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■貪欲に学んだ下積み時代

日本料理店の「㐂川」、続くビストロ「Le Noeud Papillon」での修行時代はいかがでしたか?

今川氏:
入ったのが遅かったので最初は周りが気になりましたが、先輩が年上ばかりだったのでやりやすかったですね。親くらいの年代の料理人さんに「ガマンやで!あと10年くらい経ったら早くから入った子と変わらへんわ!」と言ってもらったのですが、今思えばその通りでしたね。
「㐂川」は古いタイプのお店で、ドラマとかでイメージするような厳しさではないのですが、聞かないと与えられることは少なかったですね。聞き方も、ただ聞くだけではダメで、自分がチャレンジしてみたり勉強してみて、失敗したりわからないと思ってみて初めて聞くことができるんです。そうでなければ心に残りませんしね。
従業員の育成を考える側の立場になった今でも、どこまで教えるかというのは難しい問題だと思っています。

 

わずか10年でお店を開くなんてよほど天性のセンスがおありだったのだと思うのですが、やはり料理人にもセンスは必要なのでしょうか。

今川氏:
いろんな人を見てきて思うのは、やはり、誰にも合う・合わない世界はあります。やはりセンスの有る無しはありますが、それを「センス」という言葉で片づけてしまうと、できる人がすごく限られてしまうんですね。センスは様々な経験を基に生まれると思います。料理に関する事だけでなく、様々な事に興味を持ち、知識を得て、経験することがセンスにつながると思います。先天的なものもあるが、後天的なものの方が大きいのではないかと。TVに出るようなかっこいい料理人も、大変な下積みの積み重ねの上に成り立っているはずで、「下積みありき」は古い考え方かもしれませんが、昔からの考え方を継承していくのも一つの手なのではないかと思います。
下積みを無理だと思ってしまったら、何をやっても無理なんです。今の子は修行ではなく仕事という感覚が強く、労働条件ばかりを重視しがちですが、「修行」という感覚を大切に、下積みをおろそかにせず学んでいってほしいと思います。

靭本町がく

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